従来型の一斉教育に小4男児がダメ出し
自分らしさを生かして仲間と協働しながら新しい価値を創出する。そんな「クリエーティブリーダー」の育成を目指し、「学習者中心の学び」や、近年米国で注目を浴びる「ホールチャイルド」を育む環境をテーマに教育活動を行う竹村詠美氏。長年、外資系企業で活躍してきたが、なぜビジネスの最前線から教育界に軸足を移したのか。そのきっかけは、プライベートでの出来事にあった。
「5年前、駐在していたシンガポールから帰国しました。当時小学校4年生だった長男も日本の学校に転入したのですが、何だか楽しそうに見えない。子どもと話し合う中で気になったのは、一斉授業がつまらないということ。彼は学び方に疑問を感じていて、算数に理科などを組み合わせれば面白い授業ができるのに、とも言うのです。それはいわゆる教科横断型の授業ですよね。目が覚める思いでした」
確かに彼が言うような授業でじっくり学べたら楽しいだろう。しかし実際、そんな学校があるのだろうか――気になった竹村氏は動き出す。日本のオルタナティブ教育のほか、米国、イタリア、シンガポール、イスラエル、韓国の教育現場の視察を始めたのだ。北欧諸国をはじめ世界十数カ国の教育先端事例の調査、研究も行った。
そこから見えてきたのは、受験対策や偏差値に偏った従来型の教育から、非認知能力の育成を重視した教育への転換が急務だということだった。
「変化の激しい時代において活躍できる力を身に付けるために必要なのは、1人ひとりの興味に合わせて『心身頭』を統合的にバランスよく育む『ホール・チャイルド・アプローチ』という学びの考え方。こうした21世紀型の教育を格差なくどんな子どもも受けられるようになってほしい。
日本にも以前から『全人教育』や『知・徳・体』といった教育思想がありますが、今の大学受験から逆引きした教育では、圧倒的にプライオリティーが国語、算数、理科、社会、英語に置かれてしまいます。この心身頭のバランスを欠いた教育から抜け出さない限り、新学習指導要領が強調する『主体的・対話的で深い学び』の実現は難しいと思います」
誰もが抱いていたモヤモヤの正体
米国の学校を視察した際のこと。「AIやロボットが生活に浸透していく21世紀の子どもたちにとって必要な教育とは何か」というテーマを掘り下げた、ドキュメンタリー映画『Most Likely to Succeed』に出合った。その舞台となったのが、カリフォルニア州サンディエゴのチャータースクール(※2)「High Tech High(ハイ・テック・ハイ)」だ。
※2 保護者や教員、地域団体などが、州や学区の認可(チャーター)を受けて設ける公立の初等中等学校
「High Tech Highは、プロジェクト型学習を中心に、ホール・チャイルド・アプローチを実践する学校。まさに教科横断型の授業を行う公立校があると知り、衝撃を受けました。日本の公立校でもできない理由はないはず。まずはこの先端事例を日本の教育ステークホルダーに広く知ってもらい、これからの教育について考えてもらうきっかけをつくろうと、『Most Likely to Succeed』の上映会を日本で開催することにしました」
2016年から始めた上映会は、すでに500回以上(開催支援先の上映を含む)、45都道府県で開催された。上映後には鑑賞者と対話する機会も設けている。
「驚いたのは、保護者や学校の先生だけでなく、行政の方やビジネスパーソンなど幅広い層の方が参加され、上映後には毎回活発な議論が交わされること。皆、今の学校教育に対して同じようなモヤモヤを感じていることがわかってきました」
不登校に課題を感じている人もいれば、ICT教育の遅れを問題視する人もいるなどモヤモヤの切り口はさまざまだが、共通項は「日本の学びはこのままではいけない」という危機感だ。
そこから一歩、前へ踏み出すために、今すぐにでも学校が取り組めることは何か。竹村氏はこう答える。
「いちばん大事なのは、子どもたち1人ひとりが学校やクラスから『受け入れられている』と自信を持てるようにすること。子どもたちが帰属意識を持てる学校運営や学級づくりが不可欠です。不登校やいじめの問題もここの脆弱さに原因があると思っています。
具体的には、自分の意見を安心して言える安全な場として、先生と一緒に答えのない問いについて少人数のグループに分かれて話し合うなど、哲学対話の時間を設けてみるのも1つの方法です。授業のカリキュラムを変えなくても、道徳や総合的な学習の時間を活用すればできると思います」
その次のステップとして取り組みたいのは、Choice & Voice(選択と意見)だ。
「学校生活の中で、子どもたちが自らの得意なことや関心をベースに選択できる局面を増やしたい。例えば数学なら、問題によっては複数の解法があります。自分はどの解法を選んだのか、その理由は何かを生徒同士が話し合い、その中で『なるほど、そういう考え方もあるのか』と気づくというような形で、経験学習的な深い学びのサイクルを授業の中に取り入れるといいと思います。
理想としては選択肢もたくさんあったほうがいい。体育であれば、競技性のあるスポーツや、競技性のないヨガやダンスなど複数の選択肢を用意して選んでもらう。自分で下した決定ならば、その選択に責任を持つようになるし、うまくいかなかったときも他者のせいにしたり、言い訳したりすることがなくなるはずです。
こうした土台がないと、探究学習なども単なる調べ学習のような形だけのものになってしまいます」
開かれた学びの場をつくり、働き方改革にもICTの力を
日本のICT教育については、「相当遅れていますが、1人1台の端末とWi-Fi環境が今年度中に整備されることで、やっとスタートラインに立てます」と話す。問題は、教える側の人材育成をどうするかだ。
「ICTの扱いは子どものほうが得意。ですから、先生たちは基本を押さえつつ、ICTの得意な生徒の力をどこまで借りていくかがポイントになります。また、企業や地域住民など外部の力を活用することも大切です」
例えば、米国のある公立高校では、生徒がクラブ活動の一環としてパソコンの修理を行っており、自校のパソコンだけではなく他校のものも引き受けているそうだ。しかも、その活動を半事業化しており、受け取った対価は学校のその他の活動に還元している。ICTスキルを高めながら社会との接点も持てるという好循環を生む取り組みで、地域からも好評だという。
「ここにIT企業のサポートが入ってもいいし、パソコンが得意な地域住民が加わってもいい。いろいろな人の力を借りて開かれた学びの場をつくっていくことが重要です。日本も文部科学省がつくったコミュニティ・スクール(学校運営協議会制度)(※3)があるわけですから、利用しない手はありません。
子どもたちも教科書の学びと社会の関連性がリアルに見えたほうがわくわくしますよね。出前授業も悪くないのですが、もう少し長期的かつ日常的なつながりが必要です。もともと日本には互いを思いやるチームワークという強みがある。ここに、各自の個性や得意なことが生きる協働性も加われば、世界最強の開かれた教育が実現できると思います」
※3 学校と保護者や地域住民が一緒に協働しながら子どもたちの豊かな成長を支え「地域とともにある学校づくり」を進める法律(地教行法第47条の5)に基づいた仕組み
一方、「ICTの活用に関しては、そもそも授業改革よりも、校務改革の方が急務」と竹村氏は指摘する。
「校務に忙殺されていたのでは、子どもたちに向き合う時間も、先生同士で教科横断型のカリキュラムについて話す時間も取れません。ビジネス界ではICTによる業務の効率化が実証されていますが、先生たちの校務時間の削減もICTの活用で明らかにKPI(重要業績評価指標)(※4)として目指せます。教育現場を聖域化せず、効率化に踏み込む必要があるでしょう。
また、正解のない学びの実践は、先生も成長するものです。食わず嫌いにならず、新たな活動を1日15分でも取り入れてみるなど、気負わず楽しんで取り組んでほしいです」
ビジネス感覚を上手に取り入れて効率化を図り、子どもたちと一緒に自身も軽やかに成長を続ける。教育現場には、そんな新たな姿勢が求められているのではないだろうか。
※4 Key Performance Indicatorsの略。組織の目標を達成するための重要な業績評価の指標
「私たちで自治る(つくる)学び」をコンセプトに、長野県内の学びの取り組みを共有し、大人も子どもも一緒に学びについて考える場を目指す。
Learn by Creation NAGANO公式サイト:https://nagano.learnx.jp/
(写真はすべて竹村詠美氏提供)