「オンラインとオフラインで話し方を変えなくちゃいけないことは、何となくわかっているんだけど、実際どこから何をどう変えていけばいいんだろう……」
新型コロナをきっかけに、企業や行政でのオンライン会議だけでなく、学校でもオンライン授業が加速的に増えました。オンライン授業では、主にインターネットに接続しながら、デジタルデバイスを用いて画面越しに生徒が動画を視聴します。
授業動画の形態は大きく2つに分かれます。リアルタイムで配信される「ライブ型」と、録画したものを配信する「オンデマンド型」です。この2つは生徒と教師、あるいは生徒同士のインタラクション(交流)の有無などの違いはありますが、今回はどちらでも活用できるオンライン授業での「効果的な話し方」についてお話しします。
私自身は、2007年に新卒で駿台予備学校という大学受験専門の予備校に入社し、10年間、化学科の講師として登壇してきました。現在は独立し、大学受験専門塾「THE☆WorkShop(ワークショップ)」を経営しています。
また、私塾での登壇を含め、09年ごろから現在までの13年間、数百時間のオンライン授業を実践してきました。さらに18年には東京大学大学院に入学し、学習環境や認知科学といった視点でオンライン授業について徹底的に研究してきました。ここでは、そういった現場での実務経験や研究での知見を踏まえ、お話ししていきます。
オンラインで話すときにすべき、たった1つのこと
オンラインとオフラインの話し方の違いで重要なのは、オンラインでは「相手を置き去りにした話し方になりがち」ということです。相手を置き去りにした結果、わかりにくい説明になったり、相手が自分の話に集中してくれなかったり、信頼してもらえなかったりします。
通常、教室や会議室といった空間を共有している人たちの間には、心理学用語でいう「ラポール」が形成されます。
「ラポール」とは、臨場感や一体感といったもので、私の知る最前線で活躍している予備校講師たちは、この「ラポール」をとくに重要視しています。教えている「場」の空気感をコントロールし、「ラポール」を形成できることがトップ講師の必須スキルともいえます。
そして、オンライン講義での最大の問題の1つが、実はこの「ラポール」です。オンラインでは話し手と聴き手がいる空間が分断されているため、「ラポール」が形成されにくくなってしまうのです。つまり、オンラインでの画面越しの講義だと、話し手と聴き手の物理的な距離感から精神的な距離感も生まれてしまうというわけです。
このような視点から、オンラインでの話し方で狙うべきポイントは、「信頼関係を意識的に構築する」です。詳しく説明していきましょう。
大手予備校の「重鎮」ですら緊張する授業とは
突然ですが、予備校講師が年間の講義の中で最も力を入れる日をご存じでしょうか? それは「初回講義」です。大ベテランであっても、若手であっても、生徒とのファーストコンタクトの回を最も重要視します。
私が駿台に勤めていたときに「重鎮」と呼ばれ、伝説にもなっているある講師に、こんな話を聞いたことがあります。
「○○先生、先生のような大ベテランの方でも緊張する講義はあるのですか?」
そう質問すると、
「基本、緊張することはないのだけれど、初回講義だけは、いまだに緊張するなぁ」
このように回答されていました。
初回講義は教育学では「授業開き」とも呼ばれていますが、その最大の目的の1つが生徒との「信頼関係の構築」なのです。なぜなら、相手が自分の話を聞き入れるためには信頼関係が必要不可欠だからです。授業や会議などで「何を話すか」も重要ですが、信頼関係の構築の初期段階では、「誰が話すか」のほうが重要になります。
そのため、「これから話す内容を聞き入れるに値する人間である」ということを聴き手にしっかり伝えます。講師は、「自分が聴き手にとって信頼に値する話し手か?」という視点をまず持たなければならないのです。
信頼や信用を得たいとき、どうすればよいのか? 逆から発想してみるとわかりやすいでしょう。つまり、「不信」──信用や信頼がない状態──から考えてみます。
社会心理学的な観点では、「不信」とは「未知」と「不安」から生まれるとされています。つまり、相手の「未知」と「不安」をなくすための情報を提供することが効果的なのです。
それでは、具体的に何をすればよいのでしょうか?
