「令和の日本型学校教育」を保護者も学ぶために
──公益社団法人日本PTA全国協議会(以下、日P)の運営に対しては、各地のPTA連合から疑問や課題を指摘する声が多く上がっています。中には日Pから退会を決めたP連もありますが、どのようなビジョンで日頃の活動を行っているのでしょうか。
日Pでは社会教育、家庭教育およびPTA活動の資質向上を目的とする全国大会の開催を柱に「青少年の健全育成及び福祉増進に資する情報資料の収集及び提供」「青少年の国内交流及び国際交流」「機関紙並びに社会教育、家庭教育及びPTA活動に関する図書・資料の刊行」など7つの事業を展開しています。
これらの事業において大切にしているのは教育、社会のこれからの姿を1人でも多くの保護者に伝えることです。現在であれば「令和の日本型学校教育」について保護者も学ぶべきだと考えています。
──中央教育審議会が2021年に取りまとめた答申「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して〜全ての子供たちの可能性を引き出す、個別最適な学びと、協働的な学びの実現〜」のことですね。
一人ひとりの子どもが自分のよさや可能性を認識するとともに、周りの人と協働しながらさまざまな社会的変化を乗り越え、持続可能な社会の創り手になるという「令和の日本型学校教育」の世界観を知ってほしい。毎年開催している全国大会は、記念講演やパネルディスカッションなどを通し、参加いただいたPTA関係者の方に日本の教育の最先端にふれていただく機会であるととらえています。
さらに、保護者の教育リテラシー向上を目的に、令和の日本型学校教育、コミュニティ・スクール、不登校、発達障害をテーマとした動画を制作しホームページ上で見ていただけるようにしています。また、青少年育成を目的に、国内研修事業も行っています。これは、全国の中学2年生を対象に、国内の青少年施設において、集団宿泊や体験活動を通じて社会環境や自然環境への視野を広めるために開催しています。これらの事業を通し、保護者が子どもの教育について学び、PTA活動をより充実させることができるよう支援しています。
──教育に関心の高い方はさておき、こうした情報をより多くの保護者に届けるには工夫が必要ではないでしょうか。
例えば、全国大会には全国から何千人ものP連・PTA関係者が集まりますが、仮に7500人の保護者が集まったとしても、日P全会員・約750万人の0.1%にしかなりません。「教育の最先端に触れる機会をつくる」という意味においては「広く伝えきれていない」のが現状と認識しています。
中学生を対象にした国内研修についても、参加生徒数が限られているため、「真の意味での青少年育成につながっていないのではないか」という意見が出ているのも事実です。また、先に申し上げた教育動画などについても、当会には広報の専門部門があるわけではないため広く周知できておらず、広報力不足という側面も認識しています。
ただ、新型コロナの影響などにより、学校とは何か、教育とは何か、PTAとは何かについて改めて考える機運が高まる中、日Pにおいても「今のままではいけない」と。さまざまな視点から、改革の必要性を感じています。
今後は“やらされる”全国大会を可能な限り解消へ
──とくに全国大会については、運営に携わった保護者から「開催のためにあれだけ高額の費用と手間をかける必要があるのか」「開催するにしても、オンラインで十分なのではないか」などの声が聞こえてきます。
そういった感想を持たれる方々がいらっしゃるということは事実ですし、そのような声を違う形で聞く機会もあります。ただ、全国大会についてはいわゆる「効率」の部分だけにスポットが当たり、「あれは無駄だ、これは無駄だ」という議論はどんどん進みますが、効率化だけを目的にしてしまうと、内容の劣化につながりかねません。
全国大会は、日Pにとっていちばん事業費率が大きな看板事業であり、全国のPTA関係者に教育の最先端に触れていだたく大切な学びの機会と考えています。現状の全国大会をよりよいものにしていくためには、効率化という“改革”と“学び”の両輪で取り組んでいく必要があると思っています。
ここでいう“学び”とは、運営側である実行委員会が当事者意識を持ち、「そもそも何のための全国大会なのか」など、日Pや各P連と対話を重ねながら企画・運営を進めていくことです。これまでの全国大会は、各都道府県の実行委員会が“やらされる”側面が少なからず存在したのかもしれませんが、今後はそれを可能なかぎり解消し、企画・運営の“アクティブ・ラーニング化”を推進していきたいと考えています。
──全国大会には、何百ページもある分厚いマニュアルがあり、「マニュアルどおりに進めることを求められた」という声もあります。今後はこのような「手段の目的化」からの脱却を目指されているという認識でよろしいでしょうか。
来年の全国大会は神奈川県川崎市で開催予定ですが、テーマは「ウェルビーイング」で、当事者が主体的に対話を重ねながら準備が進められています。
