全中学校に「常勤スクールカウンセラー」を配置

「なごや子ども応援委員会(以下、応援委員会)の特徴は、常勤の専門職を学校現場に配置し、多職種のチームとして子どもを支援している点です。全国唯一の組織だと思います」

そう語るのは、応援委員会を運営する、名古屋市教育委員会事務局新しい学校づくり推進部子ども応援課(以下、子ども応援課) 課長の平松伸晃氏だ。

平松伸晃(ひらまつ・のぶあき)
名古屋市教育委員会事務局新しい学校づくり推進部子ども応援課課長

いったい、どのような組織体制になっているのか。

まず珍しいのは、110校ある市立中学校すべてに常勤のスクールカウンセラー(SC)を配置している点だ。市内の小学校260校、幼稚園20園、高等学校14校、特別支援学校5校のすべてにも非常勤SCを配置している。

さらに名古屋市の16の行政区で市立中学校をブロックに分け、高校と特別支援学校は1ブロックとし、各ブロックに事務局校を設置して専門職を配置。専門職は、前述したSC以外にも、連携を総括している主任総合援助職(以下、主任HP〈Helping Professional〉)、常勤のスクールソーシャルワーカー(SSW)、庶務事務を担当する非常勤のスクールセクレタリー(SS)、警察OBである非常勤のスクールポリス(SP)で構成されている。事務局校の専門職たちは、必要に応じてブロック内の小中学校に出張し、現場のSCや教職員と連携して子どもの支援を行っているという。

中学校の常勤SCは基本的に担当校の生徒を支援するが、緊急性が高いケースの応援でブロック内の小中学校に出張したり、継続的な支援が必要と思われる小学生と関わったりするなど、柔軟な対応を行っているという。

(資料:名古屋市教育委員会提供)

チームのメリットは、多様な視点から支援プランを検討できること

今年度の応援委員会は、下記の体制で支援に取り組んでいる。

応援委員会は「あなたもわたしも『いま、ここ』にいたいと思える場をつくる」ことを最上位目標とし、1次予防、2次予防、3次予防の視点で活動を行っているという。

「1次予防はすべての子どもを対象としており、日常的な学校生活の見守りやSCなどによる全員面談(小4と中1)、こころの授業、相談室の開放、保護者向け講演や教員研修などがあります。今日、悩みがなくても明日は悩むことがあるかもしれませんから、悩みの前段階から支援活動を実施しているのです。2次予防は苦戦している一部の子どもが対象で、日常的な見守りや全員面談での早期発見、アンケートの分析、校内会議での助言などを行っています。そして3次予防は早急な対応が必要な特定の子どもを対象に、個別の相談対応や関係機関との連携、校内や関係機関とのケース会議を行っています」(平松氏)

日頃のチーム連携としては、ブロックごとに毎週「チーム会議」を開催。事務局校にブロック内の専門職が全員集まり、情報共有やケースの検討を行っているという。

「チームのメリットは、専門性の異なるメンバーが意見を出し合うので、さまざまな視点からアセスメントを行い、支援プランの検討ができること。まさにチームで仕事をしていますね。このほかにもSCやSSWなどがブロックを超えて集まる専門分野別会もあり、ブロック間の情報共有や専門的な議論・協議・研修などを行い、個々の力量向上を図っています」(平松氏)

こうした専門職の活動を総括しているのが、主任HPだ。現在8人いる主任HPは1人当たり2〜3ブロックを担当し、各ブロックの管理や運営、ブロック間の連携調整、人材育成、さらに重大事案発生時の組織運営なども行っている。

「名古屋市のSCには、任期(5年)付きの常勤SCと非常勤SCのほか、定年制の職員であるHPがいます。HPの役割は、心理と福祉の両方の視点を持ち、総合的に子どもを支援すること。臨床心理士や公認心理師、社会福祉士などの資格保有者が試験を受けています。主任HPはこのHPから選ばれています」(平松氏)

SCやSSW、SS、SPは子ども応援課の管轄下にあるが、昨年度からSSWは、担当ブロックの区役所の福祉部門である民生子ども課一般職員も併任している。教育と福祉の連携を強化し、子どもを救う網の目を少しでも細かくしようと始めた体制だ。「実際、支援情報へのアクセスがしやすくなるなど、いっそうスピーディかつスムーズに支援できるようになりました」と、平松氏は手応えを感じている。

SC常勤化のメリット・デメリットとは?

