3年間の引きこもりで、逆にさまざまなことに挑戦できた

吉藤オリィさんは小学5年~中学2年まで不登校で引きこもりを経験している。

「当時は引きこもりの明確な対応策もなく、学校の先生も無理やりパジャマのままの私を担いで、車で学校に運ぶような試行錯誤の時代でした。接し方も厳しかったり、優しかったり。その中でよかったことは、周囲が教室で授業を受けさせることを諦めて、特別な環境をつくってくれたことです。私だけの教室をつくって、友達と会わなくてもいい環境をつくってくれた。しかも、図書館の本のしおりを作るという役割まで与えてもらった。その当時、一生懸命折り紙を折っていたことは、私のものづくりの原点につながっています」

人と同じことをすることが大嫌いな人間でもあった。学校での集団行動が病的なまでにできない。制服を着ることさえつらかった。そんなオリィさんを心配した両親は、不登校の間に、逆にさまざまなことに挑戦させたそうだ。ミニバスケット、ピアノ、少林寺拳法、ボーイスカウト、体操教室から無人島でのキャンプまで。その試行錯誤の中で、唯一はまったのがロボットの自由研究だった。

「不登校の頃は、絵を描くか折り紙ばかり折っていたのですが、折り紙が折れるならロボットも作れるだろうと、中学1年の時に親が虫型ロボットを作る大会に勝手に応募してしまったのです。プログラミングに触れたのは、その時が初めてだったのですが、幸運にも優勝することができました。おそらく向いていたんでしょうね。翌年には自分の意思で同じ全国大会に出場し、結果は準優勝でした。この時人生で初めて、努力が報われたうれしさと優勝できなかった悔しさという感情の高ぶりを覚えました。そしてそこで出会ったのが、同時開催していたロボットフェスに参加されていたロボット開発者の久保田憲司先生だったのです。先生の作られていたロボットに非常に感銘を受けました」

「先生の弟子になりたい」その一心で、不登校を卒業

どうしても久保田先生の弟子になりたい――。そう思ったオリィさんは、中学3年の時に不登校を卒業し、猛勉強の末“師匠”の久保田先生がいる奈良県立王寺工業高校に入学する。

「入学式翌日に校門で先生を待ち構え、『弟子になりにきました』と伝えました。それからの高校生活は、丸一日ものづくりし続けるような生活でした。始発で登校し、校門が開くのを待ち構えて、開いた瞬間に校内の工場(こうば)に直行。授業が始まるまで旋盤を回したり、ものづくりをする。放課後も夜まで工場にこもり、終電で帰る日々。家に通っているような状態でしたね。歴代の高校生の中でもいちばん高校にいたんじゃないでしょうか(笑)。ものづくりを自由にできる環境は心地よく、そのとき、師匠のもとで発明するに至ったのが、傾かない電動車イスの新機構でした」

傾かない電動車イス、中央が吉藤さん

その発明によって国内の科学技術フェア高校生科学チャレンジ(JSEC)で文部科学大臣賞を受賞、そして翌年世界最大級のインテル国際学生科学技術フェア(Intel ISEF)に参加してチーム研究部門3位を受賞することになる。

「世界大会では、同じくロボット研究に懸命に取り組む海外の高校生たちと出会い、刺激を受けました。私は生き方がわからず自殺すら考えたことがある人間ですが、彼らは生きることにまったく悩んでいない。なぜか。やるべきことをわかっていたからです。みんな口々に『俺は、これをするために生まれてきた』『俺はこの研究をするために定めを受けて生まれてきたんだ』などという。少しやばいですよね(笑)。でもその考え方いいなと思ったんです。『何で生きてるんだろう、何のために生きるんだろう』と悩まなくていい。ならば、私もそう決めよう、と思いました。

いちばん左が吉藤さん。ISEFでの出会いは、考え方を変える大きなきっかけとなったそうだ

では、私は何がしたいんだろう、そう突き詰めて考えた時、『孤独感はなぜ生まれるのか。孤独はどうすれば解消できるのか』この研究に人生を捧げたいと思いました。

自分が引きこもりの時に悩み続けた『自分はこの世に必要ではない、誰からも必要とされていないんじゃないか』と考えたような孤独感です。そして日本は高齢化社会が進んでいる。われわれもやがて、体が動かなくなって、外出困難になるんです。天井ばかりを見上げる日が来るかもしれない。人類は寿命を延ばすことには成功したけれども、寝たきりになった時、どう生き生きと自分らしく生きていけるのか。

もう、これは私だけの問題ではないと思いました。

その問いに答えるために人生を捧げたいと思ったのです。17歳の時でした」

分身ロボット「OriHime」が誕生するまで

その後、オリィさんは孤独を解消する1つの答えとして、人工知能(AI)ロボットを勉強しようと高等専門学校(高専)に編入した。しかし、寮生活の高専にはなかなかなじめなかった。