相手の「不安」を取り除く2つのこと
オンラインでは、ファーストコンタクトでの信頼関係の構築が対面に比べ難しくなります。相手に届く自分の情報がどうしても減ってしまうため、相手の警戒心を解くのに時間がかかってしまうからです。
そのため、オンラインでは、初回の講義以降も、しばらくの間、信頼関係の構築に注力することが重要となります。
具体的には、以下の2つを入念に行うことです。
2. 生徒の“生の声”を集めて、そこにコメントする
1つずつ説明していきましょう。まずは、「1. 自己紹介を厚くする」についてです。
ファーストコンタクトでの「自己紹介」。初めて会う生徒にどのような自己紹介をするか、決まっているでしょうか?
少なくとも、話し手である教師や講師の威厳やオーラのようなものは、オンラインでは伝わりにくくなります。上半身だけでは服装によって醸成されるイメージ効果は半減されますし、全体が映ったとしても、身長などもわかりにくいため、そういった情報に頼ることはできません。そのため、話し手自身のことを対面以上に語らなければなりません。
「自分は今、具体的にどんな仕事をしているのか?」「これまでどんなキャリアを歩んできたのか?」「なぜ、今、その場にいるのか?」「今後、どのようなことをしていくつもりなのか?」──。
これまであまり話してこなかった、もしくは、時間をかけて少しずつ小出しにして話してきた自分自身の情報を、ファーストコンタクトのタイミングでしっかりと伝える必要があるのです。5〜10分間くらいは、科目の内容とは別に、自分自身のことを伝えられるようにしましょう。この話をすると、
「自分の話をそんなにして、生徒には飽きられないだろうか……?」
と思う方もいらっしゃるかもしれませんね。ただ、基本的に初対面であれば、相手もこちらに興味を持ちやすい状態なので問題ないはずです。また、口頭だけの自己紹介で単調になったりするなど、うまく伝えられない場合は、ライブ型講義であれば、パソコン画面を共有する機能を使うとよいでしょう。
オンデマンド型講義で電子黒板やモニターを使えるのであれば、話の合間に動画や写真のような静止画を入れるなどして、メリハリをつけたり、説明をしやすくしたりすることもできます。
オンライン授業における生徒の声の生かし方
続いて、「2. 生徒の“生の声”を集めて、そこにコメントする」について説明します。ポイントは、できる限り生徒に対して質問することです。
答えを聞くことにより、相手の情報(学力レベルやニーズ)を入手することも大事ですが、何より「この人は、私(たち)に関心があるのか?」という不安を払拭しながら、話し手に対する警戒心を解きほぐしていくことが重要です。
私自身は、18年から始めた企業向けのオンライン研修で、手を挙げてもらう代わりにリアクションボタンを押してもらう、アンケート機能を使って答えてもらう、発言するときにはチャット機能で書き込んでもらうようにしてきました。
なんと、20年に東京大学で実施したオンライン授業によるアンケートでは、オンライン化したことで質問しやすくなったと回答した生徒が回答者のうちおよそ31%もいたそうです。
つまり、オンラインになることで、生徒が自らの情報を発信しやすくなったといえます。これはとても大きなメリットです。対面では発言を躊躇していた生徒も、オンラインになると、チャットやメールで発言できます。
こうしたチャットやメールの機能を使って、できるだけ講師が生徒たちに関心を寄せることで、生徒たちの不安を解消していきます。さらに、それぞれが発信した内容を生徒同士が知ることができるので、「学びの場」としての一体感も生まれやすくなります。つまり、「ラポール」を形成しやすくなるのです。
チャット機能が利用できずインタラクションを得にくいオンデマンド型講義でも、講義動画のインターフェース上にアンケートへのQRコードを表示したり、チャット欄にURLリンクを張ったりするなどして生徒からの回答を求めることは可能です。
さらに、次の講義動画の中で集計したアンケートの回答に触れることで、生徒たちは「自分(たち)の回答をしっかり見てくれている」と思ってくれます。タイムラグはできてしまいますが、オンデマンド型の講義でもインタラクションは可能なのです。
ある大手予備校のトップ講師も、できる限り講義の最後に受講アンケートを実施し、次の講義の冒頭でそのアンケートの質問に回答したりコメントをしたりして、生徒との信頼関係の構築に努めています。
オンラインならではの工夫といっても、VR(バーチャルリアリティー)のような高度なテクノロジーに頼らなくてもできることはいくつもあります。まずは、今回紹介したようなシンプルで今すぐできそうなことを1つずつ試してみてください。
(注記のない写真: Ushico / PIXTA)