発達障害の可能性のある子は通常学級に「11人に1人」
文部科学省は2022年、小・中学校の通常学級に学習面や行動面に困難さがあるなど発達障害の可能性のある子が8.8%、11人に1人程度在籍していると公表した(文科省「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果〈令和4年〉」)。また特別支援教育を受ける児童生徒数も直近10年で倍増、とくに特別支援学級の在籍者数は2.1倍に、通級による指導の利用者数は2.3倍となっている(文科省「特別支援教育の充実について」)。
長年、発達障害やその傾向がある子どもと家族を支援してきたNPO法人ADDS 共同代表の熊仁美氏は、こうした状況をどう見ているのだろうか。
「実際に数が増えているのか、それとも困り感を抱える子どもたちが表面化して支援の必要性が認識されるようになってきたのかという2つの見方があると思います。私は後者の見方をしています。支援にたどり着くきっかけ自体が増えているのはよい面もあるのではないでしょうか」
熊氏が、NPO法人ADDSを立ち上げたのは2009年。ちょうど2005年に発達障害者支援法が施行され、世の中に発達障害という言葉が少しずつ知られ始めたころだ。発足から15年が経ち、子どもの特性に早い段階で気づき、支援につながることができる人が増える一方、「もしかしたら発達の問題を抱えているのではないか」と、まだ子どもの特性がはっきりしていない段階でも将来を心配して相談に来る保護者も多いという。
「確かに通常級の8.8%という数字は衝撃的ですが、それだけ学校のやり方になじめない子どもたちがいることを示しています。昔に比べると『みんな同じことをしなさい』という教育現場の姿勢はかなり変わってきていると思います。ですが、1人の教員が30人の子どもを見るという体制では、ある程度のルールがないと集団としての維持が難しいという現実もあります。個々の子どもに対するきめ細かな支援を現在の体制で行うのは難しく、人手不足は事実だと思います」
自閉症の子に言葉を教えるアルバイトがきっかけに
ADDSは現在、発達支援が必要な子どもに対する療育プログラムの研究開発、障害児通所支援、支援者育成を中心に事業を展開。指定管理を受託し運営する江戸川区発達相談・支援センターをはじめ、ADDS Kids 1st荻窪、ADDS Kids 1st鎌倉などを通じて発達支援を行っている。
ICTを活用した独自の療育支援アプリ「AI-PAC」は特許を取得していて、ほかの事業者にも提供している。これらも含めて2023年度に支援を提供した親子の数は401人、のべ2万2691人にのぼる。ADDSを立ち上げた理由について、熊氏はこう話す。
「小学校のころから『ブラック・ジャック』などの医療漫画が好きだったことや、虐待を受けた子どものケアを描いたトリイ・ヘイデンさんの『シーラという子』に影響を受けて、大学では心理学を専攻しました。発達心理学のゼミで応用行動分析学(ABA)に基づいた論文を読むと、自閉症の子どもが靴を履く練習をするためのスモールステップの組み方やほめ方、指示の出し方、手助けの減らし方など発達支援の具体的な方法が書かれていて、驚きました。学生の立場でも、再現可能で効果がある方法だという感覚を持ちました」
そんな折だ。後にADDSを共に立ち上げることになる竹内弓乃氏が、アメリカから帰国した自閉症の子に遊びの中で言葉を教えるアルバイトをしていることを知る。その療育プログラムが、まさに授業で学んだ応用行動分析学に基づいていることがわかり、熊氏も興味を持った。大学2年生のときだ。
その子はアメリカで専門的な療育を、お母さんもペアレントトレーニングを受けていたが、日本では療育を受けられる機関がなく、母親自らわが子の療育にあたっていた。竹内氏は、その母親から療育の方法を教わりながら言葉を教えていたのだが、そこに熊氏も加わったという。