時を同じくして、自分の経験から“人はさまざまな人との出会いによって性格や人生を変えることができる。むしろ私はAIロボットではなく、体が不自由な人でもさまざまな人と出会うことができる、心を運ぶ車椅子を作るべきではないか”。そう思うに至った。そうして、オリィさんはインターネットとロボティクスの融合を研究するために、以前から誘いを受けていた早稲田大学創造理工学部に入学することになる。

「大学1~2年時はどうすればコミュニケーション力が上がるのだろうと、片っ端からサークルに入ってはやめるということを繰り返し、人格実験をやりました。社交性を上げるために、社交ダンススクールにも入りました(笑)。その中で改めて気づいたのが早稲田には自分の入りたい研究室がないということでした。大学3年生の時です。ならば自分で研究室をつくろうと自分のニックネームにちなんでオリィ研究室を開設しました」

「分身ロボットカフェ」で「OriHime」が接客する様子

その後、2010年に孤独を解消する分身ロボット「OriHime」を開発。その2年後に研究室を株式会社化して「オリィ研究所」を立ち上げた。現在は分身ロボットの開発とレンタル収益を柱に社員を20名ほど抱えるまでになった。「OriHime」は今、孤独の解消という役割を超えて、コロナ禍の中でテレワークのツールや受け付け・接客サービスの一環としても活用されている。

「生きることがつらかった自分にとっては、孤独を解消する道しるべを少しでも社会に示すことができたら自分にも生まれた価値がある。そう思って生きてきました。また身体も強くないので、17歳の時にとにかく30歳までは頑張ろうと決めた。人生30年計画です。残りは13年間。どう過ごすかを必死に考えた結果、会社をつくったのです」

通常、研究開発を続けるつもりなら、大学に残ったり、海外に留学したりするほうが有利だと考えるかもしれない。だが、オリィさんはどちらも興味はないという。

「私はいつも何になりたいかではなく、何をしたいかということを考えてきました。大学の先生になりたいとは思わないし、海外留学にも関心はありません。日本はこれから超高齢化社会を迎えるに当たり、人を活かす技術に関しては世界でもトップレベルにあります。私が研究をする場所として日本はいちばん環境がいいのです」

老若男女「フラットな社会がやってくる」教え合い学び合うすすめ

そんなオリィさんは現在の日本の教育についてどう考えているのだろうか。

「教育は時代によって変わりますし、何が正解かは人によっても違うと思います。そこで私が考えていることがあります。1つはリアクションです。リアクションをもっと拡張できないかということです。私は、雑談の面白さは話の内容よりリアクションにあると思っています。笑ったり、突っ込んだり。リアクションには人を動かす力があります。先生も子どもたちに接するとき、下手にアドバイスや評価を下すのではなく、よいリアクションをするように努めるべきではないか。

もう1つは、世代間の関係性をもっとフラットにしたほうがいいということです。今、文化の違いは距離によるものではなく、世代間の壁によるほうが大きい。IT化で世代間の異文化度はますます加速しています。5年後の常識は今の常識と違うかもしれない。その意味で、年上、または年下の友達をいかにつくるかが大事になってくると思います。老若男女平等社会の到来です。年上にとって年下はもはや導く存在ではない。助け合う存在なのです。その意味で、学校の先生も中高生にお金を払って教えてもらうくらいの学び合う姿勢が必要だと思っています」

そう語るオリィさん。今後どのような試みに取り組もうとしているのだろうか。

「今は筋萎縮性側索硬化症(ALS)など寝たきりの方々が分身ロボットを使って、カフェで働き、お金を稼ぐ分身ロボットカフェというプロジェクトを進めています。ほかにも企業では、寝たきりの方を分身ロボットを媒介として雇用するケースも出てきています。こうしたシステムをパッケージとして世の中に広めていきたい。そして孤独を解消し、皆が助け合い、学び合う社会を実現させていきたいと思っています」

吉藤オリィ(よしふじ・おりぃ)
本名・吉藤健太朗(よしふじ・けんたろう)。1987年生まれ。株式会社オリィ研究所 共同創設者 代表取締役。ロボットコミュニケーター。高校時代に電動車椅子の新機構の発明に関わり、2004年の科学技術フェア高校生科学チャレンジ(JSEC)で文部科学大臣賞を受賞。翌05年にアメリカで開催されたインテル国際学生科学技術フェア(ISEF)に日本代表として出場し、グランドアワード3位に。 高専で人工知能を学んだ後、早稲田大学創造理工学部へ進学。自身の不登校の体験をもとに、対孤独用分身コミュニケーションロボット「OriHime」を開発(この功績から12年に「人間力大賞」を受賞)。 開発したロボットを多くの人に使ってもらうべく、株式会社オリィ研究所を設立。自身の体験から「ベッドの上にいながら、会いたい人と会い、社会に参加できる未来の実現」を理念に、開発を進めている。ロボットコミュニケーター。趣味は折り紙。16年、Forbes 30 Under 30 Asia Industry, Manufacturing & Energy部門 選出。オリィ研究所(https://orylab.com/

(写真:すべてオリィ研究所提供)