高校入試も終わり、卒業のシーズンです。進路が決まり、4月からの高校生活を思い描いてワクワクしている時期かと思います。その一方で、「これでいいのか」とモヤモヤしている人、一歩を踏み出せないでいる人もいるのではないでしょうか?
もし、そんな人がいたら、ぜひ知ってほしい場所があります。それは、サッカー日本代表の元監督・岡田武史氏が学園長を務める「FC今治高等学校 里山校」です。
もしかしたら若者の人生の扉を開くチャンスになるかもしれない——そんな学校が、ラストチャンスとして3月にもう一度入試を行うというので、いったいどんな学校になるのか、岡田武史氏と校長に就任する辻正太氏にインタビューをしました。
多様な人との関わりや体験を通して「キャプテンシップ」を育む
FC今治高等学校 里山校と聞いて、サッカー選手を育成する学校と思っている人も多いかもしれませんが、そうではありません。
おそらく日本では、最先端の教育を行うことになる私立の一条校です(一条校とは、教育基本法第6条第1項に規定する「法律に定める学校」のこと)。
場所は、愛媛県今治市。市内にある今治明徳学園今治明徳高等学校が持つキャンパスを一部引き継ぎ、全国から生徒を受け入れるために、寮を新設。新たにFC今治高等学校 里山校(以下、FC今治高校)としてスタートします。
この学校では、「歴史を動かす人財の育成」をゴールに掲げています。AIが発達し社会が大きく変わり、なくなる仕事も出てくる。気候変動で人類の存続も危ぶまれる。そんな時代に必要な力は大きく変わっていく。ロールモデルがいない時代に主体性を持って未来を作っていく力を育むのがミッションです。
そのためにどのような教育を行うのかというと、ポイントは大きく次の3つです。
1. 日本一出会いの多い学校
2. 遺伝子にスイッチが入る体験
3. ヒストリック・キャプテンシップの育成
そこで、まず辻校長に具体的な教育内容を聞きました。辻校長は、東大卒業後首都圏の有名進学校で教員を11年間務めた経験を持っています。
その学校では、東大進学クラスを受け持ち県下一の東大合格者を出すことに成功するも、そのような教育の限界を感じて退職。コンサルティング会社に転職し、青森でラーニングスペースの運営などを手掛けていたところ、縁あってFC今治高校の校長に抜擢されたという経歴の持ち主です。
「街づくりには、教育というベーシックインフラが必要だ」という思いと、岡田氏の中にあった理想の教育が共鳴し合い、タッグを組むことになったのです。そこから「どんな学校にしていくのか」具体的なシステム構築が始まりました。
教科学習は午前中に集約、午後は学校の内外で実践を通して学ぶ
まずカリキュラムは、学習指導要領による教育を行いますが、一般の高校とはかなり違います。
単位数は、高等学校の卒業要件を満たす76単位に設定(単位数については現時点での予定)。ちなみに高等学校学習指導要領による卒業認定単位は74単位ですが、76単位は一般的な高校よりも30単位ほど少ないそうです。
いわゆる教科学習は午前中に終わらせて、午後はスポーツやアートのほか、校外フィールドワーク中心に学ぶ実践型プログラムを行います。
かなり突飛な取り組みだと思うかもしれませんが、東京都渋谷区でも4月から全公立小中学校で同じようなカリキュラムの実施を決定しており、文科省が奨励する「個別最適な学び」と「協働的な学び」を先取りした取り組みと言えるでしょう。
さらに、定期テストはなく代わりに教科ごとの単元ごとに行う「単元テスト」を実施して、その都度つまずきを発見しながら学習進度を確認していきます。
教科学習を担う常勤の教員は、全国から新たに採用された高校教員免許を持つ20〜60代の8名(今後必要に応じて採用予定)。新しい教育への熱い思いを持つ人たちが集まりました。中には、灘中高で長く教鞭をとった先生も参画します。
教科学習も、ICT教材なども活用しながら、探究と紐付けしながら生徒が主体的に学んでいきます。学びの主体は生徒。先生は必要に応じて関わるコーチ的存在です。
