教員になって初めて「怒りまくる」自分と出会う

――松下さんはアンガーマネジメントの資格を複数取得しています。資格を取ろうと思ったきっかけを教えてください。

担任をしていたクラスのある男子に、ものすごく怒ったんです。遠足のとき、班行動なのに勝手に動き回り、同じ班の女子をほったらかしにして泣かせたんですよ。カチンときてしまって、非常に強く怒りました。

そうしたら、よほど怖かったのか、翌日に休んでしまったんです。どちらかというとやんちゃなタイプで、打たれ強いと思っていた子だったので、まさかと思いました。同時に、やりすぎてしまったと気づいたんです。このままエスカレートすると、取り返しがつかないほど子どもを傷つけてしまうかもしれない。そうしたら職を失って家族にも迷惑をかけてしまうと思って、その児童と保護者に謝罪をしたあと、アンガーマネジメントの勉強をはじめました。

――それまでも、よく児童のことを怒っていたのでしょうか。

怒りまくっていました。とくに、いじめなど人を傷つけるようなことをしたことがわかると、その瞬間に正義感からか怒りのスイッチが入るんです。例えば放課後に保護者から「うちの子がこんなことをやられています」といった電話を受けたらすぐスイッチが入って、帰り道や次の日の出勤時にずっと「どう怒ろうか、なんて言おうか」とシミュレーションを繰り返してしまいます。

――もともと怒りっぽい性格だったのですか?

実は違うんです。最初は、自分でもなんでこんなに怒りの感情が湧くのかわかりませんでした。学生のときの教育実習では怒ったこともなくて、初任で担任をもったら一気にきましたね。

個人的な意見ですが、そういう先生はたくさんいると思うんですよ。クラスに30人以上いたら、やったらいけないことをついやっちゃったり、「言ったらあかん」と頭ではわかっていても口にしたりして、友だちを傷つけてしまう子がやはりいます。担任の先生は、それに対して指導をしなければなりませんから、反射的に怒ってしまうわけです。ふだんは穏やかでも別人格になって、スイッチが入るような感覚でしょうか。

僕の場合、自分自身も先生に怒られてきたので、それが子どもと向き合うことだと思っていた部分はあります。『みにくいアヒルの子』というテレビドラマ(1996年放映)を見て、不器用ながらも全力で、熱く子どもたちにぶつかる主人公の小学校教員に憧れたこともあって、子どものために怒るのはむしろ正しいと思っていました。

「いかに気をそらすか」が6秒ルールの肝

――そうしたマインドセットを変えるのは大変だと思いますが、アンガーマネジメントを学ぶことで変えることができたのでしょうか。

スイッチがすぐに入っちゃうことはだいぶ減りました。アンガーマネジメントは、怒りの感情を否定していないんですよ。生き物にとって大切なものだという考え方のもと、怒りをコントロールする手法なので、気持ちに余裕が持てるようになりました。

松下隼司(まつした・じゅんじ)
大阪府公立小学校教諭。第4回全日本ダンス教育指導者指導技術コンクールで文部科学大臣賞、第69回(2020年度)読売教育賞 健康・体力づくり部門優秀賞、大神神社短歌祭額田王賞、Presentation Award 2020 @Online優秀賞など。著書に『むずかしい学級の空気をかえる 楽級経営』(東洋館出版社)、『教師のしくじり大全 これまでの失敗とその改善策』(フォーラム・A)、絵本『ぼく、わたしのトリセツ』(アメージング出版)、『せんせいって』(みらいパブリッシング)。2025年7月に『先生を続けるための「演じる」仕事術』(かもがわ出版)を上梓する予定
(写真:本人提供)

かなり勉強したという事実も、抑止力になっています。僕は日本アンガーマネジメント協会の講座を受けたのですが、基本的な知識を持っていることを証明する資格のほか、講座やセミナーを開催できるファシリテーターという資格と、子どもたちに教えられるキッズインストラクターという資格も取得しました。時間だけでなく、お金もあわせて20万円くらいかけたので、「そこまでやったんだから」という思いはあります。

――アンガーマネジメントというと、怒りを感じたときに6秒間待つ「6秒ルール」が有名です。

「6秒ルール」、僕には合いませんでした。6秒じっと数えて「我慢できたぞ!」という気持ちになっても、怒りはおさまらないんです。むしろ、時間が経てば経つほど怒りが積み重なっていくんですよ。だから、日本アンガーマネジメント協会の講座を受けたときに聞いたんです。「なぜ6秒なんですか?」と。そうしたら、「昔は4秒だった」と教えてくれたんです。

――6秒という時間自体にはそれほど意味がないということでしょうか。

単にカウントするのではなく、いかに気をそらすかが大切だということです。「6秒間待つ」も気のそらし方なんですよね。怒りの対象を見ないようにしたり、その場を離れたり。アンガーマネジメントの理論や手法をいろいろと学びましたけれども、子どもも教え方も一人ひとり違うように、自分に合った気のそらし方を探すのが一番だと思います。

