今年6月に公表された日本経済新聞社と日経HRの「企業の人事に聞いた卒業生が活躍している大学調査」※で、香川大学は「大学卒業生活躍ランキング」で中国四国地方1位、全国でも22位(東大は20位)と高評価を得ました。
入学時偏差値は平均50前後と決して高くはないが、企業採用担当者から採ってよかった大学としての評価が高い。つまり、入ってから伸びるお得な大学と言えるでしょう。

教育ジャーナリスト/マザークエスト代表
小学館を出産で退職後、女性のネットワークを生かした編集企画会社を発足。「お母さんと子どもたちの笑顔のために」をコンセプトに数多くの書籍をプロデュース。その後、数少ないお母さん目線に立つ教育ジャーナリストとして紙媒体からWebまで幅広く執筆。海外の教育視察も行い、偏差値主義の教育からクリエーティブな力を育てる探究型の学びへのシフトを提唱。「子育ては人材育成のプロジェクト」であり、そのキーマンであるお母さんが幸せな子育てを探究する学びの場「マザークエスト」も運営している。著書に『1歩先いく中学受験 成功したいなら「失敗力」を育てなさい』(晶文社)、『子どもがバケる学校を探せ! 中学校選びの新基準』(ダイヤモンド社)、『成功する子は「やりたいこと」を見つけている 子どもの「探究力」の育て方』(青春出版社)などがある
(写真:中曽根氏提供)
その秘密を、大学教育改革の旗振り役として「アクティブラーニング」を推進してきた香川大学 経済学部教授で大学教育基盤センター長(2025年10月1日就任予定)の岡田徹太郎氏に聞きました。
※調査期間:2025年2月28日(金)~4月11日(金)、調査対象:2025年2月現在の全上場企業(新興市場含む、外国会社は除く)と一部有力未上場企業5208社(695社が回答、回答率13.3%)、評価方法:卒業生が職場で活躍している大学を人事担当者に尋ねるもの。各大学の卒業生について、「行動力」「コミュニケーション能力」「知力・思考力」「成長力」の4つの分野で評価
一棟丸ごと「アクティブラーニング型」授業の教室に改装
香川大学が本格的にアクティブラーニングに取り組み始めたのは、2014年です。最初は少人数教育で実施していましたが、大学教育は大教室での授業が多いので、300人規模の授業でも検証し一定の効果は実感していました。
しかし、既存の教室ではやれることにも限界があります。そこで大学教育を本格的に変えるという強い意志を持って、経済学部の講義棟を一棟丸ごとアクティブラーニング型の総合教育棟(DRI棟)に改修することにし、概算要求を申請。2018年に通常国会で総額3億1500万円の改修費用を調達することができました。

(写真:筆者撮影)
国立大学で研究棟ではなく教室棟の改修費用として当初予算で認められるのは本当に珍しいことだそうです。「これは香川大学のそれまでの取り組みと、大学教育改革への本気度を評価いただいた結果だと思っています」と岡田氏。

香川大学 経済学部教授、大学教育基盤センター長(2025年10月1日就任予定)
1997年 東京大学大学院経済学研究科修士課程を修了。1999年 東京大学大学院経済学研究科博士課程を退学し、香川大学助手として赴任。以後、2000年 カリフォルニア大学バークレー校客員研究員や、2004年 東京大学社会科学研究所客員助教授を兼務した後、2011年から香川大学経済学部の教授となる。2025年10月から、同大副理事(教育担当)、大学教育基盤センター長
(写真:香川大学広報課提供)
まず改修で取り組んだのは、各教室の教壇・教卓を外しフラットにしたこと。これにより教員は学生の中で自由に動き回れるようになり、学生との関係もフラットになり、双方向の対話が生まれやすくなります。また階段教室の階段部分を除いて、すべての教室の机と椅子を可動式にし、一部の教室は壁面をホワイトボードにし、講義や討論に応じて書き込みや投影を可能にするなど、アクティブラーニング対応の仕様としました。
ICT環境も、単焦点プロジェクター、大画面スクリーン、複数画面投影可能なシステム、正面側面切り替えスイッチャーを取り付けたことで、授業内容の共有や外部のリソースの活用などが容易になりました。

(写真:筆者撮影)

(写真:筆者撮影)
このように環境を整えたことで、大学全体で双方向型授業が当たり前に行われるようになっていったのです。
大人数でもアクティブラーニング型授業で成果を出す仕掛けとは
しかし、高度な専門性を持った教育を行う大学では、まだまだ一方通行の講義型授業が多いのが現状です。
その理由を「高度な専門性を持った教育機関では、まず知識を入れることが重要であり、対話型の授業では講義時間が減り内容が薄くなるという教員の思い込みがある」と岡田氏は指摘します。

