ゲームを通じて「学ぶ面白さ」を子どもたちに実感させたい
「もし子どもの頃の僕や僕の友達が、このゲームに出合ったならば、はたして僕らは、このゲームを手に取って遊ぼうとしただろうか。選んでもらえるだけのゲームになっているだろうか」
主に小学生を対象としてカードゲームの開発・販売を手がける企業、tanQ(タンキュー)代表取締役の森本佑紀氏は、いつもそう自問自答しながら、自社商品の開発に臨んでいるという。tanQの商品は、子どもたちがゲームで遊びながら学習できるのが特徴で、原子や化合物について学べる「アトムモンスターズ」や、経済の仕組みを学べる「マネーモンスター」などを展開している。
これまでも学習ゲームは、多くの企業で作られてきた。そのメリットは、勉強に苦手意識を抱いている子どもでも、さほど抵抗感を覚えることなくゲーム(学習活動)に参加できることだろう。ただし一方で、多くの学習ゲームには、現状では限界があるといえる。それは教師や親が、子どもに学習ゲームをやるように仕向ければ取り組むが、子どもたちが自ら進んでやることはない、最初のうちはやっていてもいつの間にか見向きもしなくなることが多いからだ。
「私が小学生のときに、家に帰って友達と夢中になって遊んでいたゲームは、ポケモンカードでした。漢字や歴史について学べるゲームなんて、選択肢にも挙がらなかった。なぜならポケモンカードのほうが断然面白いから。子どもたちは『これは勉強になるから』という理由で、遊ぶゲームを選ぶことはありません。面白さを担保できていないと、教育感度が高い人にしか届きませんし、子どもたちが熱中しません」
少年期、森本氏の周りには、家庭の教育環境などに恵まれず、早い段階で学びから下りてしまう同級生が少なからずいたという。そんな彼らが、もし子どものときに「あれ!? 意外に勉強って面白いぞ」ということに気がついていれば、その後の人生で見えてくる風景も少し違っていたかもしれない。そのため森本氏の中には、「できるだけ多くの子どもに対して、学ぶ面白さを実感できる機会をつくりたい」という思いがある。多くの人が手に取りやすいようカードという安価に提供できるゲームにこだわるのも、そのためだ。
「私はそれをGame-Based Learning(GBL)によって実現したいと考えています。そのためには、『ゲームは好きだけど、勉強は嫌い』という子どもにも、選んでもらえるだけの高い娯楽性を備えた学習ゲームを世に出すことが条件となります。ですから私は、自分たちの最大のライバルは任天堂であり、ポケモンカードだと思っています」
学んでいることに気づいていない学びこそが最高の学び
tanQのカードゲームの特徴は、「プレーヤー同士がバトルを繰り広げながら、モンスターを手に入れる」といった、子どもたちが熱中している人気ゲームの要素がふんだんに盛り込まれていることだ。
例えば、同社のヒット商品である「アトムモンスターズ」は、さまざまな遊び方があるがその中の1つ「神経衰弱ルール」では、トランプの神経衰弱の要領でキャラクターの描かれた原子のカードを組み合わせて分子の合成に成功すると、“分子のモンスター”が描かれた分子カードを“召還”してゲットできるというものだ。水素カード2枚と酸素カード1枚を組み合わせて「水」の合成に成功した場合の得点は18点になるというように、分子ごとの1モル当たりの質量が点数となっており、分子量が大きい分子(つまり合成の難度が高い分子)の合成に成功するほど高得点をゲットできる。
原子や分子は中学理科で学習する分野だが、子どもたちは前提知識がなくても、カードを組み合わせてモンスターを召還するゲームを楽しむうちに、自然と元素記号や化学式に詳しくなる。また原子カードと分子カードには、例えば窒素のカードであれば「火薬の原料でもあり筋肉の材料。大気の78%を占める。窒素だけだと窒息してしまうのでこう呼ばれた」といったような一口メモが書かれており、それぞれの原子や分子の特徴についての知識も、自然と身に付いていくような工夫がなされている。