これは、新学習指導要領が目指す「主体的・対話的で深い学び」を体現するものですが、既存の学校ではまず先生のマインドチェンジに時間がかかるのが現状。その点、「FC今治高校はゼロからスタートするので、教員も振り切ることができる」と辻校長は言います。
各界の第一人者が自主的に声を上げて続々と参加表明
教科学習にかける時間を絞って作った余白を活用して午後に行われるのが、学校の内外で行われる実践型のプログラムです。
それらを担うのは、外部のカリキュラムパートナー。この学校の理念に共感した各界の第一人者から地元の実務家まで、現在30名以上の多様な大人たちが名乗りをあげています。これは最初から意図したことではなく、岡田氏の思いに賛同した人たちから「自分も若い人たちのために何かしたい」と申し出があった結果です。
毎月行われるヒストリック・キャプテンシップ養成講座では、まず講師からテーマを与えられて自習し、次の時間に直接講師と対話、最後に生徒たちから問いに対するアクションプランをプレゼンするというサイクルを毎月回していくのだとか。
このプログラムを担当するのは、東京大学教授鈴木寛氏、野球解説者の古田敦也氏、サイボウズの青野慶久氏、著作家の山口周氏、劇作家・演出家の野田秀樹氏、LDH JAPANのEXILE HIIRO氏など。またスポーツは元女子プロテニス選手の伊達公子氏、陸上の為末大氏、柔道男子日本代表前監督の井上康生氏ほか世界レベルの錚々たるメンバーからその生き方を直接学ぶことができるのも大きな特徴です。
また、街に出て地域企業と連携したプロジェクトや空き家問題など地域の課題解決に取り組む里山未来創造探究ゼミ、野外体験を行うヒューマンディベロップメントプログラム、抽象化力・編集力講座、金融リテラシー養成講座などさまざまな実践を伴う実学を通して、自分の「好き」を見つけ、1人ひとりの“学びたい”意欲を引き出す学習サイクルの構築を目指すカリキュラムになっています。
「日本一出会いの多い学校」というのは、このような多方面の魅力的な大人たちとの出会いもありますが、それだけではありません。
この学校では生徒も、全国から集まった多様な面々。入学者の中には、すでにやりたいことがあって、「今治で実現したい!」という生徒もいるけれど、反対に「まだ何も見つけていないから今治で見つけたい」という生徒も多いのです。
中には「数学は得意だが、人とコミュニケーションを取るのが苦手。そんな自分を変えたい」という生徒や、すでに高校に通っていたけれど、もう一度やり直したいと入学を決めた生徒もいるそうで、まさに多様な背景を持つ人が学び合う学校になりそうです。
「当然いろいろな確執も起きるだろうけれど、そのトライ&エラーをしっかりと見守っていく」と辻校長。
「多くの子どもたちが、周囲の大人たちの価値観やしがらみに絡め取られ、自分が本当は何をしたいのか、どう生きたいのかがわからなくなってしまっている。だからここでは、学校をハブとして多様な価値観と出会わせ、子どもたちのオーナーシップを育てていきたい」という言葉が印象的でした。
未知のことに挑戦し、遺伝子にスイッチを入れる
次に「遺伝子にスイッチが入る体験」と「ヒストリック・キャプテンシップの育成」という理念について。どちらもあまり耳慣れない言葉なので、岡田氏にその意味を聞きました。
遺伝子にスイッチが入る体験というのは、未知のことに挑戦する中で新しい自分を覚醒させるということです。遺伝子スイッチというのは、遺伝子工学の第一人者であった故村上和雄氏が提唱した理論で、環境や努力など後天的要因が遺伝子のスイッチを作動させ、人を変えていくというものです。
岡田氏自身も初めて日本代表の監督になった時に、自分の遺伝子スイッチが入った経験をされたそうですが、人間が成長するのは、困難やプレッシャーを乗り越えた時。生徒たちにも自分の遺伝子にスイッチを入れていってほしいと言います。しかし、安心安全で便利な環境に守られていては、そんな体験はできません。
そこで、毎週水曜日の午後に行われるのがヒューマンディペロップメントプログラム。これは自然と向き合い、あえて困難を体験する時間と言ってもいいでしょう。
