「コントロール型」から「マネジメント型」の学校運営へ
よい意味で「権威」や「威厳」を感じさせない、やさしいオーラを放つ校長先生である。1980年より横浜市の小学校教員として勤務し、2010年度から17年度永田台小学校長、18年度より日枝小学校長を務める住田昌治氏は、「これからの時代の校長は、従来の『コントロール型』から『マネジメント型』の学校運営が求められている」と言う。
「校長の本来の役割は、学校がどこを目指していくのか、そのビジョンを教職員全員で共有し、教職員一人ひとりの力を最大限に発揮できるような環境を整え、学校全体としての組織力を向上させるようマネジメントしていくこと。しかし、『校長が強いリーダーシップで学校経営を推進し、指示や命令で教職員を仕切る』といったコントロール型の学校が多いのが現状です。コントロール型の学校運営の場合、教職員は、校長から言われたことに従うことしかしないのに加え、必要以上に校長からの評価を気にしてしまい、『思考停止』や『指示待ち』といった状況を生み出してしまいがちです。『イエスマン』は増えるけれども、組織力の向上にはつながりません」
校長は、教職員を管理するのではなく、信じて任せる姿勢が大切だという。
「部下を育てる意識を持ち、信じて任せるからには意思決定から任せ、フィードバックやサポートのみに徹すること。途中で中途半端に意見を述べると教職員は校長に忖度(そんたく)し、自分らしさを失い、結果的にコントロールにつながってしまいますので、注意が必要です。学校は、校長、教職員と子どもたちがみんなで一緒に成長してくモデルです。カリスマ校長一人がリーダーシップを発揮し、『校長がいないと前に進めない』という学校ではなく、教職員から『校長先生はいなくても平気です』と言われるような学校が、理想の学校なのだと私は思います」
校長自ら“ルーティン”を変える姿勢や行動を見せていく
住田氏は、永田台小学校の校長に着任した2010年度から、ユネスコにより提唱されている持続可能な開発のための教育=ESD(Education for Sustainable Development)を実践してきた。
ESDとは、気候変動や生物多様性の喪失、資源の枯渇、貧困の拡大等の開発に起因する地球規模の課題を自分事として捉え、身近なところから取り組むことにより、課題の解決につながる新たな価値や行動を生み出し、持続可能な社会を創造していくことを目指す学習や教育活動を指す。
「持続可能」をキーワードに、国語や算数といった教科学習にESDの視点を取り入れたり、年間を通して「命の授業」を行ったり、学校を挙げて地域の課題解決や活性化に取り組んだりなどの教育活動に加え、住田氏が力を注いできたのが、ESDを基盤とした学校運営である。
「学校全体を持続可能にしていくためには、まず第一に、教職員が元気で生き生きと働ける環境づくりが必要不可欠です。当たり前のことですが、教職員が元気で生き生きしていないと、子どもたちも生き生きできません。教職員同士が信頼関係を築き、安心して本音で語り合えるような空間づくりや場づくり、雰囲気づくりに力を注いできました」という住田氏は、「学校を変えていくには、まずは校長自らが、“ルーティン”を変える姿勢や行動を見せていくことが大切です」と言う。
「職員室に当たり前のようにある校長のデスクをなくす」「校長室を校長だけの部屋とせず、教職員が打ち合わせなどで自由に使えるようにする」などが、その一例だ。
「つねに職員室に校長がいると、現場の教職員が発信しづらい面もあります。校長専用のデスクをなくし、あえて『気配を消す』ことが活性化につながるのではないかと考えました。また、校長室は、“校長の部屋”ではなく“教職員と共に戦略を練る場”と捉えています。校長室の風通しをよくし、教職員がディスカッションする光景を目の当たりにしながらビジョンを共有することで、共に学校づくりを進めていくことができます」
現に、取材は校長室で行われたが、取材中多くの教職員が出入りし、自由で開放的な空気が流れていた。
安心して本音を語れる場で教育目標を話し合う
教職員が元気で生き生きと働ける学校をつくるためには、「年度末から年度始めの2、3、4月が大切です」という住田氏。
「当校では、学校経営の方針を決めていくこの時期に、教職員全員で何回か体育館に集まり、ワークショップを開催しています。『どんな学校にしたいのか』『学校教育目標で目指す子どもの姿はどんなものか』などについて、皆で話し合うのです。忙しい時期なので、1回の話し合いの時間は20分。教職員は皆、多かれ少なかれ『こんな学校にしたい』という気持ちを持っていますので、このような場をつくるとアイデアや意見がどんどん出てくる。場が盛り上がり、時間内に終わらないこともありますが、私一人が皆の前で20分しゃべり続けるよりもはるかに建設的ですし、学校全体の雰囲気も非常によくなります」と言う。
