教員に不評?「学生による授業評価アンケート」
大学の教育機能を高めることを目的とするファカルティ・ディベロップメント(以下、FD)は、文部科学省によると「教員が授業内容・方法を改善し向上させるための組織的な取り組みの総称」と定義されている。
具体的には、研修や講演会、教員相互の授業参観、授業方法の研究会などの取り組みがある。大学教育の質の向上には教員個人の努力は当然重要だが、組織的な取り組みも欠かせないのだ。
1990年代以降、大学改革や大学評価の議論が高まる中で、大学教育の質、授業を改善しようという取り組みも加速した。2000年前後には、学生の意見を反映して授業改善が進むことを期待し、多くの大学が学生による授業評価アンケートを導入したが、「学生に授業を評価する能力があるのか」といった教員の反発も強かった。
2007年に芝浦工大に着任した榊原暢久氏は当時を振り返る。「本学でも授業評価アンケートが導入されていましたが、他大学と同様、教員からは不評で、活用も十分にできていませんでした」。FDを知ったのはそんな時だった。
教員養成系学部の出身で、前任の国立大学では授業に必要な基礎学力が不足している学生のための補修「リメディアル教育」を担当するなど、大学教育の改善に関心を持っていた榊原氏は「これだ」と感じ、FDに深く関わるようになったという。
FDは大学の社会的評価につながっている
まずは、新任教員向けに実施する研修の開発に着手した。2008年の大学設置基準改正でFDが義務化された追い風も受けて取り組みは広がり、2012年にはFD・SDの推進を担う全学組織として教育イノベーション推進センターを立ち上げた。
現在、同センターは文科省から教育関係の共同利用拠点(理工学教育共同利用拠点)として認定されている。大学教育全体の充実に資すると評価され、他大学も利用できるにようになっているのだ。
私立大学では2校目の認定で、国立大学の拠点とは異なり独自の予算で運営している。理工学教育の拠点としては唯一であり、以下の4つの領域で26プログラム(2025年度)の研修・ワークショップを開催している。
「理工学教育共同利用拠点」で実施している4つの領域の26プログラム
(1)プレFD※1、入職3年以内の教員を主たる対象とした能力開発
大学教育開発論、シラバスの書き方、授業デザイン、学生主体の授業運営手法、ティーチングポートフォリオの作成などを学ぶ
※1 大学教員志望の大学院生やオーバードクター・ポスドクのための職能開発
(2)理工系教員の基礎的・共通的な能力開発
ルーブリック評価※2、反転授業、英語による授業、アカデミックポートフォリオ※3の作成、障がいのある学生への対応、外部資金獲得支援、研究者倫理、大学におけるダイバーシティ、安全衛生・危機管理などを学ぶ
※2 学修到達状況を評価するための評価基準表を使った自己評価
※3 教育、研究、管理運営や社会貢献などのサービス活動の意義や背景を省察して、自らの言葉で作成した業績記録
(3)理工系教員のさらなる能力開発
研究室指導に必要なコーチング技能、アカデミック・アドバイジング、デザイン能力を育成する授業設計、知的財産マネジメント、学修歴のデジタル化などを学ぶ
(4)理工系教育の強みをさらに伸ばす組織開発支援
ファカルティデベロッパー養成、カリキュラムコーディネーター養成、ミドルマネジメント、高等教育開発、カリキュラムの整合性と学修成果の可視化、教育プログラムをより良くするための学生参画、これらに関わる個別コンサルティングなどを学ぶ
出所:芝浦工大資料を基に作成
学生の将来の目標達成を支援するアカデミック・アドバイジング入門ワークショップや、大学が持つ知的財産を管理・活用する知財マネジメント、学修歴のデジタル化の研修などには多くの大学職員も参加する。
2022年の大学設置基準で義務化された職員の職能開発、スタッフ・ディベロップメント(以下、SD)も担っているというわけだ。プログラムのテーマによっては、参加者の9割が学外の教職員になることもあるという。
榊原氏は「FDに高い関心を持つ学外からの参加者とネットワークを構築し、情報交換して新たな視点を得ることで、本学のFDの取り組みが充実する」と話す。また、これとは別に、学内限定で障害のある学生やメンタルヘルスに問題を抱える学生への対応など独自のプログラムも実施しているという。
FDプログラムの開発は、参考にできる前例のモデルがない状態から始めることも多い。コーチング技能入門ワークショップは、榊原氏が、学内に五輪ショートトラック・スピードスケート種目のトレーナー経験者を探し当て、話し合いを重ねながら一から作り上げたものだ。
