家族で食卓を囲む時間が減った生徒たち

公益財団法人 日本修学旅行協会 理事長
竹内秀一(たけうち・しゅういち)
(撮影:梅谷秀司)

農山漁村民泊(以下、民泊)とは、個人宅に宿泊する旅のスタイルで「農泊」とも呼ばれるが、これを修学旅行に導入する学校が増えている。公益財団法人 日本修学旅行協会 理事長の竹内秀一氏はこう語る。

「民泊修学旅行は、関西の都市部の中学校から広がったと言われています。家族で食卓を囲む時間が少なくなった生徒たちに、家庭の雰囲気を味わってもらおうと始まりました」

民泊修学旅行の動向を遡ると、農林水産省が1990年代から行ったグリーン・ツーリズム政策を源流に、2008年には農林水産省・文部科学省・総務省が連携して「子ども農山漁村交流プロジェクト」を実施。ここでは、5年間で約2万2000校の学校が農山漁村で長期宿泊体験活動を行うことが目標にされた。

「『子ども農山漁村交流プロジェクト』は、予算が削減されながらも現在まで継続されており、民泊を導入する中学校や高校が増えました。当協会の調査では、2013年の民泊修学旅行は中学校が2.6%、高校が1.4%でした。これが、コロナ禍前の2019年には中学校で4.0% 、高校で7.0%にまで増加しています」

物価高やインバウンド増加による宿泊費の高騰も背景

民泊修学旅行では、受け入れ家庭一軒につき4人程度のグループに分かれて宿泊する。中学校の修学旅行では2泊3日が多いが、1泊は民泊、もう1泊はホテルに滞在することが多い。

一般的な流れとして、1日目は入村式などで生徒と受け入れ家庭が対面し、各家庭に移動して畑の見学をした後、ともに夕食を楽しむ。2日目は午前中に農作業などの体験があり、昼食後にお別れ式だ。

民泊の教育的意義について、竹内氏はこう話す。

「滞在先の家庭の多くは、農業や林業・漁業等の1次産業に携わっています。一方で生徒の中には、農業に触れたことがなく、切り身でしか魚を見たことがない子もいます。生業は生徒にとって非日常。異なる価値観は成長のきっかけになります。家庭の雰囲気を味わうだけでなく、職業観や勤労観も養えるのです」

一方で、旅行費用の高騰も要因だ。

「宿泊施設の人件費や光熱費・食材費など、あらゆる価格が高騰しています。同時にインバウンドが回復し、高くても泊まる外国人にターゲットを絞る宿泊施設も増えました。結果、これまでと同じ費用での宿泊は難しくなっています。一般的に、修学旅行費用の4分の3は交通費・宿泊費が占めており、体験費用は全体の1割もありません。今後さらに交通費・宿泊費が上がれば、体験費用の確保はますます厳しくなります」

民泊であれば、1泊分の宿泊費に2回分の食事、そして体験費用を含めても、ホテル泊と比較してリーズナブルというわけだ。

ただし、教員の負担が通常の修学旅行より軽いかというと「それはまったくの誤解です」と竹内氏は強調する。

「昼間は各家庭を訪ねて回りますし、夜間もすぐ駆けつけられるよう構えています。山仕事や畑仕事をする分、怪我のリスクも大きいので心配ごとは絶えません。生徒たちのチェックポイントもグループごとに全て確認しなければなりませんし、修学旅行前後には、近所の病院や警察署に挨拶まわりも行いますから、生徒を各家庭に任せるからと言って、決して民泊が楽なわけではないのです」

「もう一泊したい」、進学後や結婚後も続く関係

一方で、受け入れ家庭はどのように修学旅行生を迎え入れるのか。

鹿児島県垂水市は2010年から140校の約1万7000人の中高生を受け入れてきた。体験内容は家庭によってさまざまだが、生徒の要望に合わせて海釣りをしたり、工芸品や郷土菓子を作ることもある。受け入れ家庭の取りまとめを行うNPO法人プロジェクトたるみず 代表理事 内薗紀文氏は次のように話す。