このような場に欠かせないのが、「円たくん」。「円たくん」とは円形のホワイトボードの通称で、「参加者同士がこたつを囲むような温かい雰囲気で本音を語れる場、言いたいことが言える場をつくりたい」という思いから住田氏自らが開発したワークショップツールだ。
参加者同士で「円たくん」をひざの上に乗せるとちょうどテーブルのようになって話しやすくなるのに加え、ホワイトボードに書きながら話し合いを進めることができるため、皆の意見を視覚的に共有できるのも特徴だ。
「学校の教育目標は、子ども、教職員、保護者、地域、みんなが共有することで初めて機能するものです。参加者の心理的安全性を確保しながらこのような場を重ねて丁寧にビジョンを共有し、教育観、授業観、子ども観の共通点を見つけまとめていくことで、ゴールをすり合わせていくことができますし、子どもたち、保護者、地域に自信を持って発信できる。このような取り組みが『信じて任せる』マネジメントにつながるのです」
同校では、教職員一人ひとりが教育現場において自分のやりたいことを実現する「この指とまれ方式プロジェクト」も行っている。
「『ICTを活用し、英語の授業でアプリを導入したい』『職員室が働きやすい場になるようにしたい』など、企画した教職員がプロジェクトリーダーとなり、仲間を募って実践します。プロジェクトが実現しやすい環境を整えるのも、校長の役割。プロジェクトの進め方や会議のあり方を見直すなど試行錯誤を重ねながら、教職員が主体的に取り組むことができる土壌をつくっていきます。このような取り組みにより、教職員が年齢やキャリアに関係なくつながることができ、組織の活性化を図ることができます」
現場の声に耳を傾け、対話を重ね続ける
「よく知る教育関係者から、『住田先生の学校運営手法は、サーバントリーダーシップですね』と言われたことがあります」という住田氏。
サーバントリーダーシップとは、「リーダーはまず相手に奉仕し、その後相手を導くものである」という考えのもとに生まれた支援型リーダーシップを表す。トップダウン型のリーダーシップとはまったく異なり、双方のコミュニケーションにより組織が活性化する運営手法として注目を集めている。
「校長は、何でもできるスーパーマンのような存在である必要はありません。サーバントリーダーシップの神髄は、自己開示し自分がどんな人なのかをわかってもらったうえで、現場の声に耳を傾けフィードバックや対話を地道に重ね続けること。何か特別なことをするわけではありません」
住田氏が言う「対話」のひとつが、管理職になってから15年続けているという、教職員から毎週提出される「週案」へのコメントだ。
「週案のコメント欄に授業の悩みや自分自身の悩みなどを書いてきた教職員に対し、その都度私の考えを記し、折をみて話をしたり、必要に応じて参考になるような資料を提示したりしてきました。子どもの成長の様子やそれに対する自分の気持ちを書いてくれたり、挑戦していること、挑戦してみたいこと等も書いてくれたりする教職員もいます。それを機に新たな取り組みが始まったり、人間関係が深まったりすることもあります。コメントを書かない教員に対しても私から一言記すことで、対話が生まれることもあります。教職員は日々忙しく、毎日会話する機会がないからこそ、週案を通して全教職員の教育活動だけでなく、思いや悩みを把握し、フィードバックしてきました。私と教職員の大切なコミュニケーションツールだと思っています」
教職員との面談では、「傾聴し、問いを返す」ことを大切にしているという。例えば、教職員が「○○××がしたいです」と言ってきたら、「何のためにやるのですか?」「誰とやりたいのですか?」「やってどうしたいのですか?」などと丁寧に聞くことで、教職員自身が実現のためにすべきことを考えられるようになる。それが、任せられる人材への成長につながるという。
「信じて任せるマネジメントの最終段階は、『感謝』です。教職員同士が信頼し合い、お互いに『ありがとう』『助かりました』『(手伝ってくれて)うれしかったです』などと感謝し合える関係ができれば、そんな教職員たちの姿を目にする子どもたちも安心し、伸び伸びと過ごすことができます。教職員と子どもそれぞれの間に安心感が育まれて初めて、子ども一人ひとりが大切にされる学校ができるのではないでしょうか」
(企画・文:長島ともこ、注記のない画像の撮影:梅谷秀司)