サッカー日本代表の元監督・岡田武史氏が学園長を務めるFC今治高等学校 里山校(愛媛県今治市)。2024年4月の開校時には、募集定員に届かないまま34人でスタートしましたが、2年目の今年は定員を上回る応募があり、2期生は定員を上回る85人でスタートしました。
この結果に貢献したのが、1期生が行ったオープンスクールでした。企画から運営まで生徒に任せたものの、開催当日までまったく相談なし。学校側は内容もわからないまま当日を迎えたそうですが、ふたを開けてみたら、学校に対する思いを生徒自身の言葉で語ったり、来場者との対話の場を作ったり、岡田氏も驚くすばらしい内容だったそうです。
早くも、生徒の主体性に任せる教育が形となった瞬間でした。そんな生徒の姿を見て、「ここで自分も学びたい」と入学者数が倍増したのです。
順調な滑り出しとはいえ、「まだまだ未完成。チャレンジが続いている」(岡田氏)というFC今治里山校(以下、FCI)で、2期生による2回目のオープンスクールが行われると聞き、現地に行ってきました。

教育ジャーナリスト/マザークエスト代表
小学館を出産で退職後、女性のネットワークを生かした編集企画会社を発足。「お母さんと子どもたちの笑顔のために」をコンセプトに数多くの書籍をプロデュース。その後、数少ないお母さん目線に立つ教育ジャーナリストとして紙媒体からWebまで幅広く執筆。海外の教育視察も行い、偏差値主義の教育からクリエーティブな力を育てる探究型の学びへのシフトを提唱。「子育ては人材育成のプロジェクト」であり、そのキーマンであるお母さんが幸せな子育てを探究する学びの場「マザークエスト」も運営している。著書に『1歩先いく中学受験 成功したいなら「失敗力」を育てなさい』(晶文社)、『子どもがバケる学校を探せ! 中学校選びの新基準』(ダイヤモンド社)、『成功する子は「やりたいこと」を見つけている 子どもの「探究力」の育て方』(青春出版社)などがある
(写真:中曽根氏提供)
Goodは自由、Badは自由と自分勝手
あちこちで案内に立つ生徒の元気なかけ声に迎えられて会場に入ると、金髪の生徒たちが舞台に腰掛けてフリートークで場を温めていました。また、会場を回って、徐々に集まってくる参加者に積極的に声をかける生徒も……。それぞれの役割を一生懸命果たそうとしている2期生たちの姿が見られました。

開始時間には、会場は親子連れで満席になっていました。アイスブレイクを兼ねて隣同士で自己紹介を促される参加者たちからは、愛媛県内だけでなく九州・関西・関東から来たという声が聞こえてきて、この学校への関心の高さがうかがえます。
オープンスクールは、まずFCIのリアルというパートから始まり、1期生のアンケート結果から作られたテキストマイニングによるFCIのGoodとBadが紹介されました。興味深かったのは、その両方に自由があったこと。

(写真:筆者撮影)
「この学校には、何でも挑戦できる自由があるけど、自由は自分勝手と隣り合わせ」
「自由ということは、何でも自分たちで考えなくてはいけない不自由がある。でも、自由だから個性を発揮できるし、何にでも挑戦できる。挑戦すれば失敗もするけれど、それがこの学校が大事にするエラー・アンド・ラーンだ。できるかどうかわからないことに挑戦するからワクワクするし、成長もする」
生徒たちのアンケート結果には、自由を手に入れて葛藤する姿が浮かび上がっていました。入学から4カ月。2期生たちは、自由な環境の中でたくさんぶつかり、葛藤し、迷いながらチャレンジもして、その中で少しずつ自分たちを可視化しているようでした。
手になじむ「学び方」を選べる個別最適な授業スタイル
FCIでは、午前中が座学。午後が学校の外に出て探究活動をしますが、座学も先生による一方通行の授業はありません。
実際、一つの教室の中で、前の方で先生の講義を聞くグループ、友達同士で学び合うグループ、はたまた自分でスタディサプリを使って学習するなど、さまざまな学習スタイルが混在しているのです。
ついこれまでの常識に当てはめると、「それで授業が成り立つのか」と思ってしまいますが、生徒の1人は「数学は得意ではないのでコーチ(FCIでは先生をコーチと呼ぶ)の講義を聞いて学ぶけれど、ほかの科目では自学をして、わからないところを友人やコーチに聞いている」と話していました。
教科や習熟の度合いに応じて、試行錯誤しながら自分にとって最適な学習方法を探りながら、学んでいるようです。とはいえ、自分にはどの学習スタイルが合っているのかを見つけるまでには時間がかかるでしょうし、自分を律して集中しないと何もしないで流されてしまうこともあるでしょう。
ましてや、やりたいことを見つけていくのは簡単ではないのでは。アンケート結果にも、「何をしていいかわからない」「学ぶ姿勢の差」というワードが大きくなっていました。「やりたいことがある」生徒にとっては、これ以上ない環境があるけれど、「この学校に来れば楽ができる」と考えていたら、手にできるものも大きく差が出るのではと感じました。
そんな状況の中で、どこまで生徒を信じて寄り添えるのか、教員の胆力が試されます。そこで、会場の後ろでオープンスクールの様子を見守る岡田氏に、今のFCIについて話を聞きました。

