モチベーション管理が最優先である理由

●中学入試から大学入試まで主体的な学びが不可欠

西村創(にしむら・はじめ)
教育・受験指導専門家
早稲田アカデミー、駿台、河合塾Wings、栄光ゼミナール、明光義塾などで25年以上の指導歴がある。
(写真は本人提供)

中学入試、高校入試、大学入試に共通して求められる力とはどんな力でしょうか?それは「思考力」です。「これからは知識よりも思考力が求められる」ということは教育・受験業界で30年以上前から言われていますが、昨今の入試ではとくに「思考力」が求められる傾向が顕著になっています。

では、そのような「思考力」は何によって身に付くのでしょうか? 答えは、子ども自身が主体的に学ぶ姿勢です。知識は、授業を受ける・テキストの情報を頭に入れるなど受け身の姿勢でも身に付きます。親世代が受けていた昭和のスパルタ式指導は、知識が多いほど有利になる受験では有効でしたが、「思考力」においては身に付くどころか逆効果になります。子どもは強制されればされるほど、わかったふりをしたり丸暗記に走ったりして、自分の頭で考えることを放棄するからです。

「思考力」を育てるには、子ども自身が学びたい気持ちになって、主体的に学ぶことが不可欠です。なぜなら「思考力」は人から与えられるものではなく、自分自身で発想を広げて、考えを深める中で養われていくからです。ということは、教育や受験指導において最優先すべきなのは、子どもの学びに対するモチベーションを高めることだといえます。

●学習効果はモチベーションによって大きく変わる

これを知る者はこれを好む者に如(し)かず

これを好む者はこれを楽しむ者に如(し)かず。

という一節は、教育に携わる人であれば、なじみがあるのではないでしょうか。「物事を知っている者は、それを好んでいる人には及ばない。物事を好んでいる人は、それを心から楽しんでいる者には及ばない」という『論語』の言葉です。

親子で同じゲームをすると、あっという間に子どものほうがうまくなって、いつの間にか子どもにはかなわなくなってしまった経験がある方も多いのではないでしょうか。学習効果は楽しいと思って取り組むほど高くなりますが、とくに子どもの場合はその傾向が強いのです。子どもがゲームに夢中になるように、勉強にも面白さを味わわせることができれば、子どもの思考力は育っていきます

塾講師の生徒のモチベーション管理術

①質問の持つ力を活用する

ところで、次の漢字を読めるでしょうか?
「態と」

「くま(と)」ではありませんよ(笑)。「態度」の「態」の字です。ほとんどの人は読めないと思いますが、意味は幼稚園児でもわかる簡単な言葉です。そう言われると、ますます読み方が気になってくるのではないでしょうか。これが、質問の持つ力です。人は、質問されるとその答えを考えずにはいられないものです。だから生徒の学びたい気持ちを引き出すのがうまい塾講師は、授業中、多くの質問を生徒に投げかけます。そして、答えはできるだけ生徒に考えさせるのです。

なぜ、答えを言わないのでしょうか? それは、答えを言った途端に、生徒は関心を失うからです。「ドーパミン」という多幸感を伝える神経伝達物質の名前は聞いたことがあるかと思います。ドーパミンは何かを手に入れたときではなく、今にも手に入りそうなときに最も脳内に分泌されます。このドーパミンの働きによって、「知りたい」という欲求は、「わかりそうでわからない、でも、何とかわかるかもしれない」というときにこそ高まります。そこで、わかりそうでわからない質問を多く投げかけて、答えは態(わざ)と言わない。それが子どもの学びへのモチベーション維持につながるのです。

②さまざまな角度からメリットを伝える

勉強を避ける子も、勉強をしないよりしたほうがよいことは理解しています。でも、なかなか行動に移せないのです。その原因の1つに、勉強から得られるメリットを具体的にイメージできていないことが挙げられます。