「世界は原子と化合物でできていることに気がついた子どもたちは、世界が化合物というモンスターで成り立っているように見えてきます。例えば家族で旅行した温泉で成分表を目にしたときに、『この硫黄泉というモンスターは、どんな元素でできているんだろう?』ということが気になって仕方なくなる。そして本人は化合物の勉強をしている意識はなく、ただ好奇心からモンスターの正体を突き止めようとします。私たちは、本人が学んでいるとすら気づいていない学びこそが、最高の学びの体験であると考えています」
ゲームでキャラクターに愛着を抱かせ、マンガへと連動する
ただし森本氏は「アトムモンスターズ」について、「面白さという点では、まだポケモンカードを上回ることはできていない」と考えている。そこで2022年11月末に発売予定の「カンジモンスターズ」では、新たな挑戦に取り組もうとしている。
「カンジモンスターズ」は、漢字の部位が書かれたマナカードを組み合わせて1つの漢字を作ることに成功すると、モンスターカードが手に入り、その漢字に宿る“技(呪能)”を“発動”させることで、相手が持っている山札を減らし、ダメージを与えていくというゲームだ。相手の山札がゼロになったら、こちらの勝利となる。
モンスターが繰り出せる技は、その漢字の成り立ちと大きく関係している。例えば「言」という漢字は、本来は「入れ墨を入れるための針」を意味する「辛」という漢字と、「神への祝詞を入れる箱」を意味する「口」という漢字が上下に組み合わさって成立した漢字であり、「言」自体はもともとは「神に誓う言葉」を意味していた。「言=神への誓い」を破ることは、入れ墨を入れられる罰を受けるほど重い行為だったという学説がある。
そこでゲームでは「辛」と「口」のマナカードを組み合わせて「言」のモンスターカードを獲得することに成功した場合、じゃんけんに勝てば、相手の山札を6枚減らせるが、負けたときには「神への誓いを破った」と見なされ、自分の山札を1枚減らさなくてはいけないルールとなっている。
ただしプレーヤー自身は、こうした漢字の成り立ちを意識することなく、純粋にゲームに集中することができる。カードの中に原子や分子の特徴が書かれていた「アトムモンスターズ」とは違って、「カンジモンスターズ」のカードには、それぞれ漢字の成り立ちや意味についての記述はとくにない。
子どもたちには、ゲームはゲームとして楽しんでもらう。そのうえで同社では、子ども向けの人気マンガ雑誌『コロコロイチバン!』(小学館)と連携して、22年12月(2月号)より漢字をテーマとしたマンガの連載を予定している。そして「カンジモンスターズ」の中に登場する漢字の由来や意味についての解説は、そのマンガ作品のほうで展開していく。つまりゲーム会社がよく用いるメディアミックス戦略を「カンジモンスターズ」では採用することにしたわけだ。
「ポケモンカードがそうであるように、まず子どもたちはカードに描かれているキャラクターに愛着を抱くものです。すると、そのキャラクターについてもっと知りたくなり、一緒に遊んでいる友達にも教えたくなる。そこで連載のマンガを読み、漢字についての知識を得るとともに、漢字の奥深さや面白さを学んでいくという仕掛けにしました。さらには『カンジモンスターズ』に登場する以外の漢字にも興味を持った子どものために、いずれは『漢字図鑑』の制作も行いたいと考えています」
森本氏が目指しているのは、漢字にせよ、原子や化合物にせよ、「世界を構成している物事について学ぶのは楽しい」「世界を知るのは面白い」ということを、ゲームを通じて、できるだけたくさんの子どもに伝えることだ。
「最近、教育界では、社会的課題を解決できる人材の育成といったことがよく言われます。けれども、そもそも子どもたちが『自分が生きている世界はすばらしい。守るに値する』ということを実感できていなければ、『SDGsなんて自分には関係ない』ということになってしまいます。だから、まだこの世界に一歩を踏み出したばかりの子どもたちには、まずこの世界の楽しさを知ってほしい。その順番は間違ってはいけないと思っています」
実際に学校を訪れて、子どもたちにゲームを取り入れた授業を行ったりもしている森本氏は、「学校の休み時間に遊んでもらえるようになれたら」とも話す。純粋にゲームに熱中してもらって、ゲームを入り口としてさまざまなことに疑問を持ち、深掘りをし、それが学問へとつながる。そのための挑戦を森本氏は続けている。
(文:長谷川敦、撮影:今井康一)