「最近の若手は怒られ慣れていない」ささいな指摘で落ち込む人が知るべき1つの考え方

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怒られる若手
小さなプライドを守るために指摘を嫌がるというのは、リスクの大きいスタンスです(写真:beauty-box/PIXTA)
「最近の若手は怒られ慣れていない」という声を聞くことが非常に増えた。パワハラ問題が認知され、理不尽に叱る光景は確かに減った。それ自体は健全な変化だが、一方で「指摘されること」を極端に嫌がる若手が増えているのも事実だろう。
新刊『AI時代に仕事と呼べるもの:「あなただけ」の価値を生み出し続ける働き方』を上梓した三浦慶介氏は、AI時代において、この「指摘を避ける」姿勢こそがキャリアの致命傷になると警鐘を鳴らす。
本記事では、同書から抜粋・再構成し、「あえて指摘されにいく」人と「自己肯定感を守る人」とで、なぜ埋められない差がつくのか、その決定的な理由を解説する。

無駄なプライドが成長の邪魔をする

人間は基本的に、指摘をされることを嫌う生き物です。いくら人格と仕事は別だといっても、否定されることで「自分には価値がないのではないか」「この人は自分のことが嫌いなのでは」という感情を抱いてしまうことはあるものです。

AI時代に仕事と呼べるもの: 「あなただけ」の価値を生み出し続ける働き方
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そうして否定されることで自己肯定感が傷つきます。言い方を変えればプライドが傷つくので、できるだけ指摘されないようにしようという意思が働くことになります。

しかし、それこそまさに「無駄なプライド」といえるでしょう。その場を一時的に切り抜けたとしても、成長できなければ周りからどんどん置いていかれることになります。

そうして差がついたときには、周囲はどんどん仕事を任されているのに、自分はいつまでも下積みのような仕事しか任せてもらえない。そうして余計にプライドが傷ついていく……という負のループに入り込んでしまいかねないのです。

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