3分野すべてにおいて「世界トップレベル」その要因とは

──OECDが進める国際的な生徒の学習到達度調査「PISA2022」が2023年12月に発表され、日本は、OECD加盟国37カ国中「数学的リテラシー」1位、「読解力」2位、「科学的リテラシー」1位と3分野すべてにおいて世界トップレベルという結果でした。中でも「読解力」は、前回の11位から2位に急上昇しています。この要因について教えてください。

大野彰子(おおの・あきこ)
文部科学省 国立教育政策研究所 教育データサイエンスセンター長(併)国際研究・協力部長
1994年文部省(現・文部科学省)入省。アメリカ留学(コロンビア大学大学院)、岡山県教育庁生涯学習課長、文科省高等教育局国立大学法人支援課課長補佐、OECD教育局アナリスト、カンボジア教育省教育計画アドバイザー(JICA専門家)、文化庁長官官房国際課長、同文化財第二課長、文科省大臣官房総務課広報室長、同総合教育政策局調査企画課長等を経て、2022年4月より現職
(写真:本人提供)

大前提として、このような調査結果は順位など「数字」のほうに焦点があたって一喜一憂しがちですが、「結果をどう捉え、今後の教育現場にどう落とし込んでいくか考えていくための1つの指針」として受け止めていただきたいと思います。

それを踏まえたうえで申し上げると、「PISA2022」では、日本は数学的リテラシー、読解力、科学的リテラシー3分野すべてで世界トップレベルという結果が出ました。また、前回の2018年調査から、OECDの平均得点は低下した一方、日本は3分野すべてにおいて平均得点が上昇したこともわかりました。

この要因の1つとして、日本は新型コロナウイルス感染症のため休校した期間が他国と比べて短かったことが影響した可能性があることが、OECDから指摘されています。このほか、学校現場において現行の学習指導要領を踏まえた授業改善が進んだこと、PISAはCBT(コンピューター使用型調査)による調査なのですが、GIGAスクール構想前倒しによりICT環境の整備が進み、生徒が学校でのICT機器の使用に慣れたことなども考えられています。

読解力の上昇に関しては、全国学力・学習状況調査の結果や現行の学習指導要領等を踏まえ、各学校において児童生徒の言語能力の確実な育成に向けて教科等横断的に取り組んできたことが功を奏したという見方もできます。

PISA調査はその特質上、前回のみとの比較よりも、長期的傾向を見ることが大切だといわれています。「長期的傾向」という視点で見ると、OECD全体の平均得点は3分野すべて下降傾向にありますが、日本は読解力をはじめすべての分野で下降傾向は見受けられず、平坦型で推移しているところも大きな特徴といえます。

OECDが分析する「レジリエントな」国の1つに

──コロナ禍、学校現場では先生方が「学びを止めない」と力を尽くしてきました。

コロナ禍、日本では給食や合唱指導をはじめさまざまな教育活動が制限されました。しかし、そんな中でも先生方が学校ならではの子ども同士の学びや先生と子どもたちとの関わりを大切に、高い使命感をもって頑張ってくださったことが今回の結果につながったと思います。

一方で、日本はこれまで先生方の頑張りに頼りすぎてきた側面もあり、教育現場では、教員の多忙化や教員不足などさまざまな課題が顕在化してきています。働き方改革や処遇改善、学校の運営体制の見直しなどを一体的に進めながら学校現場の環境をよくしていく必要があり、文部科学省は各自治体の教育委員会とともに、課題解決に向けて取り組んでいます。

──「PISA2022」の中心分野は「数学的リテラシー」で、各国の社会経済文化的背景(ESCS)との相関関係も公表されました。

PISA調査では、保護者の学歴や家庭の所有物に関する生徒質問調査の回答から「社会経済文化的背景」(ESCS=Economic, Social and Cultural Status)指標を作成しています。今回、日本は、数学的リテラシーの平均得点が高い国の中では、国内の「社会経済文化的背景」(ESCS)水準別に見た場合、「生徒間の数学的リテラシーの得点差が小さい国の1つである」と指摘されました。

これはどういうことかというと、「生徒の社会経済文化的背景が得点に及ぼす影響の度合いは小さい」、つまり「日本の学校は、社会経済文化的背景が低い生徒でも、学ぶ意欲があれば教員が支援し乗り越えることが比較的できている」ということが、データから読み解けるということです。