すでに自身が経営する企業「今治.夢スポーツ」でしまなみ野外学校を開催してきており、その実践をこちらでも生かしていきます。野外体験の1つが四国お遍路を自力で回るというもの。
今治から海路を使い無人島づたいに香川に渡るというかなりハードなルートを取りますが、3年間かけて完走する予定で、そのためにロープの結び方、火の起こし方、天気図や海路図の読み方から学びます。机の上で知識を得てわかったつもりになっていても、体を使って自分で体験したことには敵いません。
総合型選抜に強み、スタンフォード大学のプログラムも学べる
こうした取り組みを通して培うのがヒストリック・キャプテンシップです。プログラムとしては、前述の通り、各界の第一人者から直接学べる機会ですが、岡田氏が考えるキャプテンシップとは、人々を引っ張るリーダーの育成ではありません。
キャプテンシップとは、主体性を持って多様な人を巻き込んでいく力です。FC今治高校の生活すべてが、生徒たちの心身をタフにし、主体的に生きる力を育てていくのです。
違いを間違いとせず、互いに認め合って力を合わせて未来を作っていく。そんな人が増えていったら、どんな未来になるでしょうか。ワクワクしてきました。
こんなすごい教育を行う学校がスタートするのに、まだ定員に余裕があります。告知までの時間が短かったこともあると思いますが、卒業後の進路を不安視する声もあるようです。
岡田氏は、とりあえず大学に行っておこうというような生き方はしてほしくはないが、大学受験にも対応できると言います。
今、大学受験が大きく変わってきており、私立ではすでに6割がそうですが、国公立でも今後3割が総合型選抜になるといわれています。
これは欧米型の自己推薦入試に近い形で、今後もっと増えていくと言われています。ここで問われるのは、ペーパーテストの学力ではなく、自分が何をしてきたのか、大学で何を学び、それをどのように活かしていきたいのかという意欲です。
本来、付け焼き刃的な取り組みでは対応できないのですが、大学側もその判断基準に課題を持っているのも事実です。そんな中、3年間みっちりとFC今治高校で体験を積んだ生徒は、自分の言葉で語ることができ、入試でも有利になるでしょう。
またスタンフォード大学国際異文化教育プログラム(SPICE)※というプログラムも提携が決まっており、海外大学進学にも道が開かれています。
※SPICE スタンフォード大学の部局が開発したプログラム。全編英語で実施している日米相互文化理解のためのオンライン講座。全国の優秀な学生が参加しているが、FC今治高校では30人の枠があり、うち10人の枠を地域の公立高校に開く予定。
残りの人生を賭けて取り組む覚悟
このように、ぶっ飛んだ取り組みを行うFC今治高校ですが、日本の学校教育改革の立役者の一人でもある鈴木寛氏(元文科副大臣)は、「この高校で行われようとしているのは、教育改革のグッドプラクティスの1つである」と言います。
最後に、この学校にかける思いを岡田氏に聞きました。
「67歳になって、次世代への責任を感じざるを得ません。世界は分断し民主主義はポピュリズムに陥っています。この行き詰まっている現実の中で、子どもたちのために何ができるかと考えると、共助のコミュニティをいろいろな場所にたくさん作ることが、世界をよりよく変えていく希望だと思っています。
すべての生物は命をつなぐために生きているのに、人間はそれを忘れているのかもしれません。未来を創る子どもたちのために何かをしたい。そんな思いで、残りの人生をこの事業に情熱を傾けていきたいと思っています」
入試では学力は、いっさい問いません。問われるのは自分の意志。ゼロからのスタートには不安はつきものだと思いますが、この挑戦に乗って共にトライ&エラーをしながら、自分の遺伝子にスイッチを入れたい!という心意気のある人は、ぜひこのラストチャンスに挑んでみてはどうでしょうか。私も開校したら、現地取材をする予定です。
(注記のない写真:すべてFC今治高校提供)