コロナ禍で「埼玉シフト」が進んだ背景

今年も1月に入って首都圏の中学受験が本格化してきた。

2008年のリーマンショック以降、首都圏の中学受験者数は減少したものの、15年に上昇へと転じてからは右肩上がりに増え、ここ数年は高水準で横ばい状態が続いている。

「小学6年生が少子化の影響で減っていますが、東京に変化はなく、千葉、埼玉、神奈川は受験者数が減少しています。しかし、全体的に見ると、やはり23年も横ばい傾向が続くと見ています」

こう話すのは、中学受験のエキスパートで受験界のご意見番でもある森上教育研究所代表取締役社長の森上展安氏だ。今年はコロナ禍3年目となるが、新型コロナウイルスの拡大は中学受験にどのような影響をもたらしているのだろうか。

「2月1日に始まる東京の受験者数が最大ですが、最近は1月10日から始まる埼玉の入試は受験しても、20日から始まる千葉の入試は避ける傾向にありました。本番入試直前のコロナ感染を恐れたためです。とくに難関校は広範囲から受験生が集まりますが、千葉の難関校は受験者が減少する一方、栄東や大宮開成など埼玉の難関校が増加し、埼玉シフトが進んだといえます」

すでに埼玉の学校の中には、地元の生徒は4割程度で、6割が東京や神奈川から通学している生徒になっているところもあるという。コロナ禍をきっかけとして、入試が早い埼玉を受ける家庭が増え、受験生に埼玉の難関校が認識されたことが大きな要因だ。

ただ今年は、渋谷教育学園幕張や市川、東邦大学付属東邦といった千葉の難関校回帰が鮮明になってきているという。これまではコロナ禍で地元志向が進み、専修大学松戸や芝浦工業大学柏、昭和学院秀英などの中堅校が人気だったが、今年はコロナが落ち着いてきたこともあり、着実に学力を身に付けた生徒がより上位校を目指すようになっている。

一方、出題傾向に変化は見られるのだろうか。

「例えば、算数の文章題を丁寧に解くために読解力が要求されるという言い方がありますが、条件設定を正確に細かく伝えようとする出題が増える傾向にあります。これまでは、どこかで見たことがあるような定型の問題も多かったのですが、ここ数年はよく読まないと題意がつかめない問題が多くなっています。国語も同じように説明文と物語文と違う文章を読ませて、それから設問するという傾向になっています。また、解答方式も択一式ではなく、『正解にすべて〇を入れなさい』というように複数の正解を解答する問題も見受けられます。実際、ある学校では5つの選択肢中4つが正解というトリッキーな問題も見られました。文章をきちんと読まないと解けない出題が増えているのです。社会や理科も、国語と融合したような教科をまたいだ出題が見られます」

このように難関校では意表を突くような問題が出題される傾向が強いが、依然として中堅校では習熟問題も多い。コロナ禍での教育に対する配慮もあるようで、全体的にここ数年の出題はやややさしめに設定されているという。

女子美、昭和女子、実践女子などの女子校の倍率が上昇

では、最新の人気校の動向について、森上氏はどう見ているのだろうか。最近は2023年4月に開校する芝国際(東京女子学園)など、校名を変え共学化することで人気が高まる学校が増えている。

「21年に共学化し校名を改称したばかりの広尾学園小石川が首都圏全体で受験者数がトップとなるなど、広尾学園、三田国際学園といった海外大学進学を指向する学校に人気が集まっています。広尾学園には大学の教養課程を先取りして学ぶAP(Advanced Placement)というプログラムもあって、昨年は米ハーバード大学やプリンストン大学など、いわゆるアイビーリーグに5名の合格者を出して注目されました。また、開智日本橋など国際バカロレア(IB)の認定校なども海外大学進学の際に有利なディプロマプログラム(DP)が得られるため、人気が高くなっています」

森上展安(もりがみ・のぶやす)
森上教育研究所 代表取締役社長
早稲田大学法学部卒業。東京第一法律事務所勤務を経て東京・中野の学習塾「ぶQ」の塾長を11年務めた後、1988年に森上教育研究所を創立。中学受験、中高一貫の中等教育分野を対象とする調査、経営コンサルティングを手がける
(撮影:尾形文繁)

一方で、女子校の人気も高くなっているという。女子美術大学付属、昭和女子大学附属昭和、実践女子学園などの女子校の倍率が上昇しており、再び女子校ブームが到来している。