これまでの全国大会は、開催期間2日間で、分科会は開催県(市)のあちこちにで開催していたのですが、川崎大会は開催期間2日、コロナ明けということもあり、両日とも同一会場で、すべての領域を全員で学ぶという新しいスタイルで開催します。リアルに集まることのよさを生かしながら、これまでにはない新しい形の全国大会になると思います。
今後は開催県・開催市の土地柄なども考慮しながら企画・運営を行い、運営方法についてはオンライン、またハイブリッドで開催するなども選択肢の1つとして出てくる可能性もあるでしょう。全国大会の内容を、広く一般会員に周知するための方策についての議論も始まりつつあります。
ちなみに、全国大会の登録料などは受益者負担が基本ですが、各協議会・連合会がまかなうケースもあります。私は岐阜県PTA連合会会長時代、岐阜県PTAの代表として全国大会に参加しました。開催地までの往復交通費は県P連から出してもらい、開催期間中の移動交通費、飲食代などはすべて自費でした。また、日Pに関わるようになり、「役員になると報酬をもらえる」と思われる方も少なくないことに気づきましたが、日Pの役員は、各校PTAと同様全員無報酬です。
ガバナンス強化のため財務のワーキンググループを発足
──2023年7月には、金田淳前会長が事務局員へのハラスメント行為などを理由に解職されました。9月には金田氏の解職をめぐり、金田前会長、後藤新会長が同日に会見されています。
金田前会長は、2022年日P会長に就任し2023年6月に再任されましたが、当会の事務局員へのハラスメントや代表理事としての不適切な言動を鑑み、7月19日の理事会において金田氏の会長解職を決議。前副会長であった私が新会長に就任しました。
ところが、決議に納得しない金田氏は、SNSなどさまざまな手段を用いて自身にとって都合のよい主張を展開し始めました。これまでの経緯に触れることなく自らの責任回避に終始した言動は誠に遺憾です。
日Pとしては、今回の一連の出来事を真摯に受け止め、会員である各P連に対してていねいな説明を行うとともに、再発防止に向け組織のガバナンス強化、ハラスメント対策に努めてまいりたいと思います。
──こちらの会見では、2022年度の決算が約5000万円の赤字となることも公表されました。
昨年から今年にかけ、約5000万円の赤字決算を出しお騒がせしてしまいましたが、ひとえに私どもで財務管理がしっかりできていなかった部分があります。5000万円のうちの3000万円は、国内研修の実施や宿泊費と会議費等、日P新聞の発行を年2回から3回に増やしたことによる印刷製本費になります。残り2000万円は、日P会館の雨漏りなどによる修繕工事を急遽行ったことによる建物修繕費ですが、これまで建物の修繕に関するルールなどが整備されていなかったため、決裁の過程に課題があったと認識しています。
今後は、修繕工事におけるルールづくりなど組織のガバナンスを強化していきたいと考えています。また、日P役員には監事もおりますが、予算の出庫状況をよりしっかり管理することを目的に財務のワーキンググループを新たに立ち上げ、専門職種の方にお力添えをいただきながら状況を把握し、各P連代表の皆さんに逐次説明していく所存です。また人材育成にも力を入れていく予定で、日本の社会教育に携わる団体である日Pとして理事や役員、P連代表者としての行動規範を含めた倫理規定の整備にも着手しています。
──こうした取り組みを進めていくうえで、事務局の果たす役割は大きいと考えますが、事務局長不在の状態は現在も続いているのでしょうか。
もともと事務局長は在籍していたのですが、2020年3月31日付で退職されました。同時期に事務員も退職し、派遣社員の契約延長もかなわず事務局不在の時期もありました。
その後、2022年年4月1日付で期間社員を採用し、その後正式採用。2023年10月1日付で、元公立中学校校長の田中史人さんが事務局長に就任しました。現在は、局長以下非常勤も含め、全5名体制で業務にあたっています。
PTAの全国組織として発足した日Pは、今年創立75周年を迎えます。75周年記念事業として、教育コンテンツの拡充や、各校PTA会員さん向けのサービスなど活動の間口を広められるような取り組みについて、現在検討しているところです。
公益社団法人の理事任期は2年、理事のうち業務執行理事の任期は原則1年と、PTAと同様に短く、知識やノウハウの蓄積が難しいのが現状ですが、可能な限り持続可能な形で活動の質を保ちつつ、子どもたちの未来に責任を持てる社会を創るべく全国の会員の皆様とともに歩んでまいりたいと思います。
予算規模が予算規模なだけに、前例踏襲に甘んじることなく、全国大会の企画・運営等の事業のみならず全国の保護者の声を束ね、文部科学省への集約的提言など、今本当に求められるものに向き合って改革を進めてほしい。
また、各校のPTA会員も、日Pはもちろん、自分の住む地域のP連や都道府県P連がどのような目的でどのような活動を行っているのか、負担金がどのように使われているのか、上部団体が説明責任を果たしているかに関心を持ち、疑問に思うこと、おかしいと思うことがあれば声を上げることが大切だ。
(企画・文:長島ともこ、編集部 細川めぐみ、写真:今井康一撮影)