チームでの支援は多職種の視点を入れた見立てができるということだが、具体的にどのような対応が可能になるのだろうか。SC出身の子ども応援課主任HPの山下陽平氏はこう説明してくれた。

山下陽平(やました・ようへい)
教育委員会事務局新しい学校づくり推進部子ども応援課主任総合援助職

「登校しぶりがあった中学3年の生徒からSCに相談があったケースでは、チーム会議で検討する中で、受験に対する不安と家庭の経済問題が見えてきました。そこで、SSWは区役所と連携して経済面を含めた支援を行いつつ、SCと連携して生活困窮家庭の中学生が利用できる学習支援事業につなげました。また、SCは生徒の話を傾聴し、受験に対する不安に対応。しだいにこの生徒は登校が増え、進学先を決めて卒業しました。

また、SPは区内の学校を巡回して子どもの安全を見守るほか、警察と連携して地域の防犯情報を収集し、教員の生徒指導に役立ったというケースも。このように、応援委員会では多職種が役割を分担しながらチームとして包括的支援を行っています」

応援委員会が始まったきっかけは、2013年に名古屋市内で中学2年生の男子生徒がいじめ等を苦に自ら命を絶ったことにある。このことを機に、河村たかし市長と教育委員会がロサンゼルスに視察に行き、学校に常勤カウンセラーが配置されていたことなどを学んで立ち上げた。

立ち上げ当初、SCは非常勤だったが、5年かけて常勤SCを増やし、2019年に全中学校での常勤SCの配置を実現したという。常勤化のメリットとデメリットについて尋ねると、平松氏はこう答えた。

「メリットは日常的に子どもと関われることです。教員と一緒に毎朝、校門で挨拶していると、ささいな変化を察知できます。授業中や給食中の観察もでき、毎朝顔を合わせることで心の距離が縮まり、相談のハードルが下がるのです。また、常勤なので教員へのコンサルテーションもやりやすい。一般的にSCの常勤化は第三者性の確保がしづらいという指摘がありますが、本市では校長ではなく教育委員会の子ども応援課がSCに指示を出す組織体制なので、身分上も学校や先生と線引きできています」

SC常勤化のデメリットは、強いてあげるなら、財政負担だという。名古屋市では応援委員会の予算として年間約22億円を計上している。

「他都市から視察にいらした方々は、『うちもやりたいが財政的に難しい』という反応が多いですね。SCやSSW、SS、SPも、教職員の給与の一部を負担する義務教育費国庫負担制度のスキームに乗れば、ほかの自治体でもやりやすくなると考えており、ここは国にも要望しているところです」(平松氏)

教員の業務負担や精神的負担を軽減

学校現場の教員は応援委員会の取り組みを、どのように受け止めているのか。教員経験のある子ども応援課指導主事の冨田宏行氏は、こう話す。

冨田宏行(とみた・ひろゆき)
教育委員会事務局新しい学校づくり推進部子ども応援課指導主事

「中学校の教員からは『SSWが連絡調整の役割を果たしてくれるので助かった』という声がありました。ケースによっては区役所、児童相談所などさまざまな機関と連携しますが、通常の学校業務をしながら外部機関と連絡を取り合うのは大変ですから、教員にとってはかなりの負担減になっています」

また、専門職の存在は、教員の精神的な支えにもなっているようだ。

「私は小学校での勤務が長かったのですが、SCがいる日は何かあった時も頼れるという安心感がありました。中学校では希死念慮のある生徒が見られることがありますが、常勤のSCがいると緊急時もすぐに対応できますし、教員の不安も軽減されます。また、教員は教育の専門家ですが、心理や福祉の専門家の視点はそれぞれ違いますから、SCやSSWが加わることで指導の幅や可能性が広がります。すぐに解決できない場合でも、薄い紙を重ねるようにそれぞれの見方を重ね合わせることで見えてくるものがあるのです」(冨田氏)

2021年度のアンケート調査では、応援委員会に相談したことがある児童生徒の95.0%、保護者の85.6%が「相談してよかった」と回答しているという。また、教員の96.6%が応援委員会の役割を重要だと答え、82.7%が負担軽減につながっていると回答している。

一方、2014年度に2695件だった相談件数は年々増加し、2023年度には4万2883件となった。相談内容で最も多いのは不登校(1万5551件)で、心身の健康・保健(9165件)、家庭環境(5295件)が続く。

平松氏は、「応援委員会を認知していただいていることの表れであるとともに、これだけ悩みを抱えているお子さんや親御さんがいらっしゃるということだと受け止めています」と言い、今後の取り組みについてこう語る。

「これまでの支援の中で、悩みや心配事の種を就学前から抱えていたというケースも多々あることから、例えば昨年度から幼稚園の非常勤SC配置を始め、今年度は配置時間を倍に増やしました。このように就学前から手厚い支援を行うことで、お子さんが中学生になったとき、さらには大人になったときによい影響があるのではないかと考えており、今後も早期からの支援に力を入れていきます。息の長い展望となりますが、手厚い支援が日本全体に広がるよう、これからも名古屋から発信していきたいと思います」

(文:吉田渓、注記のない写真:名古屋市教育委員会提供)