必要以上に穏やかになり、「叱れなくなった」苦い経験も

――怒りをコントロールしながら、児童に適切な指導をするのは簡単ではない気がします。

これは難しかったです。とくに、アンガーマネジメントの資格を取得したときは、あまりにもたくさんの勉強をしたので、頭でっかちになってしまって苦しい思いをしました。「冷静にならなければ」と、「子どもたちを傷つけないよう笑顔でいなければ」という意識が強すぎて、叱るべき場面でも必要以上に穏やかになってしまったんです。

そのせいで、子どもたちの信頼を失ってしまいました。6年生のクラスの担任をしていたのですが、「先生、あの子たちが自分勝手なことをして私たちは迷惑しているのに、なんでちゃんと叱ってくれへんの?」と言われてしまって。「いやでも、大きな声を出すのはよくないからなあ」などと言い訳をしているうちに、どんどん子どもたちの心が離れていくのがわかりました。

――どうやってその状況を改善していったんですか?

叱るときは叱らなくてはいけないので、短く終えるようにしました。かつ、終えるときは思わず笑えるようなオチをつけるようにしたんです。みんなの前で叱らないと意味がない内容のときは、いくら短くても叱ったままだとクラスの雰囲気が悪くなってしまいます。叱りながらオチを探すので、僕自身も冷静になれます。例えば、「また同じことやってるんか……と◯◯くんのお母さんは言うと思うで」というように言葉を付け加えると、空気が緩みます。

あとは、怒りの気持ちをそらすよう工夫しています。家族の写真を教室と職員室の机の上に置いているのもそうです。怒りを感じても、写真を見たら「爆発したら家族に迷惑をかける」と思えますから。

また、教室の後ろの壁に学級目標を掲示しているんですが、僕の目標として「笑顔」と「楽級」の2つを並べています。「楽級」は楽しいクラスという意味です。クラスの子どもたちの顔越しに見えるようにしているので、怒りを感じたらそれを見て、「怒って楽しいクラスを壊してはいけない」と思えるようにしています。

――視覚的な工夫もされているんですね。

今所属している学校では、コピー機の前に「パワハラチェック項目リスト」が貼ってあって、コピー待ちのときに目に入るんです。日常的に読む仕組みがあるからか、パワハラは一切ないですね。

アンガーマネジメントの学びを、教員として成長するきっかけに

――自分に合わせて、怒りの感情がおさまる仕掛けを見つけることが大事ですね。

アンガーマネジメントの手法は、気をそらすとか場所を離れるとかいろいろあるんです。それをそのまま使うのではなく、学校現場の状況や自分の特性を踏まえて応用しています。

例えば、トラブルがあって子どもから話を聞くとき、対面ではなく横に座るようになりました。そうすると目線も同じにできますし、自然に声のボリュームも落とせます。大きな声を出せば出すほど怒りの感情は大きくなるので、横に位置するだけでそれが防げます。

怒りやイライラの感情ができるだけ湧かないように、子どもたちとの接し方も考えるようになりました。たとえば、明らかに子どもが悪いトラブルが起きたとき、どうしても怒りが湧いていたんですが、最初に「あなたはね、本当はいい子なんだよ」と一言かけるようにしたんです。そうしたら、すごく優しい気持ちになれるようになりました。

もう1つ、下の名前を活用することもおすすめです。児童の名前を下の名前で呼びかけると、素直に聞き入れてくれやすいんです。家庭で呼ばれ慣れているからだと思います。また、自分も下の名前で「隼司先生」と呼んでもらうと落ち着いて話せると感じています。

――逆にいえば、そうやって工夫しないと怒りやイライラが湧きやすい要素がたくさんあるということでしょうか。

少なくとも僕にとってはそうでした。小学校はやはり余裕がないと感じます。空き時間も少なく、しかも毎時間異なる教科の授業なので、準備が入念にできないものも出てきます。しかも1人で30人、40人を見なければならない。この余裕のなさは、アンガーマネジメントを学んで怒りと向き合ったことで改めて感じるようになりました。

そういう意味では、アンガーマネジメントの研修も増えましたけど、理論や手法を学ぶだけでなく、僕がしたような失敗例を聞く機会もあるといいんじゃないかと思います。実際にはそういう話はほとんど表に出ないので、研修のときだけでも生の体験を聞く機会があると、自分自身を見つめ直すきっかけにもなるのではないでしょうか。

――確かに、松下さんのお話を伺っていると、怒りのコントロールだけでなく、教え方や児童との接し方をアップデートするきっかけにしているのが印象的です。

授業や学級経営、子ども、保護者への対応とアンガーマネジメントはつながっていると感じます。授業中に子どもが手を挙げなかったり、手遊びしていたりすると子どものせいにしてしまいますが、それは授業のやり方がよくないのかもしれませんよね。

授業や子どもへの対応がうまくなれば、怒る感情が湧くきっかけがどんどん減っていくわけですから、アンガーマネジメントをただ学ぶだけでなく、授業や子ども、保護者への対応に生かすことが大切だと思います。

(文:高橋秀和、注記のない写真:つむぎ / PIXTA)