聴覚検査は正常、聞こえているけど聞き取れない

──LiD/APD(聞き取り困難症/聴覚情報処理障害)とはどんなものなのでしょうか?

わかりやすく言うと、“聞こえているけど聞き取れない”ことを指します。聴力検査では問題がないと言われるのに、本人は聞こえに悩んでいるという症状です。私たちの研究班が発表した「LiD/APDの診断と支援の手引き(2024第一版)」では、①聞き取り困難の自覚症状を持っている、②末梢性の聴覚障害を認めない、の2つを満たすものとしています。

──LiD/APDでは、主にどんな症状がみられるのでしょう。

人によって異なりますが、以下のようなものが挙げられます。

聞き取り困難症の症状の例

──難聴とは別ものということでしょうか。

耳の構造
(mas381 / PIXTA)

はい。まず、私たちがどうやって音や言葉を聞いて理解しているか説明しましょう。耳は外耳・中耳・内耳に大きく分けることができます。外耳は一般的に耳と呼ばれる部分と外耳道を指します。鼓膜の奥の空間を中耳と言い、3つの骨(耳小骨)があります。そのさらに奥の内耳には蝸牛と三半規管があり、これらの内部はリンパ液で満たされています。また、蝸牛には感覚細胞の有毛細胞があります。

さて、音は空気の振動として外耳から入ってきて鼓膜を震わせ、耳小骨で増幅されて内耳へ送られます。すると、リンパ液と有毛細胞が振動し、これが刺激となって有毛細胞から電気信号が送られます。その電気信号は脳幹に送られ、主に音の方向やタイミングといった基本的な特徴がここで処理されます。その後、信号は大脳の聴覚皮質に送られ、音の種類が『音楽』『言語』『雑音』といった形で認識・分類されます。言葉であれば、聴覚皮質と連携する言語中枢によって意味が解釈され、大脳が『日本語ではこういう意味だ』と理解するという流れです。

つまり、耳は音を拾うマイクロフォンの役割を果たすもの。先ほど述べた「LiD/APDの定義」の条件②「末梢性の聴覚障害を認めない」というのは、「耳で音を拾う機能には問題がない」ということです。耳は音を拾っていても、その先の段階でさまざまなトラブルが起こり、聞き取りが難しくなるのがLiD/APDなのです。

──LiD​/APDは以前、APD(聴覚情報処理障害)と呼ばれていたそうですね。

APD(聴覚情報処理障害)は、音の電気信号が脳幹に伝わる経路の障害を指します。しかし、聞き取りにくさの背景には、音に注意を向けるのが難しいという問題や、認知の問題、言語の問題など、さまざまな要因が考えられます。そのため、近年は海外でLiD(Listening difficult)と呼ばれるようになっており、これを日本語で「聞き取り困難症」と訳しました。今はまだAPDの認知度のほうが高いためLiD/APDとしていますが、できればLiDと呼びたいと考えています。

──LiD/APDの定義で「自覚症状」が挙げられているのはなぜですか?

障害のある人の対応は従来、医学的モデルの疾患ベースで考えてられてきました。それが今では、「その人が何に困っているのか、困りごとベースで考えよう」という流れがあります。耳鼻科も同様で、欧米では「難聴の対応は、聴力検査の結果より本人の自覚が大事」とされています。聴力検査で正常範囲でも、その人が聞き取りに困難を感じているのであれば、何らかの対応をしましょう、というのがわれわれの考え方です。LiD/APDの定義には異論もありますが、これまで「聴力検査で問題がないので、聞こえにくいのは気のせいです」と言われてきた人たちの背景や支援にもしっかり対応しようということなのです。

自覚症状が大事だが、子どもほど聞き取りにくさを自覚しづらい

──聞き取りに困難を感じている人の割合はどのくらいなのでしょうか?

阪本 浩一
阪本浩一(さかもと・ひろかず)
医誠会国際総合病院 診療副院長
大阪公立大学大学院医学研究科 特任教授(聴覚言語情報機能病態学寄附講座)
(写真は本人提供)

われわれが、難聴と診断されたことが「ない」18〜90歳の成人1391人を対象にして、聞こえに関する2種類の検査を行ったところ、少なくともどちらかの検査で「聞き取り困難」という結果がでた方は53.2%にも達しました。加齢による変化も含まれますし、実際に難聴だった方もいるでしょうが、実に5割以上の方が聞き取りに困難を感じていると考えられます。

ただし、LiD/APDの当事者は、2種類の検査のどちらも「聞き取り困難」という結果になることが多いです。これを踏まえると、今回検査した成人では25.1%が聞き取りに困難を感じていると考えられます。

──LiD/APDと見られるお子さんの割合はどのくらいなのでしょうか?

大阪教育大学附属学校の小1〜高3を対象に、3年にわたってアンケート調査を行った結果、われわれのLiD/APDの定義に当てはまりそうな生徒は、回答者の21.1~24.7%にあたりました。もともと聞こえに関心がある生徒が回答しているというバイアスはあるものの、4〜5人に1人が聞こえに困っていると思われます。

小さいうちは聞こえにくさを自覚しにくく、年齢が上がるにつれて自覚症状が出てきます。子どもが小学校1年くらいまでは親子で症状の見立てが合うものの、それ以降は乖離が出てきます。「自覚症状あり」の子どもが右肩上がりで増えるのに対し、「子どもの聞こえが気になる」という親は増えません。つまり、子どもは困っているが親は気づいていない、というケースがあるということです。

──聞こえにくいまま過ごしているお子さんも多そうですね。

小学生などの早い段階でLiD/APDが見つかるケースは少ないです。ただし、発達障害のお子さんなどでコミュニケーションの問題をきっかけに調べた結果、比較的早く判明することともあります。

実は、LiD/APDは社会人になってから自覚する方が多く、外来で最も多いのは20代女性なのです。学生時代は先生の話が聞き取れなくても友達に聞けばいいし、聞き間違いが多くても 「天然だよね」で済みますが、就職するとそうはいきません。電話対応で聞き取りができない、上司の指示がうまく頭に入らないという状況に陥り、自信を失って適応障害になるケースもよく見られます。話を聞くと、「学生時代も聞こえていなかったが、適当に返事をしていた」「バイト時代も店長に怒られっぱなしだった」ということが多いのです。

──発達障害とLiD/APDには関連があるのでしょうか?

