「バックキャスト思考」が学級経営のヒントに

2024年度が始まりました。多くの先生方が、子どもたちの健やかな成長を願って教育活動を始めていると思います。

ただ、1年以上にわたる学級生活では、子どもの問題行動や保護者からのクレームなど予期せぬ事態によって揺さぶられ、思いの実現や目標の達成がままならないこともあります。あれをしたい、こうしたいと思った4月とは対照的に、充実感とは程遠い感覚に包まれた3月を迎えることもあるでしょう。

多様な子どもや保護者のニーズに応えながらも学級を教育の場として機能させていくにはどうしたらいいのでしょうか。そんなときにヒントになるのが、バックキャスト思考です。

未来から逆算して目標や計画を立てる思考法で、SDGsの策定や環境問題の解決において注目されましたが、目標達成の発想法としては以前から知られていました。授業づくりにおいても、何がどれだけいつまでにできればいいかといった期待する成果、つまり達成すべき目標をまず決めて、展開や導入を決める「逆向き設計」の授業づくりとして実践されています。

バックキャスト思考は、長期的かつ達成が難しい課題に強いとされています。学級経営は、取り組みの内容が多岐に及ぶうえに学校や地域、校種によっては1〜3年にわたる長期にわたる取り組みです。

子どもの問題行動、不適応行動などの突発的な出来事によって目標が揺らぎ、その達成がなされないままに終わったり、目標が不明確になってしまったりすることすらあります。

しかし、目標から逆算して学級経営の計画を立案することは、実現したい学級の姿を描いてから必要なプロセスを決めていくので、目標を見失うことや目標から大きくずれてしまうことを最小限にとどめることができます。

今ある学級経営の最適解「自治的集団」と「創発学級」

ただ、学級経営におけるバックキャスト思考にも留意点があります。

教師の描く物語と一人ひとりの子どものそれは、皆それぞれ異なるということです。当然のことながら、教師の計画どおりに学級経営は展開されないわけです。教師と子どももそうですが、子ども同士もみんな異なる理想やニーズを持っています。

赤坂真二(あかさか・しんじ)
国立大学法人上越教育大学教職大学院教授
19年の小学校勤務を経て2008年4月より現職。現在は、教員養成にかかわりながら小中学校の教育活動改善支援、講演、執筆活動をしている。学校心理士、日本授業UD学会理事、日本学級経営学会共同代表理事、NPO法人全国初等教育研究会(JEES)理事。『指導力のある学級担任がやっているたったひとつのこと』『アドラー心理学で変わる学級経営』『学級経営大全』『明日も行きたい教室づくり クラス会議で育てる心理的安全性』(いずれも明治図書出版)、『赤坂版「クラス会議」完全マニュアル 人とつながって生きる子どもを育てる』(ほんの森出版)など著書多数
(写真:赤坂氏提供)

これがかつてよりも多様化していることが、今の学級経営の難しさの要因になっています。教師が理想を掲げても、子どもに理解されなければ、教室内で教師が孤立することになります。また、子どもたちが互いのニーズばかり主張すれば、対立が絶えることなく、その陰で主張できない子どもは我慢の日々を過ごすことになるでしょう。

教師、子どもがそれぞれの願いに折り合いをつけて共に過ごす教室とはどのような姿なのでしょうか。学級経営に正解はないと思っていますが、今ある最適解として自治的集団や創発学級と呼ばれる姿を挙げてみたいと思います。

自治的集団とは、日常生活の諸問題などの話し合い活動などを通じて解決し、協力して実現する集団のことです。また、創発学級とは、自立した子どもが信頼に基づきネットワークを形成し主体的な活動を展開する学級のことです。

力点を置いているところや育成のプロセスは異なりますが、両者とも、子どもの主体性を尊重し、協力的な関係による問題解決や活動を行う点で共通点が見られ、それらは一定の秩序と相互承認などの信頼関係が基盤になっています。

現在、学級経営というと教師による管理や子ども同士の同調圧力などの問題が取り上げられていますが、日本の先生方は本来的には、教師が教え、子どもが教わるという縦型の役割関係を必ずしもよしとせず、子どもたちの開放的な関係性に基づく、子どもたちの自主的で自治的な活動で学級生活が展開されることを意図してきたという経緯があります。

現行の学習指導要領でも、特別活動や学級経営において「自発的、自治的活動」を重視しています。これは教師の指導を否定するのではなく、適切な指導の下に展開されるという意味で「的」という語句が入っていますが、教師主導の学級のあり方を推奨しているわけではありません。

ただ、学級経営を科学的に検証する視点が未成熟で、また教員養成、教員研修でも扱われることが少ないために、安易な管理的な学級経営が流布し、学級経営そのものを否定するマインドすら生まれてきているような状況もあります。

学級経営の本来の目的は、教育活動が円滑に進むように条件整備をすることです。しかし、古くは校内暴力、学級崩壊、近年はいじめ、不登校の増加などさまざまな問題によって、誰もが過ごしやすく学びやすい環境づくりをするという本旨が歪められてしまっているのではないでしょうか。

問題の起こらない学級はない、解決の基盤は信頼関係

バックキャスト思考に基づく学級経営計画が示唆してくれることは、学級経営をする教師が、どんなゴール像を描くのかという理想の質がいかに大事かということです。

前年度トラブルが多くて困った、だから問題のないクラスにしたいという判断は心情的には理解できますが現実的ではありません。問題の起こらない学級はないからです。

ベターな学級のあり方として自治的集団や創発学級を想定するのは、これらは問題が起こることを前提として、それを話し合って解決策を見つけ、協力しながらよりよい学級をつくっていくことをその営みの中心としているからです。

「いじめを見つけたらどうしたらいいか」といった急を要する問題や「クラスの雰囲気を盛り上げるにはどうしたらいいか」といった創意工夫を要する問題などを話し合って解決策を策定し、解決のために協働でアクションを起こします。

その基盤になるのは信頼関係であり、根底にあるのは秩序だと考えられます。エドモンドソン(野津訳、2014)の研究で注目された心理的安全性もその1つだと考えられます

心理的安全性とは「何を言っても大丈夫」というメンバーに共有された信念です。こうした信念が共有されると秩序になります。今、教室における最大のリスクは、傷つけられたり認められなかったりという対人関係上のリスクです。話題となっているウェルビーイングも、自分と周囲との人間関係に深くかかわると言われています。

健全な学級生活とは、決して教師の敷いたレールどおりに子どもたちを動かすことではありません。教師と子ども、子ども同士が自分の願いや違和感を、言葉に出して、合意できるところを探しながら、トラブルを乗り越え共感的で協力的な関係を形成しながら日々を過ごすことです。

年度初めの不安な気持ちを不適切な行動で表現する子どももいるでしょう。しかし一方で、互いを尊重する発言、行動をする子どももいるはずです。そうした子どもたちの不安を受け止めつつ建設的な姿を認め、理想を見据えながらも焦らずに、丁寧に4月という時間を過ごしていってはいかがでしょうか。

※エイミー・C・エドモンドソン (著), 野津智子 (訳)『チームが機能するとはどういうことか──「学習力」と「実行力」を高める実践アプローチ』英治出版,2014

(注記のない写真:marumaru / PIXTA)