ただ、共同利用拠点では研修プログラムが柱となってはいるものの、「『FD=研修・講演会』ではない」と榊原氏は強調する。「カリキュラムの改善について同僚教員同士で相談し合ったり、教員採用選考で教育能力も考慮したり、といった地道な取り組みの積み重ねが重要です。FDは研修などより、もっと幅広い取り組みになるはずです」。
教育イノベーション推進センターも、カリキュラム見直しを促すため、現行のカリキュラムがディプロマ・ポリシー(学位授与方針)や、学生が身につけるべき能力を定めた学修到達目標をきちんとカバーしているか、といったカリキュラムとの整合性について、教員に確認を促して、改善を後押ししている。
「各教員の自発的な取り組みを含めたFD活動は、大学の社会的な評価につながる機関別認証評価(外部の第三者機関による大学の認証評価制度)に適合するうえでも非常に重要になります。地道な改革の取り組みは、文科省『私立大学等改革総合支援事業』の『特色ある教育の展開』『特色ある高度な研究の展開』『地域社会の発展への貢献』『社会実装の推進』の4タイプすべてで、本学が12年連続で選定されることにもつながっていると思います」(榊原氏)
2024年「私立大学等改革総合支援事業」の申請は535校(短大・高専含む)あり、そのうち225校が選定された。だが、4タイプすべてに選定された大学は、芝浦工業大学、金沢工業大学、東京都市大学、帝京大学、東京電機大学、藤田医科大学、龍谷大学の7大学のみだった。
学生による自己評価や授業改善支援を実施
芝浦工大は、期待された効果を上げられていなかった学生による授業評価アンケートを2019年に全面的に見直し、シラバスに掲げられた目標に到達できたか、を学生に自己評価してもらう形に変更した。2024年には、学生自治会からの要望で、授業満足度とほかの学生への推薦度が評価項目に加えられた。

芝浦工業大学 教育イノベーション推進センター長 教授
(写真:芝浦工大提供)
一方で、芝浦工大は、FD活動に学生の視点を活かす取り組みとして、学生が授業観察のためのコンサルタントとなり、大学教員の授業改善を支援するSCOT(Students Consulting on Teaching)活動を取り入れている。
応募後に半年間の研修を受けた学生は、教員との事前面談で観察のポイントを定めたうえで授業を観察し、学生の視点で気付いた点などを報告、改善提案を行う。SCOT生は、大学臨時職員扱いとなり、謝金を受け取れるほか、社会人スキルを学び、企画やコミュニケーションの能力を高めることができる。
榊原氏は、十数年前に北米で開かれたFD担当者の会議でSCOT制度を知り、国内では帝京大学に続いて導入した。
「学生には、SCOTの役割は授業『評価』ではなく、教員の授業改善のための『支援』にあることを徹底している。SCOTを利用する教員は年間10人ほどだが、SCOTを経験して飛躍的に成長する学生がおり、学生を育てる優れた課外プログラムにもなっている」と明かす。
国内の大学のFDの取り組みはまだまだ発展途上にある。その現状を先進的なFDと位置づけられる取り組みをしている芝浦工大の榊原氏はどう見ているのか。
「本学のFDは、国内に前例となる取り組みが少ないので試行錯誤しながら進めてきました。大学によって、よりよい大学教育の方向性は異なってくるはずなので、FDの取り組みもさまざまにあっていいでしょう。本学は、アジア工科系大学トップ10を目指すという長期ビジョン、『世界に学び、世界に貢献するグローバル理工系人材の育成』という教育理念を共有することで、教員・職員・学生が協働することを目指しています。FDの取り組みを進めるには、大学組織が一丸となるためのビジョンが大切です」
芝浦工大ではプレFD以外は、FDプログラムを強制することはなく、必要な時に必要な研修を受ける教職員の権利として運用している。例えば、大学経営に関わる役職に就いた際に研修を受けるよう背中を押すことはあっても、あくまで権利としているのは、本人に課題意識がなければ効果は薄いと考えてのことだろう。
今後、プレFDを受講した教員を採用したり、受講履歴を評価制度に組み込むことを考えることもあるかもしれないが、今はその時期ではないという。だが、「FDによって、学内で共通言語で話せるようになったと感じている」と榊原氏が話すとおり、FDやSDがビジョン達成の1つの手段としてうまく回り始めているということではないだろうか。
(文:新木洋光、編集部 細川めぐみ、注記のない写真:Graphs / PIXTA)