大学職員に高度で専門的な業務が求められるように
わが国の大学業界は今後、ますます厳しい状況に直面します。1992年に約205万人だった18歳人口は減少の一途をたどっており、2024年現在、約106万人。2065年には68万人程度まで落ち込むと推計されています(国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(令和5年推計)」)。
短大や女子大をはじめ、学生募集停止の報道を目にする機会も増えました。社会状況の変化に合わせて、大学の教育や研究のあり方も見直しを進めていく必要があるでしょう。
大学組織の今後を考えるうえで注目されているのが、大学職員の方々です。文科省によれば教員や技術者、医療スタッフなども含め、大学に勤務している方は約45万人。このうち9万5000人ほどが、いわゆる事務職員としての大学運営業務に従事しています(文部科学省「学校基本調調査」)。
私も元・私立大学職員です。一昔前の大学職員は文字どおりの「事務方」として、教員たちや経営陣による大学運営を補助する立ち位置に徹することも少なくありませんでした。重要な意思決定は教員が行い、職員はそれを受けて動くことが多かった。しかし大学を取り巻く状況の変化もあり、職員の職務も変わってきました。
現在では入学者の確保や受け入れ、学生支援、留学サポートなどの国際支援、財務、寄付金獲得、就職・キャリア支援、各種調査など、各分野で高度で専門的な業務が求められるようになっています。
教員が教育および研究のプロだとしたら、職員には組織運営のプロとしての姿勢や業務スキルが求められています。より少ない人数で、より高度な業務を遂行するための効率化や合理化も必要になるでしょう。生き残りを懸けて大学改革を進めようとするのなら、職員の活躍は不可欠です。
とはいえ、そこにはいろいろと課題も多いようです。私は2023年7月に『大学職員のリアル』(中公新書ラクレ)という書籍を出版しました。数十人の現役大学職員にインタビューを行いながら、大学職員の現状と今後をまとめたのですが、同書ではこんな事例もご紹介しました。
国立と私立では規定のあり方や必要な書類の数に違いがある、という要因は大きいかと思いますが、「本当にそのやり方は今後も必要なのだろうか?」と考えさせられる事例です。
志願者数に頼るだけの学生募集では限界も
多くの大学は、学生募集の改善を重要課題と位置づけています。これまで多くの大学が、「志願者の数を増やせば入試の競争倍率も上がり、優秀な学生も獲得できる」という、量で質を担保するような発想で募集活動を行ってきました。
志願者数最大化のために学食などをきれいにし、多くの広告費をかけてオープンキャンパスの来場者を集め、入試科目数を減らすなどして出願のハードルを下げる。一回の入試で全学部を併願できる制度も、志願者数を増やすうえでは有効だったかもしれません。
ただ18歳人口の減少が続く以上、この発想には限界もあります。これまでと同水準の志願者数を今後も維持しようというのなら、オープンキャンパスや高校訪問の頻度を上げたり、広告費を倍増させたりといった施策も必要になるでしょう。
費用対効果、労力対効果はどうしても落ちてきます。華やかな広報や出願しやすい入試制度は、入学後のミスマッチや中退のリスクを上げかねません。大規模な投資によってキャンパスを都心に移転する大学も増えていますが、移転先のマーケットもいつまで安泰かはわかりません。
さまざまな大学から持続可能な学生募集のあり方について相談を受けるのですが、できる限りミスマッチを減らし、入学者をしっかり育てて地域からの信頼を得る、そんな学生獲得の方法も模索せねばなりません。今後も「量」を追うことは大切ですが、組織に余力があるうちに異なるアプローチも並行して開発していくことが大事です。あまりに中退率が高い場合はその原因を探り、改善するといった施策も必要でしょう。
こうした取り組みをしていると、大学組織が抱える課題がよく見えます。
実は外部から言われるまで、自学の中退率や留年率に誰も気づいていなかったというケースがしばしばあるのです。学生のデータにアクセスできる職員たちがみな、「その数字を調べることは自分の担当業務ではない。前任から引き継いだ作業にないし、誰からも指示されていない」と考えている。
中退予防には高校生段階での進路ミスマッチをなくす取り組みも大事ですが、教務部や入試広報部といった部署間での連携が難しいというケースもあります。「本学はこの層の学生を大きく伸ばせている」といった、学生募集で有効に使えそうなデータがあっても、それが広報部に届いていません。
非効率に増え続けるタスク、変えにくいルーティンワーク、そして高い部署間の壁。非効率なやり方だと思っていても前年踏襲を続けてしまう。こうした大学組織のありようが、学生募集も含め、必要な改革を妨げている場面は多々あるように思えます。逆に言えば、職員が自主的に動ける組織にすることで進む改革もあるはずです。
大学組織の特徴を踏まえ、改めるべき点を変えていくことが大切
『大学職員のリアル』では、こうした「やりにくさ」を生む大学組織の特徴として、①非営利組織であること、②規定主義、③複雑なガバナンスの3点を挙げました。
大学は営利企業と異なり、利益の最大化を目的としていません。掲げるミッションに基づき、望ましい教育や研究を維持することが大切です。だからこそ「この部署は何をもってミッションの達成を目指すか」という指標は自分たちで決めねばなりません。追うべき数字を自分たちで決めねばならず、しかもそれが多岐にわたる。企業よりも高度なマネジメントが求められます。
大学設置基準から学内の独自規定まで、大学はさまざまな規定やルールに基づき動いています。組織の独立性、自律性を守るうえでこれらの規定は大切ですが、困っている学生のためにマニュアルから外れた対応をした職員が批判されたり、さまざまな例外的ケースに対応するためのマニュアルが大量につくられ続けたりといった問題を引き起こすこともしばしばです。
教員と職員、教学部門と法人部門、本部キャンパスとサテライトキャンパス、文科省や自治体といったさまざまなステークホルダーが存在し、誰の意向を優先すべきか、誰が決断の責任を負うべきかがしばしば曖昧になります。
こうした組織の特徴を踏まえつつ、不都合な点を一つひとつ解消していくことが大切です。コロナ禍ではDX化が進み、学内会議の方法が刷新されたり、遠方の高校生にアプローチできる仕組みが整ったりといった変化もありました。その気になれば変えられることは多いはず。職員の方々の変化に期待しています。
(注記のない写真:y.uemura / PIXTA)