──「PISA2022」では新型コロナウイルス感染症の影響も調査されましたが、日本は「レジリエントな」国(=ピンチに対しても冷静に物事を考え、回復力のある国)の1つと位置づけられました。

OECDは、2020年に世界を襲った新型コロナウィルス感染症が教育に与えた影響を鑑み、2018年調査から2022年調査にかけて数学の成績、教育におけるウェルビーイング、教育の公平性の3つの側面からそれぞれの変化に着目し、その結果から「レジリエントな」国・地域を分析しました。

日本は3つの側面すべてに安定・向上が見られ、韓国、リトアニア、台湾とともに「レジリエントな」国の1つとして位置づけられました。これは大きく注目すべきことであり、先ほど申し上げた教育現場で奮闘された先生方のご尽力の賜物だと思います。

一方で、現在日本では、子どもの貧困などが社会問題となっています。生徒の社会経済文化的背景にかかわらず生きる力を身に付ける、学校における教育の公平性を担保しつつ、ひとり親家庭の支援や奨学金などをさらに拡充していくことが求められていると思います。

「PISA2022」から見る、日本の教育の課題とは

──「PISA2022」から見る、日本の教育の課題について教えてください。

数学的リテラシーの得点は非常に高かったものの、数学的リテラシーに関する生徒への質問調査では、日本の生徒はOECD平均に比べ、「実生活における課題について数学を使って解決する自信が低い」ということがわかりました。

また、日本の数学の授業では、数学的思考力の育成のため日常生活とからめた指導を行っている傾向がOECD平均に比べて低い結果となり、回答割合から指標を算出すると、OECD加盟国37カ国中36位でした。

小学校の算数では買い物など日常生活とひもづけて数学的思考力を学びますが、中学校、高校と進むにつれて、数学はより抽象的な概念や理論を扱うようになり、生徒は日常生活との接点が減っていくように感じていることがわかります。

とくに高校の数学においては、この点に課題があることは文部科学省としても以前から認識しており、現在の学習指導要領においては指導計画の作成にあたり、「数学的な見方・考え方を働かせながら、日常の事象や社会の事象を数理的に捉え、数学の問題を見いだし、問題を自立的、協働的に解決し、学習の過程を振り返り、概念を形成するなどの学習の充実を図ること」と打ち出しています。

文部科学省の教育課程課の教科調査官が、全国の教育委員会や数学の先生方に学習指導要領の内容や実践事例の周知、授業改善に関する指導助言を行い、課題と向き合っています。

──ICTの活用状況についてはいかがでしょうか。

日本の各教科の授業でのICT利用頻度はOECD諸国と比較すると低いという結果が出ています。また高校生自身が情報を集める、集めた情報を記録、分析、報告するといった場面でデジタル・リソースを使う頻度も他国と比較して低い、すなわち「ICTを用いた探究型の教育の頻度」の指標がOECD平均を下回り、このICT活用調査に参加したOECD加盟国中最下位でした。

ただ、高等学校においては、GIGAスクール構想による端末の整備が本格的にスタートしたのが2022年度で、「PISA2022」は日本では2022年6月から8月にかけて実施されたため、これらは「GIGAスクール構想の整備中に出た結果」と受け止める必要があります。高等学校においては、まさに現在進行形でGIGAスクール構想が進んでおり、今後これらの状況は改善していくと見込んでいます。

──「日本の生徒は自律学習を行う自信が低い傾向にある」という報告もあります。

生徒質問調査の「今後、あなたの学校が再び休校した場合、以下のことを行う自信はどれほどありますか」という質問に対する回答として、「Zoomなどのビデオ会議システムを使う」ことに自信がある生徒の割合は比較的高い傾向にありました。しかし、「自力で学校の勉強をこなす」「自分で学校の勉強をする予定を立てる」など、自律学習についての自信が低い傾向にあることが明らかになりました。

感染症の流行や災害の発生など非常時のみならず、変化の激しい社会を生きる子どもたちにとって、ふだんから自律的に学んでいくことができる経験を重ねることは必要不可欠です。学習指導要領にある「主体的な学び」を日々の授業で実践し、これらの学びに必要なICTをはじめとしたさまざまなツールを一人ひとりの子どもの学習進度や興味・関心等に応じて使えるよう工夫を重ねることが大切です。