「今の受験生の親御さんが中学受験の頃、まさに女子校ブームだったのです。当時は共学校がありませんでしたが、現在のブームは保護者の意向が影響していると考えられます。女性の社会進出も進んでおり、将来のキャリアがしっかりと見える女子校に注目が集まっているといえるでしょう。1年間の海外留学を必須としているコースがある佼成学園女子は、コロナ禍で海外旅行になかなか行けない中で再び注目され人気になっています」

中位校については、昨年は日本大学豊山や獨協、芝浦工業大学附属、かえつ有明などが人気だったが、ほかにもMARCHの系属校がブームになっていると森上氏は指摘する。

横浜英和は青山学院の系属校となり、1期生の7割が青山学院大学へ進学しました。香蘭女学校は卒業生の8割ほどが立教大学に進学、26年から明治大学の系属校となる日本学園は、29年度から卒業生の7割以上が明治大学に進学できるとしています。直系の付属校とまったく変わらない形で高大接続という流れが系属校から起きている。三輪田学園も法政大学との高大連携を拡充しました。ほかにも、横浜女学院は高大接続の先駆けですが、いろいろな大学と提携して、卒業生のほとんどがキリスト教系の大学に進んでいます。東京女子大や上智大などもキリスト教系の学校と提携して、積極的に生徒の受け入れを進めています」

少子化が進む中で青田買い的な側面があるようにも見えるが、こうした高大接続の流れが今、一挙に押し寄せている。今や大学入試全体の5割超が総合型選抜と学校推薦型選抜が占めるようになる中で、中学受験をする家庭においても「進路が早く決まる分、自分の指向する専門的な教育を早めに進められることが好意的に受け止められている」(森上氏)のだ。

個別最適化、個別指向といった要素を捉えた学校が伸びている

こうした人気校の特徴は「国際」「女子」「高大接続」がキーワードになっているといえる。また最近ではさまざまな入試のタイプがあり、子どもの得意不得意に合わせて学校選びをするのも一つの手だ。

中でも英語は取り組みやすい。英検を持っていると加点されるなどの優遇措置がある学校や英語入試を実施している学校があるほか、国語と英語のみ、国語と算数のみなどの2科目受験がある学校も多くなっている。

公立中高一貫校の近くに位置する学校では、適正検査型入試を導入して受験者数を伸ばしている。両国高等学校附属中に近い安田学園小石川中等教育学校に近い宝仙学園三鷹中等教育学校や武蔵高等学校・附属中に近い聖徳学園は、公立中高一貫校の併願校として人気だ。

ちなみに茨城県では県内トップクラスの高校である土浦第一、水戸第一を含めて22年度までに13校を中高一貫校化し、今や公立の中高一貫校数で全国1位となっている。「県立の進学校に行こうと思えば公立の中高一貫校を検討するようになっており塾も活況。江戸川学園取手や茗溪学園なども適正検査型入試をやるようになった」と森上氏は話す。埼玉や千葉についても、公立一貫校の募集人数が増えており、公立の中学受験が増えると併願で私立の受験者数も増える傾向にある。

今後も過熱することが予想される中学受験。保護者も大変だが、少子化で生徒数が減っていく中、学校も生き残りに必死だ。これからの学校にはどのような要素が必要になってくるのだろうか。

「通常、夫婦で年収800万円もあれば教育で困ることはないのですが、東京で中学受験に臨む家庭の年収は1000万円が平均水準となっています。相応の支払い能力を持った方が多いということになります。つまり、しっかりとした教育方針を示せば、学校の人気が高まるということ。例えば、ドルトン東京の授業料は年間150万円ほどですが、25人の少人数教育と独自のカリキュラムが評価され人気が高まっています。いわば、個別最適化、個別指向といった要素をうまく捉えた学校が伸びているのです。海外の有名大学への進学についても多大な費用がかかりますが、グローバル指向の中で、進学を望む家庭では違和感なく受け止められているといえるでしょう」

今後も志願者数の増加が続き、熾烈な競争となる中学受験。保護者は失敗しないためにも子どもに対して、どのようなことに気をつければいいのだろうか。

「今は子ども1人の家庭が多くなっています。そのため、子どもに期待をかけすぎて、煮詰まってしまう場合があります。子どもを追い込むことは、いちばん危険です。中学受験がすべてではなく、高校受験、大学受験もあります。とくに少子化の影響もあり、高校は難関校でも従来より入りやすくなっているといわれています。中学受験では一部の能力しか測っていないのですから、そこで勝ち負けを意識しないこと。大事なことは、子どもに寄り添っていくことです。そして、子どもたちにさまざまな環境を用意して、学校以外の学習歴もつくっていくことで、子どもたちの好奇心を育んでいくサポートをしていくこと。それが何よりも大事だといえるでしょう」

(文:國貞文隆、注記のない写真:CHAI / PIXTA)