一方で大人は、これまでの人生経験を通じて勉強で得られるメリットを実感しています。そこで、子どもには勉強をすることでどんなメリットがあるのかを具体的に伝えてあげましょう。将来選択できる仕事の幅が増える、進学先の選択肢が増えるなど、よく言われる漠然としたメリットだけではなく、子どもたちが考えてもみなかったメリットを伝えるのです。

例えば、勉強することで、今やっているゲームやアニメをもっと深く理解して楽しめるようになるとか、ただ動画を見て楽しむだけでなく、勉強して多くの視聴者に見てもらえる発信者になればそれを仕事にもできるよ、などと伝えてみてはどうでしょうか。

もちろんもっと具体的に、「この解き方を使えばこんな問題がこんな簡単に解けるよ」という即効性のあるメリットや、「次回のテストで総合点が20点上がれば、偏差値が5上がって、目指せる学校がこれだけ増える」という短期的な視野のメリットを併せて伝えていくことも必要です。さまざまな角度からメリットを伝え続けることが、子どものモチベーションにつながります。

モチベーションを引き出す声かけ

③本人も気づいていない点を認める

子どものモチベーションを引き出すには声かけも大事です。例えば、その子自身も気づいていない美点を見つけて、言葉にして認めてあげると、子どもはがぜんやる気を出すものです。

私はよく、生徒と1対1になったときに、「この間の実力テストで、大問4の最後の問題を正解できたのはクラスで○○(生徒の名前)だけだよ。ああいう問題は、普段から深く考えていないと解けないんだよな。すごいね」というような声かけをします。そのうえで、「でも、できている人が多い大問1の基本問題でミスが多かったから、結局平均点くらいになっている。もったいないな……」などと言うと、その生徒は、次回のテストで基本問題を失点しないように勉強します。

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(画像: pearlinheart / PIXTA)

ほかにも例えば、「今日いちばん長く自習室で勉強していたのは○○(生徒の名前)だね」とか、「最近ずっと休まず塾に来られているよね」など、ちょっとしたことでも気づきを言葉で投げかけることで、子どもは自分が認められた気持ちになり、それがモチベーションになります。認められてうれしいのは、大人も子どもも同じですね。

さらに、その場にいない第三者の言葉を伝えるのもモチベーションアップに有効です。本人がいないところで同僚の講師がその子のことを褒めていたら、「この前○○先生が、『○○(生徒の名前)は成長する』って言っていたよ」と伝えてあげると、子どもは直接褒められるよりもさらにうれしくなってやる気を出します。

④勉強のハードルを極限まで下げる

なかなか行動に移せない子には、行動に移すハードルを極限まで下げてあげる声かけが有効です。例えば、「今から5分だけ集中して取り組んでみようか」などです。実は、心の底から勉強したくないと思っている子はまれです。大抵はそこまで勉強嫌いではなく、ただ何となく今は気乗りしない、面倒くさい、というのが理由なのです。

勉強がおっくうに感じるのは、「今からまとまった時間、勉強しないといけない」と心理的ハードルが高くなっているからです。そこで、勉強時間を極端に短くして、とにかく勉強を始めるように仕向けてください。1時間だと気乗りしない子も、5分間であれば勉強できるはずです。5分も勉強する気になれないなら1分でもOKです。とにかく始めさえすれば、意外と勉強し続けるものです。勉強し始めることで、脳の側坐核という部位領域が刺激されて、作業興奮という状態に入るからです。「とりあえず今から5分だけ勉強しようか」と声をかけて、キッチンタイマーなどでカウントダウンをすれば、時間制限による「締め切り効果」も得られるので、大抵の子どもは勉強を始めます。実際に、5分経ってタイマーが鳴ると「先生、あともうちょっとだけ!」と、逆に時間延長を頼んでくる生徒も少なくありません。

学習指導は子どものモチベーション管理から始まります。そして、子どものモチベーションは工夫次第で高めることができます。今回紹介したモチベーション管理術を試して、一緒に子どもたちの学習効果を高めていきましょう。

(注記のない写真:Fast&Slow / PIXTA)