「現在の登録家庭は五十数軒です。学校の規模は10名から8クラスまでと幅広いですが、垂水市周辺には、鹿屋市をはじめ民泊修学旅行を受け入れている地域が複数あるので、受け入れ家庭が足りない場合にはお互いに協力しています。なお、鹿児島県の条例で、受け入れ家庭には救急法や衛生法の研修受講、各ツーリズムの承認などの条件があります。私たちも年に1〜2回研修を行っており、受け入れ家庭同士でも情報共有をされているようです」

垂水市では、受け入れ家庭によって食事内容に差が出ないように、特産品を使った統一メニューを決めたり、アレルギーについて事前に学校と確認するなど、トラブルへの備えも進めている。住宅設備も、全家庭にウォシュレットつきの水洗トイレがあり、「生徒たちの家庭とそう変わらないはず」なのだそうだ。

「当初は『知らない家には泊まりたくない』と言っていた子も、最後は『明日も垂水に泊まりたい』と言ってくれたりします。後日、家族で垂水まで旅行に来てくれたり、その後も進学・就職の報告や、結婚式に招かれた例もあるようです」

修学旅行には不登校の生徒が参加することもあるが、宿泊を通してほかの生徒と交流が深まり、それ以降登校するようになったという連絡を受けることも一度や二度ではないそうだ。全員にとっての見知らぬ土地で、初めて出会う人と過ごすという環境がそうさせるのか。新鮮な体験が、生徒にとって新たな価値観との出会いにもなる。

「この辺りはご近所付き合いも強い地域ですから、お隣さんが野菜やお菓子を差し入れてくれることも。それに感動して『私も帰ったら、近所の人に声をかけたい』と言った生徒さんもいました」

コロナ禍でも修学旅行生を受け入れ続けた垂水市

生徒たちとの交流は、垂水市や受け入れ家庭にもポジティブな影響を与えている。探究型学習と結び付けて、事前に垂水市について学んだ生徒からは、「桜島は噴火していますか?」「垂水市でのSDGsの取り組みは?」という質問が来ることも。垂水市を知ってもらう良い機会になっていると内薗氏は語る。

「受け入れ家庭の方々もイキイキしてくるように感じます。生徒さんや先生と話したり、受け入れ家庭同士で仲良くなったり、『次はこんなことをしてみよう』と家庭内で前向きな会話も増えたようです。民泊を通して自信がつき、再び働き出す人もいます」

中には、「怖い人がいたらどうしよう」「迷惑がられているのではないか」と心配する生徒もいるそうだが、内薗氏は「いやいや受け入れている人はいない」と笑う。

「1年以上前から準備をしていますから、私たちは『やっと来てくれたね!』という気持ちです。この思いがちゃんと伝わるよう、入村式で笑顔を見せて不安を和らげようとしています(笑)。また、先立ってオンラインで生徒さんと受け入れ家庭とをつなぐ試みもありました。事前にお互いの顔を見て話せると、安心できるようです」

コロナ禍ではこんなエピソードもある。

「ほとんどの学校が来訪をキャンセルする中、どうしても来たいという学校もいくつかありました。しかし、受け入れ家庭には高齢の方も多いですし、垂水は小さな町ですから、もし誰かが感染すればすぐにわかってしまいます。断る方向で各家庭にアンケートを取ったのですが、『断るのは可哀想』『生徒さんのためにやりたい』という回答が半数弱ほど寄せられました。そこで、受け入れ可能な家庭のみで、専門家を招き徹底的に感染対策を施したうえで修学旅行を実施しました」

学校側も対策を講じていることもあり、これまで感染拡大は起こっていないという。一方で、課題もある。前出の竹内氏は「受け入れ家庭の多くは高齢の方なので、今後は高齢化と後継者不足が問題になるでしょう」と語る。実際に垂水市でも、受け入れ家庭の主力は60代後半から70代。今後は若い世代の受け入れ家庭を増やすことが各地の課題となるだろう。

初対面の人の家に泊まり、家族のように暮らす。コミュニケーションを通して子どもたちが学び、地域や大人たちに影響を及ぼす。観光名所を回る受け身の修学旅行とは異なる、新しいスタイルは、まだまだ進化と拡大を続けそうだ。

(文:吉田渓 編集部 田堂友香子、注記のない写真:Fast&Slow / PIXTA)