「例えば、ちょうだいという要求の言葉を引き出すことを目的に支援を行っていたとします。ただ言葉を無理に言わせるのではなく、子どものモチベーションを上げて自発的な言葉が出やすいような関わり方について、きめ細かに指導を受けました。関わりがよかった場合は、お母さまからほめていただき、逆によくない関わりで、子どもの癇癪を誘発してしまったような場合は、別の関わり方に変更するよう指導されました。こちらの関わり一つで子どもの行動が大きく変わることを実感しながら、一つひとつフィードバックをもらってスキルアップしていきました。
その結果、子どもが言葉を話せるようになったり、コミュニケーションが豊かになったりする過程を多く体験させていただきました。大学で勉強したことを実際にやってみることは、まったく別世界のように難しく、同時に大きなやりがいを感じました。
親御さんが専門家顔負けの知識を持っていたので、子どもへの言葉がけが理論にかなっていることもよくわかり、納得感がありました。同じように勉強されている親御さんが集まって勉強会を開いたり、海外から専門家を招いて講演会を行ったりする機会にも参加させていただき、療育の最先端の情報にも触れることができました」
熊氏は、この経験が後に事業を組み立てるうえでも重要だったと振り返る。発達支援の実践現場に早くから関われたというだけでなく、専門家の介入する割合は一時期で、保護者が子どもの専門家になっていくプロセスを支援することが大切だと気づいたからだ。
その後、「応用行動分析学に基づいた療育ができる学生がいる」という口コミが広がり、多くの保護者から依頼が来るようになる。そこで、大学の指導教授で応用行動分析学が専門の山本淳一氏を顧問として、ほかの学生にも声をかけてサークルを立ち上げた。
「当時、起業するつもりはなく、博士課程を修了してから考えようと思っていました。ところが、修士課程修了時に博士課程の願書提出を、私も竹内も2人揃って忘れるというハプニングがありました。この1年のブランクを前向きに活用するため、任意団体ADDSを設立することになったのです。その後、NEC社会起業塾で学び『発達に特性がある子どもたちの可能性を最大限に広げられる社会を作る』というミッションを掲げて法人化しました」
海外とは異なる日本の発達支援の特徴
発達障害の子どもを支援する手法はさまざまあるが、アメリカで発展したものの1つに応用行動分析学がある。ADDSは、応用行動分析学と発達心理学の知見に基づいた支援を開発し、効果を示しながら事業化、政策提言にも積極的だ。日本における発達支援の特徴や課題はどんなところにあるのだろうか。
「アメリカやイギリスでは、エビデンスに基づいた発達支援が政策と連動し、ガイドラインが出されています。行政機関がリードしてエビデンスに基づく支援の指針を出すという点において、日本はまだ課題があると思います。福祉領域では医学的な診断がされる前の支援が重視されており、それはよい面もありますが、エビデンスに基づいた支援をどのように制度に組み込むかという点では後れを取っています。
文化的な違いもあり、欧米では特性に合った効果的な支援を受けることが子どもの権利として捉えられる傾向がありますが、日本の福祉では『子ども』として丁寧に向き合うことが重視される傾向を感じます。どちらも大切なことですから、両方の視点やアプローチをバランスよく制度に取り入れていく必要があると考えています」
日本で発達支援につながるタイミングは、主に2つある。1歳半健診と3歳児健診で、多くの自治体では自閉症のスクリーニングを行っていて、気になる点が見つかれば療育を受けることを勧められる。保育園や幼稚園から療育を勧められるケースもあるだろう。ただ、未就学児は投薬ができない場合も多く、医療につながるメリットを感じない、また診断を受けることに抵抗がある保護者も多く、医療機関を受診するのは就学前ということも多いという。
