被害を受けた子が、嫌だと感じたらいじめと見なす

文部科学省が毎年行っている「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」によれば、2019年度に認知されたいじめの件数は61万2496件で、5年連続の過去最多更新となった。いじめ防止対策推進法が施行された一方、少子高齢化で子どもの数は確実に減ってきているのに、いじめはなぜ増え続けるのか。

この疑問に山﨑聡一郎氏は「いじめの定義に関係がある」と指摘する。

「かつては、いじめの定義が狭かったほか、明らかにいじめと見なされる行為があっても学校は報告しないということがたくさんありました。この反省から、今は被害を受けた子が嫌だと感じたらいじめと見なす、という広い定義になっています。そういう定義で文科省が調査し、報告しなさいと言うので学校側も軽微ないじめを積極的に報告するようになり(軽いいじめも見逃さないようにしているから)、認知件数が増えているのです」

実際、認知件数の増加については、学校の姿勢が積極的になっているためだとして、文科省もポジティブに評価している。そこは誤解のないように注意する必要があるだろう。

いじめられた子どもは自分に落ち度があると思いがち

いじめが実際にどれくらい行われているか、正確に調べる方法は今のところない。いくら広い定義にしても、いじめられた子どもが保護者や教師に言うとは限らないからだ。上記の調査にしても、あくまでも認知された件数で、正確ないじめの件数ではない。そして、いじめられた子どもが自殺に追い込まれる最悪のケースがあっても、裁判になり、被害者側が勝訴したという例は極めてまれである。

「いじめによって自殺したという因果関係を証明するのは、よほどはっきりした証拠がない限り極めて難しいからです。ただ、殴る蹴るといった暴力行為や物を盗るといった行為は、たとえ子どもでも犯罪の領域になります。私の著書『こども六法』はそうしたいじめにフォーカスしたもので、その場合、先生に相談したほうがいいし、先生が対応してくれないのなら警察に訴えてもいい。法務省や弁護士会が設けている相談窓口もあることを紹介しています」

(撮影:尾形文繁)

いじめられた子どもは往々にして自分に落ち度があると思いがちだ。たとえ落ち度があったとしても、それでいじめが正当化されるわけではない。

「いじめられて誰かに助けを求めることができなくても、自分が悪いわけではないと思えれば、死ぬところまでいくのは食い止められるのではないでしょうか。そういう意味でも、自分の意見を根拠を持って主張できる力が必要ですし、自分が受けているいじめは法律に反していると根拠づけることもできるようになることが望ましい」

山﨑氏はそう言って、法教育の必要性を説く。

なