時間外勤務が月80時間超えることも「休日の部活動」見直し必須
1学期も半ばを過ぎた、ある日曜日。神奈川県横浜市立鴨志田中学校では、バドミントン部の生徒が体育館で汗を流していた。よくある公立中学校の週末のワンシーンだが、指導しているのは教員ではない、外部指導者だ。
横浜市は2021年度から、スポーツ庁が進める「地域運動部活動推進事業」の実践研究に参加している。現在は、その一環で市内の3つの中学校の6つの部活動で、外部指導者が休日の部活動を指導しているという。その1つの鴨志田中では、バドミントンに加えてサッカー、男子バスケ、女子バレーの4つの部活動で、外部指導者が週末の部活動を実施している。校長の浜崎利司氏は、こう話す。
「横浜市から実践研究の参加を呼びかける通知があった際、これはぜひ希望したいと思いました。先生方の時間外勤務が月80時間を超えることもあり、土日の部活動のあり方を見直す必要があると考えていたからです。とにかく先生方に休みを取らせたい。顧問の先生にもプライベートがありますし、土日に休みが取れるようになれば心身ともにリフレッシュできます」
これまで横浜市も、何もしてこなかったわけではない。19年に「週に平日1日以上、土日1日以上の休養日設定」「1日の活動時間を平日2時間程度、休日3時間程度とする」を原則とする部活動ガイドラインを出したほか、延べ643人(21年度実績)の部活動指導員を任用し、市内約97%の中学校で活用してきた。顧問の先生に加えて補助的に技術指導をするなど、おおよそ1校に4〜5人ほどの部活動指導員が入り活躍しているという。
「ただ、部活動指導員は基本的に学校側で探す必要があり、見つけるのも大変です。ですので、この事業はありがたいと思いました。インストラクターが専門的に教えてくれるのは、子どもや保護者にとってもいいことです。部活動の運営については、校長の私から『ブラック部活動にはしない』『勝利至上主義にはしない』などと保護者会で説明をしてきました。休日の部活動にインストラクターが入ることも、保護者の理解を得られるように心がけています」(浜崎氏)
実際、現場の教員はどう思っているのだろうか。19年に鴨志田中に着任後、バドミントン部の顧問を務める教諭の太田彩貴氏は「今まで休日の部活動はあって当たり前でしたが、今は気持ち的にも余裕ができてゆっくり休めている」と話す。また太田氏は、陸上競技の経験はあるもののバドミントンは未経験のため、これまで指導に不安があったと話す。
「今は、インストラクターの方が動き方の基礎などを教えてくれていて、指導法や声かけの仕方など学ぶことも多い。試合に勝ちたいという思いも必要ですが、しっかり基本を学びながら生徒が『高校でもバドミントンをやりたい』『運動は楽しい』と思ってもらえるような部活動にしていきたいと考えています」
指導者の確保と、安全な指導をどう実現するか
こうした部活動の地域移行を実現するうえでカギを握るのが、指導者の確保と育成だ。その点で地域や民間のスポーツクラブには大きな期待が寄せられている。
横浜市の実践研究で、鴨志田中と同じく市内にある橘中と合わせて2校5部活の指導を受託しているのが民間企業のリーフラスだ。スポーツスクールを運営する同社は、13年に部活動支援事業を開始。名古屋市立小学校262校をはじめ、埼玉県戸田市や大阪市、渋谷区などの小・中学校・高校延べ684校で部活動支援の実績がある(文化部も含む22年4月現在)。
リーフラスでは、競技経験や専門知識を持ち、かつ指導力のある人材をどう確保しているのだろうか。関東支社 副支社長の川名浩之氏はこう話す。
「大学生や定年退職後の教員、元競技者など、基本的には地域の人材にご協力いただいているほか、各競技の協会を通し、登録指導者の公募もしています。いちばん大事なのは安全面に配慮した指導を行うこと。応募者と面談し、お願いすると決まったら、安全研修を実施しています。そこでは応急処置や熱中症対策をはじめ、危険物の確認・除去や点呼の仕方、緊急時の対応も学びます。この安全研修を毎月行うなど独自の安全基準を設けており、結果的に創業以来大きな事故もなく運営できています」
応募者の中には、子どもを指導した経験がない人もいる。そこで安全研修に加えて、自社で運営しているスポーツスクールに参加してもらうのだという。
「小さな子どもと中学生では伝え方の工夫は必要ですが、指導の根本は同じ。一人ひとりの特性や技術に合わせた声かけを行い、承認欲求を満たしてあげることが必要です。スポーツスクールで子どもへの接し方を学んでもらい、『認めて、褒めて、励まし、勇気づける』という当社の指導方針を共有したうえで指導者を送り出しています」
横浜市で社会人向けのバドミントン教室の講師を務める徳永将太郎氏も、その1人だ。市のバドミントン協会を通じて応募し、現在は実践研究に参加している橘中でバドミントン部の週末の指導を担当している。
「指導する際に気をつけているのは、『バドミントンは楽しい』と思ってもらうこと。部員のほとんどが未経験者で、競技経験がある先生もいなかったため、先輩の見様見まねでやっていたようですね。そこで、まずは私がお手本を見せて『こうやりましょう』と伝えるようにしています」
徳永氏は、横浜市保土ヶ谷区のバドミントン大会で優勝経験を持つ実力者。目の前で実際にプレーして見せることは、うまくなるための技術を正しく伝えるとともに、週に1度しか会わない外部指導者が生徒たちの信頼を得るうえでも重要なことなのだ。
「顧問の先生が安心して指導できるよう、平日のメニューも提供しています。メニューは学年ごとに用意しますが、部員のレベルはそれぞれ。そこで、目標は各自で決めてもらい、一人ひとりに合わせた声がけを心がけています。例えば、ノックをやる時も『この子は5本入ったら褒める』『この子は全部入ったら褒める』など、実力に合わせて声かけも変えています。中学生は本当に素直ですから、間違ったことを教えないよう、気をつけています」
社会人向け指導経験を生かしながら、地域部活動支援を通じて改めて人に教える楽しさを実感しているという徳永氏は「彼らが高校生、大学生、社会人になった時に、一緒にバドミントンができたら」と語る。
「学校・顧問・指導者」の情報共有の正確さとスピードが重要
実際、指導者と顧問の先生との情報共有は、どのように行っているのか。休日の部員の出席状況や練習メニューの内容、ケガや問題の有無など、スムーズに情報共有がされていないと平日の部活動運営にも支障を来す。
リーフラスでは、学校や自治体によって対応が異なるものの、学校と部活動の顧問、指導者をつなぐ統括責任者を置いているという。リーフラスの社員が窓口となって、学校や顧問の指導方針、希望を聞いたうえで指導者に共有し、練習日程の調整も行うのだ。生徒が欠席する場合も統括責任者が直接やり取りし、教員の負担を軽減しているという。
横浜市の実践研究で統括責任者を務める関東支社 神奈川第一支店 副支店長の藤根敏哉氏はこう話す。
「ご家庭をお持ちの先生から『週末だけでも代わってもらえるのはありがたい』という声もいただいています。また、その競技の経験や知識がない先生にとって、メニューを考えるのは大変なこと。『大会の予選に向けて専門的な指導をしてほしい』と希望される先生の中には、週末の練習を見に来られる方もいますね」
顧問の中には、競技経験や知識を持つ教員もいるため、その指導方針に従って週末の練習メニューを組み立てることもある。そのうえでの週末の指導となるわけだが、そこで重要なのは情報共有の正確さとスピードだという。週末の練習に誰が参加し、どんなメニューを行ったのかを週報に記入し、副教頭と顧問教員で共有、何かあれば即座に対応できるような体制を取っている。
持続可能な部活動のあり方についてさまざまな可能性を探る
「現状のままでは学校部活動を持続することは難しい。教職員の負担を減らしながら、子どものスポーツ機会をつくっていくことが必要となる中で、持続可能な部活動のあり方について試行錯誤しながらさまざまな可能性を探っていきたいと考えています」と話すのは、横浜市教育委員会事務局小中学校企画課の根岸淳氏だ。
横浜市ではスポーツ庁の実践研究に参加する一方で、独自に部活動指導員の活用も進めてきた。現在、市内に合同部活動にしなければならないほど部員不足が生じている学校はないものの、今後は少子化による学校規模の縮小や部活動の存続危機は避けられない。何より、学校の働き方改革を推進するうえで、教職員の熱意に頼った部活動運営にかねて課題を感じてきたからだ。
そこで今年度からは、地域移行を見据えてさらに踏み込み「生徒の活動時間と同じ時間で勤務することができる部活動指導員を“パイロット指導員”として、50名ほど任用している。段階的に、メインの顧問として、平日と休日の部活動の運営を任せるようにしていきたい」(根岸氏)という。
本来、部活動指導員は、部活動における技術指導だけではなく練習試合や大会に生徒を引率することができる。横浜市でも一部の学校で引率まで担っている例があるが、部活動指導員が今後全面的に引率を行うようになれば教員の負担を大きく軽減できる。そのなり手を確保するのもなかなか難しいのだが、横浜市は独自でも人材バンクを構築しながらリーフラスのような民間企業とも連携していくことを考えている。
「昨年はコロナ禍の影響で部活動が満足にできませんでしたが、今年度に入ってスポーツ庁の実践研究も本格的な活動が始まっています。学校部活動の地域移行は、地域のスポーツのあり方が変わるターニングポイントでもあります。これまでの知見を生かしながら、地域や民間のスポーツクラブなどとも連携し指導者のよりよい配置、活動を実現していきたいですね」と根岸氏は話す。
部活動の地域移行を実現していくうえでの選択肢は、1つではないということだ。全国それぞれの地域、また同じ地域の中にあっても実情を考慮しながら進めていかなければならない。民間企業、団体などとも連携しながら、自治体が中心となって改革を進めていく必要がある。
(文:吉田渓、編集部 細川めぐみ、注記のない写真:梅谷秀司撮影)