「療育を受けるには、自治体の障害福祉課などで障害者通所受給者証を発行してもらいます。この書類があれば、3歳までは1割負担で、3歳以上ならほぼ無料で療育を受けられます。受給者証の発行に必要な書類は、保健師や相談機関の心理士が意見書を書いて提出します。療育機関には民間事業者も含まれるので、ある程度選べる体制にはなっています。こうした未就学児に対する障害福祉サービスは児童発達支援と呼ばれます。小学校に上がると『放課後等デイサービス』という福祉制度があり、大枠は児童発達支援と同じ仕組みで利用できます」
個別指導の充実で、家庭でも療育的な関わりを実現
ADDSが運営する施設の1つである江戸川区発達相談・支援センターは、区独自で行っていた発達障害相談事業を引き継ぎ、新たに未就学児を対象にした児童発達支援施設を設けて2020年4月にオープンした。未就学児を対象にした児童療育事業を中核としながら、年齢を問わず利用できる相談事業と一体的に運営することで乳幼児から成人までワンストップの支援を目指している。
「特色は、療育の入り口として個別指導を充実させていることです。『ぺあすく』といい、親子で週1回80分で1年間、ABAの研修を受けたセラピストがお子さんへの直接支援とペアレントトレーニングを行っています。親子共学を重視し、親御さんにもお子さんの特性に合った関わりの技術を身につけていただきます。年間70~80の新規家庭を受け入れ、最大150~200家庭が在籍しています。1年間のプログラムを終えると集団指導やフォローアップ支援へと移行します。
1年間の限定プログラムという方式を採用した理由は、子どもが長い時間を過ごすご家庭を、発達支援の現場に位置づけているからです。療育は限られた場や専門家だけで行うものではありません。短期集中で親御さんにわが子の特性にあった関わり方の技術を伝え、家庭での療育的な関わりを実現できれば、子どもは生活全体で特性に合った支援が受けられるようになっていきます。さらに、限られた専門家のリソースでより多くの子どもたちに支援を提供できますので、毎年新規家庭の受け入れが可能になり、療育の待機も減らすことができるのです」
ADDSの強みは早期の個別指導に加え、ICTを積極的に活用した療育支援プログラムの開発と効果測定に基づいた療育を行っている点だ。アプリはAI-PACといい、センターでも家庭でも活用する。
AI-PACは、身辺自立スキル、コミュニケーション、運動感覚、数や文字の理解、会話、遊びなどといった領域で、合計約600の課題がある。療育では、この多数の課題から子どもの特性にあったものをピックアップし、オーダーメイドのメニューを組むという。
「人間関係や社会性の発達の基盤として、人の行動を真似する『模倣』という行動があります。模倣の習得を支援する場合、その前段階として、対象物に向かって手を伸ばすリーチング行動ができるかを確認します。リーチングがまだ出ないお子さんには、相手の持っている物に手を伸ばしたらいいことがあったという経験を療育の中で繰り返ししてもらうことが必要です。リーチングが安定してくると、支援者の手に手を伸ばしたり目で追いかけたりする行動が出やすくなり、それが次第に相手のポーズを真似する行動、つまり模倣につながっていくのです。
このように、発達段階に則した内容が領域ごとに配置されていて、一つずつ小さなステップを踏みながら練習していきます。到達度も記録でき、支援メニューや支援者の出す指示、手助けに使う援助刺激(プロンプト)も表示されます。これらの手続きを一つのカリキュラムリストにまとめて発達支援の進捗管理をするアプリケーションがAI-PACなのです」
ただし、課題をすべてマスターすることを目指すものではない。発達特性のある子どもは得意なことと苦手なことの凸凹がある場合が多い。それを視覚的に把握しながら、得意なところは伸ばし、苦手なところはゆっくり進めていく。こうしたAI-PACに蓄積された、一人ひとりの療育のデータを活用することで、スタッフが効果的な支援内容を計画できるという。
「親御さんも家庭で同じアプリを使っているので、療育の方向性が共有でき、いろいろなお話がしやすくなります。子どもの成長が段階的に見えることで、漠然とした不安が解消されるようです。小さな進歩でも、成長していることを実感できると、子育てに前向きになれます。ほめることで子どもが変わることを体験し、わが子の専門家として子育てを楽しんでくれる保護者が増えてほしいと願っています。