LiD/APDだから必ずしも発達障害、というわけではありません。私たちの研究では、LiD/APDで発達障害という診断がつく人は30〜40%でした。

ASDのお子さんの中には、医師に「ASDがあるから話を聞いていなくて当たり前」と言われ、耳鼻科を紹介してもらえなかったケースもあるようです。ASDで聞き取りに困難を抱えている人は多いですが、「ASDだから聞けていなくて当然」というわけではありません。その子が何に困っているのか、どんな状態なのかをきちんと調べる必要があります。

また、発達に凸凹はあるがASDの特性は満たしていない、という人もいます。凸凹は人によって異なり、脳のワーキングメモリ(短期記憶)の問題でも、聴覚的な短期記憶の数唱に出る人もいれば、その後の操作を評価する語音整列に出る人もいて、どちらの場合も聞き取りにくさを強く感じると考えられます。

LiD/APDの疑いがある場合、まずは耳鼻科を受診

──LiD/APDかもしれないという場合、どこに相談すればいいですか?

まずは耳鼻科を受診しましょう。以前に比べ、耳鼻科の臨床医の間でLiP/APDの認知度は上がっており、「聴力検査に問題がないのでLiP/APDかもしれない」と判断できる医者は増えています。私の研究班では「LiD/APDの診断と支援の手引き(2024第一版)」を公表していますが、聴力検査で問題がなくて聞き取りにくさがある場合は、専門医の診察を受けることを勧めています。われわれのサイトで、LiD/APDの診断ができる医療機関一覧もまとめています。

──LiD/APDやその背景などはどう調べるのですか?

聞き取りにくさの陰に難聴や軽度の難聴が隠れている可能性もあるので、まずは聴力検査を行います。私が勤務する大阪公立大学附属病院では、聴力に問題がない場合、5歳から16歳11カ月の方はWISC検査、16歳以上の方はWAIS検査を受けてもらいます。これらの検査では、聞き取りに関連する「言語理解・知覚推理・ワーキングメモリ・処理速度」の処理能力や効率性を測ることができます。個別の項目に高い低いがあっても、全体の評価として「平均」と出ることがあるため、各項目を詳しく見たほうがいいのです。

──LiD/APDだとわかったら、具体的にどんな対応をするといいですか

そのお子さんの特性に合わせた補助機器を使います。補助機器には主に「音を大きく聞こえやすくする機器」と「雑音を防ぐ機器」があります。

前者の「音を大きく聞こえやすくする機器」には、デジタル補聴器や補聴援助システムが挙げられます。補聴援助システムは、話す人の声をワイヤレスマイクで集めて受信機に送るもの。授業で先生にワイヤレスマイクをつけて話してもらい、お子さんは耳に受信機をつけます。何人かで会話するときは、マイクを手に持って相手に向けることで聞き取りやすくなります。

後者の「雑音を防ぐ機器」には、ノイズキャンセリング機能付きのイヤホンやヘッドホン、音量調整ができるデジタル耳栓があります。

人間はいろいろな方向から音を聞き、頭の中で統合します。しかしLiP/APDの人の中には、左からの音が3割くらいしかわからないという人や、聞くための注意を保持するのが苦手という人もいます。脳のメモリーが10あるとしたら、普通の人が2メモリーで済むところを、LiP/APDの人は6メモリー使って聞き取るような感覚。聞き取るだけでとても疲れますし、聞いたことを覚えたり考えたりするなど、他のことにあまりメモリーを使えないのです。

なるべく早く気づいて環境を整備しよう

──LiP/APDのお子さんにはどんな合理的配慮が必要ですか?

自分にどんな困難があるのか、どんな支援が必要なのか、LiP/APD当事者が自分で説明できることが大切です。私たちの病院では、当事者のお子さんと保護者に検査の結果を詳しくお伝えしたうえで、どうしていきたいかを話し合います。そして、特性に合った機器を伝えて診断書を書きます。

診断書には、お子さんのLiP/APDの背景や特徴のほかに、「補助機器の使用が必要」「1対1の会話は最初に声をかけてから始める」「指示は簡潔に行う」「書面を併用して伝える」など、必要な合理的配慮も記入します。この診断書を見せながら、「補助機器を使用したい」と学校にも説明してもらいます。

環境整備も必要です。例えば、授業をなるべく静かな環境で受けられるようにしたり、騒々しい場所で肩を叩いてから話しかけてもらう、聞き取りの注意が続かないときに一声かけてもらう、などもよいでしょう。

──小さいお子さんの聞き取りにくさに、周囲の大人が気づくポイントはありますか?

言葉の遅れや発音が苦手なお子さんは、聞き取り困難を抱えている場合があります。また、テレビやYouTubeで字幕がないと疲れるという場合も、聞こえにくさがないか確認するといいでしょう。

聞こえにくさを放っておくと、コミュニケーション力が低下したり、自信をなくしたりする恐れがあります。早く気づいて必要な対応をしていただきたいです。また、「LiP/APDだからこれはやらない」と避けるのではなく、やりたいことをどうすればできるかを工夫しましょう。

(文:吉田渓、注記のない写真:Fast&Slow/PIXTA)