(写真:筆者撮影)
岡田氏自身も、以前は講義型の授業をしていましたが、自身が担当する大人数の授業で、講義とアクティブラーニングを組み合わせた授業に変えて検証を重ねた結果、学生の理解度、成績共に講義型を上回り、リアクションペーパーでも学生の能動性が確かめられたのです。
その経験から、授業デザインをしっかり作ることで、授業の質は担保でき、学生の学びに向かう姿勢もむしろ向上することがわかったそうです。
カギとなるのが、専門知識に裏付けられた課題設定ができるかどうか。授業の終わりに「今日の授業のことをグループで話してみて」というような、よくある簡単なグループワークでは、雑談で終わってしまうことが多く、功を奏しません。
実際、高偏差値の大学でも、このような授業が行われていて、アクティブラーニングを疑問視するという声も見かけますが、そのような浅い内容にしないためには、教員の専門知識に裏付けられた、その日の授業と深く関連づけられた課題設定が、教員と学生の生産的なやりとりを生む重要なポイントなのです。
こうした検証を積み重ね、現在香川大学では新任教員全員がアクティブラーニング型授業についての研修を受けており、大学全体でアクティブラーニング型授業が広がっています。これが学生の主体性を育む1つの理由です。
学び心を起動するカリキュラム改革
学生の学びへの能動的姿勢を育むもう1つのポイントが、カリキュラム改革です。
まず、2022年度から初年度教育として全学生共通の入門科目「学問への扉」を実施しています。この科目群のコンセプトは「新入生の学び心の起動」で、大学の探究的学びへの動機付けと履修における自己選択力をつけることを目的に開講されました。
従来型のカリキュラムでは、入学後いきなり履修科目を決めなくてはならなかったので、どうしても「ラクに単位が取れると聞いたから」「学部の先生が教えているから」といった理由で科目を選択しかねない状況がありました(多くの大学生がそのように履修科目を決めている現状があるのではないでしょうか)。
そこで、「学問への扉」では、学問的視点やアプローチの仕方を学ぶと同時に、幅広く学ぶことへの面白さを実感することを目的とした「越境する学問」など入門科目が設定されています。
「越境する学問」とは、人文・社会・自然科学それぞれ分野の違う複数の教員が、同じテーマに関する授業をリレー形式で行うオムニバスの分野横断型授業科目。学生からは「直接関係ないと考えていた学問に触れることができてよかった」「さまざまな分野の教員の話を一度に聞ける機会になった」という感想が寄せられ、「関連分野についての基礎的な知識が得られた」という肯定的な評価が得られました。
教員が熱意を持って語る授業を通して、学生は知らなかったことを知り、さらにもっと知りたいという興味を持つ。まさに学びと心が起動し、学問への扉を開く一歩となっているようです。
社会課題を解決しイノベーションを起こすプロジェクトの機会が充実
香川大学ならではの取り組みが、香大生の夢チャレンジプロジェクト。学生の自主性、積極性、創造性等を高め、学生生活の活性・充実に資するとともに、大学や地域・社会の発展に貢献することを目的に、学生が行う魅力的・独創的なプロジェクト事業を支援しています。
経済学部で行われてきた地域活性チャレンジプロジェクトが、今では全学部に広がり、学生は県内のありとあらゆる地域に出て、地元の人と触れ合いながら、どうやって地域を再生していくのかを考えて、具体的なプロジェクトに落とし込んでいきます。

(写真:香川大学経済学部 西成典久氏提供)
「入学偏差値と卒業生の活躍度のギャップが大きいのが香川大学の学生の特徴だ」と岡田氏。在学中にこうした取り組みを十分経験することで、社会に出てから活躍する底力が身に付くのでしょう。
地方国立大学の使命の1つが地域への貢献ですが、香川大学の取り組みは、地域活性と学生自身の成長の両方を可能にするプロジェクトになっているのです。
「採ってよかった」と社会から評価
2025年の「企業の人事に聞いた卒業生が活躍している大学調査」で東大は全国20位、香川大学は22位でした。
また、2020年の「企業の採用担当者からみたイメージランキング」では、旧帝大が並んでいて、東大は4位ですが、「採用を増やしたい大学」では香川大学が全国4位に入っています(日本経済新聞社・日経HR「企業の人事に聞いた卒業生が活躍している大学調査」)。
入学時偏差値ではトップ大学と20くらいの差がある学生が、社会に出てから「採ってよかった」と評価されるようになるのです。これは、教育の成果の表れと言えるのではないでしょうか。
「学生が持っているポテンシャルを引き出していく自信はある」と岡田氏も胸を張ります。全学上げての取り組みが、こうした成果を生んでいるのは間違いないでしょう。
VUCAの時代に求められているのは、失敗を恐れずにチャレンジをし、新しい価値を創造していく力です。そのような社会の変化とともに教育も変化が求められ、中等教育では総合的探究の時間が必修になり、盛んに主体性を育むプログラムが行われています。
一方、大学ではいまだに従来型の授業が多数を占めているのが現実です。大学選択においても、偏差値には表れない教育の中身を見定めていくことが大切だと感じました。
(注記のない写真:岡田氏提供)