文部科学省では、自立した学習者を育成していくためにはどのような授業がよいのか、国内の好事例の共有などの取り組みを進めていきます。

教員不足は世界共通、デジタル学習の準備体制にも課題

──「PISA2022」の学校質問調査結果を見ると、日本における教員不足が前回の「PISA2018」から悪化傾向にあることが見てとれます。

「PISA2022」の結果において、日本の生徒の64%が、学校長が「教員不足のため指導に支障が生じている」と回答した学校に通っており、前回の「PISA2018」のときの53%よりも増加しています。また、日本の生徒の43%が、学校長が「教員の能力不足のため指導に支障が生じている」と回答した学校に通っており、「PISA2018」のときの40%よりも増加しています。

日本において、教員不足に拍車がかかっていることはデータからも明らかですが、実は教員不足は世界共通の課題であり、2018年から2022年にかけて、学校長が「教員不足のため指導に支障が生じている」と回答した学校に通う生徒の割合は58カ国・地域で増加したとOECDから報告されています。

──デジタル学習に対する学校の準備態勢についての調査結果についてはいかがでしょうか。

OECD加盟国全体の傾向としては、「オンライン上の有効な学習支援プラットフォームが提供されている」については「PISA2018」から大きく改善傾向にあります。日本は、「デジタル機器を指導に取り入れるために必要な技術的・教育的スキルを持つ教師がもっとも増加した国」の1つであると報告されています。

その一方で、「教員には、デジタル機器を取り入れた授業の準備のために十分な時間がある」「学校には技術的なサポートをする十分な資格を持った補助員がいる」という項目において、日本はその割合が低い傾向にあることがわかり、今後の課題も残されています。これらの課題を改善するためには、教員への支援体制の強化、学校におけるインフラ整備などが重要となります。

子どもたちが 安心して学べる環境を

──「PISA2022」では、「日本の生徒は学校への所属感が高い」という結果が出ていますが、不登校の児童生徒の数は増加の一途をたどっています。この乖離をどう捉えたらよいのでしょうか。

「PISA2022」では、「(自分は)学校の一員だと感じている」「他の生徒たちは私をよく思ってくれている」「学校ではすぐに友達ができる」などの質問を通し、生徒の学校への所属感を調査しました。

その結果、OECD平均では生徒の学校への所属感は2018年から2022年にかけて悪化しましたが、日本は所属感がもっとも向上した国の1つとなりました。この要因としては、先ほどから何度もお話ししていますが、コロナ禍のさまざまな制限下でも学校現場で先生方がさまざまな工夫をこらして教育活動をしてくださったことが大きく、日本の教育の強みとして捉えるべきだと思います。

一方で、PISAは国際的な実施基準により、抽出された全日制・定時制の高校に通学している生徒が調査日に受けた結果を集計し、日本全体の姿を予測する調査で、通信制の高校は対象に入っていません。長期欠席も含めて欠席した子の意見や感じ方なども含まれていないため、そのような生徒の結果は反映されにくかった可能性はあります。

文部科学省では、誰一人取り残されない学びの保障に向けた不登校対策「COCOLOプラン」を2023年3月に発表し、取り組みを進めています。学びたいと思ったときに学べる環境を整えること、ICTを活用しながら「チーム学校」として心のSOSを見逃さないようにすることなど、誰もが安心して学べる環境づくりが大切です。

──「PISA2022」の結果を踏まえ、日本の教育の未来のために必要なことはどんなことでしょうか。

PISA調査のような国際調査に継続的に参加することによって、よい点や課題点も含め日本の教育の姿を客観的に捉えることができます。この調査結果を参考に、国の教育政策を不断に見直し改善していくことが大切だと思いますし、国だけでなく、自治体や学校でも議論の材料にしていただきたいと思います。

2023年6月に閣議決定された教育振興基本計画(2023〜2027年度)におけるキーワードは「ウェルビーイング」です。「ウェルビーイング」は、OECDで以前から重視されてきた考え方ですが、日本の教育振興基本計画に初めて書き込まれました。

「将来、自分が社会を作っていく」といったいわゆる「エージェンシー」あふれる人材を育成していく教育ももちろん大切ですが、「ありのままの自分で生きられて幸せ」と実感できるような教育も、もう1つの柱としてとても大切です。

学校関係者・教育関係者のみならず、社会全体で子どもたちのウェルビーイングの向上のため、さまざまな学びの場を提供したり、新たに作っていく努力を重ねることが求められているのではないでしょうか。

(企画・文:長島ともこ、注記のない写真:編集部撮影)