(写真:筆者撮影)
「1期生は何もないところに覚悟を持って入ってきたし、われわれもよくわからない中で、1人ひとりと向き合いながら必死にやってきた1年でした。2期生は、まだ自由になったことにはしゃいでいる段階のものもいる。中には『テストもないし、自由で楽しそう』と思って入学してきた生徒もいて、当然トラブルもあります。
ただ、人はそれぞれ違うということを前提にしながら、相手の立場になって考え、最後はよい学校にしていくという共通の目的に向かって、生徒自身が自己決定していくことが大切です。人数が増えた分、1人ひとりと向き合うのには時間がかかっていますが、どこまで黙って見守っていくのか。われわれもエラー・アンド・ラーンで日々を送っています」(岡田氏)
「今日のオープンスクールは2回目ですが、1回目は準備不足で満足いく内容ではなかったので、その反省から、今回はいろいろ考えて準備をしてきたのだと思います」という岡田氏の言葉通り、かなり生徒たちの気合いを感じるイベントでした。FCIでは、学校にとっては大事な生徒募集の機会であるオープンスクールさえも、生徒のエラー・アンド・ラーンの機会にしているのです。

「これまでの教育はできるだけ失敗をさせない教育だったのでは」と疑問を投げかける岡田氏。長くサッカー指導を続ける中で、日本人選手の「主体性の欠如」に課題を感じてきた岡田氏は、この経験から、教育の現場でも主体性を育むことの重要性を認識し、学校教育を通じて社会に貢献できる人材の育成を目指そうと起こした学校がFCIです。
そこには、「法律に触れることはしない」「命に関わることをしない」「人の成長を邪魔しない」の3つ以外に生徒を縛る校則はありません。学び方の自由はあるけれど、人の学びを邪魔する自由はない。この大きな原則の中で、「エラー・アンド・ラーン」を合言葉に、FCIの教育は行われているのです。
日本一出会いの多い高校を目指して
午前中の座学の授業を終えると、午後は芸術・探究・野外活動の時間。基礎学力の習得とやりたいことの両立を目指すカリキュラムになっています。
また、日本一出会いの多い高校を目指して、トヨタ自動車会長の豊田章男さんをはじめ、社会の第一線で活躍しているゲスト講師に直接話を聞く機会もたくさんあります。何かを成し遂げた人から発せられる言葉に心を震わせる瞬間もあるでしょう。
しかし、出会いはゲスト講師だけではありません。「日本一出会いの多い学校にしようと思っていますが、今治の町に出て地元の人たちとの継続的な活動をすることにも重きを置いています」と校長の辻正太氏。それが、地域の企業とコラボして事業課題や地域の課題にアプローチする探究ゼミ活動です。
サッカーのFC今治を中心に町おこしに成功しているとはいえ、地方都市はどこもそうですが、今治市も人口減少やシャッター商店街などの課題を抱えています。生徒たちは町に出てそれらの課題に向き合い、自分には何ができるのかを考えていきます。
自分が見つけた課題に向き合い、ことを起こす生徒たち
探究活動をする中で、自主的に自分たちのプロジェクトを立ち上げる生徒もいます。そんな取り組みのいくつかが紹介されました。
「地域のみんな食堂」計画を立てたある生徒は、子ども食堂を立ち上げた人の本を読んで感動し、自分も世代間交流ができる場所を作って田舎を活性化したいと夢を語ります。
また、FCIから飛び出し、今治市内の他校の生徒を含めた6人で学生団体「たねからゼミ」を立ち上げた生徒は、子どもが夢を持つきっかけとなるイベントの企画と、商店街に拠点を設けて、高校生が作る多様な人が集まる「たねからベース」を今治商店街の空き家に作ろうとしていました。この活動を立ち上げるきっかけになったのが、日本財団「18歳意識調査」での日本人の意欲や課題解決への意識の低さだったと語ります。
ほかにも、プロバスケット選手を夢見ていた生徒は、自らの決断でFCIを選び、探究活動の中で、地域で働く外国人労働者の存在を知り、彼らの国技であるバスケットクラブを作って地元とのつながりを作ろうと地元企業と交渉しているそうです。
「世界は分断し民主主義はポピュリズムに陥っている。地球環境が激変し、生命の危機が迫っている。この行き詰まった現実に対応する方法など誰も知らないのだから、これからは、自分で目的を見つけ、失敗しながらやってみる以外に方法はない」という岡田氏の熱い思いに応えるように、実際に社会に出て見えた課題を解決しようともがきながら、でも熱意を持って取り組んでいる姿が垣間見えました。

もちろん全員が何かを見つけているわけではないでしょう。実際、「自分はまだ何がしたいかを見つけられていない」という生徒もいました。ただ、その生徒は、「この学校に来たことで人と関わるようになり、周囲から刺激を受けて、自分は何をしたいかを探し始めた」と話してくれました。この夏にはさらに世界を広げるために、海外短期留学に出るそうです。
岡田氏は「遺伝子にスイッチを入れる」経験をさせると言っていますが、これは、未知のことに挑戦する中で新しい自分を覚醒させるという意味。生徒たちは、お遍路や探究ゼミなど未知の体験をしながら、遺伝子にスイッチを入れる途上にいるようです。
2期生は入学してまだ4カ月。その彼らに全部を託して行われたオープンスクールでしたが、学校のことだけでなく、今の自分たちの姿を伝えたいという生徒たちの思いがあふれていました。
そんなFCIの入試は学科試験を行わないマッチング入試。ここで何かをしたいという人に来てほしいから、推薦書2通(保護者から1通と学校関係者に限らないその他の推薦者から1通)、志望理由と将来の夢をまとめたエッセイ、自己PR動画の提出が求められます。書類選考を通過すると、面接とワークショップでのパフォーマンス選考が行われます。
会場で話した参加者の中には、今あまり学校に行けていないという人もいましたが、互いにミスマッチがないように、学校もありのままの姿を見せているのだと思いました。
FCIの壮大なるチャレンジは始まったばかり。このチャレンジの答えは生徒たち1人ひとりが出してくれるはずです。美しい瀬戸内海の景色を眺めながら、子どもたちの未来に思いをはせる1日になりました。
(注記のない写真:FCI)