民間の療育機関や、特別支援学校でもADDSの開発したAI-PACは採用され始めています。これまで属人的で、ともすれば職人技のようになっていた支援や指導が、AI-PACのようなアプリケーションを導入することで、現場の支援者や専門職の目線を揃えることができる、との声をいただけるようになりました」
ADDSでは応用行動分析学に基づいた支援者の育成にも力を入れており、「ABAセラピスト養成研修」を実施している。計40時間の座学と実践の後、試験合格者を「初級ABAセラピスト」に認定している。資格取得者は大学生から現役の福祉職・教職関係者まで幅広い。
江戸川区では小学校を訪問して子どもの情報を引き継ぎ
特性を持つ子の子育てで悩ましいのは、就学先の問題だろう。対応も福祉の窓口から教育委員会になる。小学校に上がる前年度に行われる就学相談では、通常学級に在籍するのか、通常級に在籍しながら通級指導を受けるのか、または特別支援学級、特別支援学校なのかを決めることになる。
いずれの選択肢にせよ、子どもや保護者の意見が尊重され、一人ひとりの教育ニーズを満たす就学先を決めるには関係領域・機関の支援の「引き継ぎ」がカギになる。江戸川区発達相談・支援センターでは、福祉と教育の接続を円滑にする取り組みに熱心だ。
「当センターでは、基本的には支援を受けた子が入学するすべての小学校の先生方にお会いして、対面で引き継ぐことを大切にしています。引き継ぎを受けて下さるのは校長先生や副校長先生、特別支援コーディネーターの先生などが多いのですが、年度末であればほぼ学級担任が決まっている段階なので、担任の先生にも関わっていただきます。ですが、ただでさえ多忙な先生方が一人ひとりの情報をすべて把握して活用・対応するには限界があると感じています。
江戸川区では、さまざまな領域を超え、地域で支援者同士の顔が見える関係をつないでいくことを目指し、2023年度から江戸川区発達障害支援フォーラムという、子どもの発達支援に関わる関係機関、部署が集まる情報交換会も始まりました。区内の児童発達支援センター、区教育研究所、放課後等デイサービス事業者、児童相談所などが集い、それぞれの強みを知る事例検討会や、ブースを出しての交流タイムを行っています。フォーラムでお互いの活動を知り、顔の見える関係のきっかけができたのはとてもよかったですし、継続していくことが大切だと感じています」
関係者同士が日ごろからつながっていることで、発達障害支援の全体像を把握しやすいというメリットもある。文部科学省も、家庭・福祉・教育が連携して発達障害をはじめ障害のある子どもたちが切れ目なく支援が受けられるよう「トライアングル」プロジェクトを掲げており、地域における行政分野を超えた連携は今後も課題となるだろう。
「教育と福祉は、意識しないと接点を持たないままになってしまう可能性があるので、積極的な交流が生まれる仕組みづくりは大切だと感じています。学校の先生方には、特性を持つ子どもとのかかわり方や指導について一人で抱え込まず、地域の福祉や医療、保健など多様な領域の人材とコミュニケーションを積極的に取り、頼ることをお勧めします。
例えば、私たちのような障害福祉の領域では、特性のある子どもたちの『行動問題』が起きにくい環境整備や対応方法についての研修が整備されており、一定の知見を持っていますので、一緒に事例検討会などを実施することで、新しいヒントが得られるかもしれません。
福祉領域にとっても、学校と連携をさせていただくことで、多くの学びが得られると思います。領域を超えたゆるやかな顔の見える関係が、時にチームになって、地域で子どもを支えていく。学校内外で助けあうことで、地域のさまざまなリソースがよりよく活用され、子どもたちが安心して暮らせる地域をともにつくっていけると思っています」
(文・長尾康子、編集部 細川めぐみ、注記のない写真:ADDS提供)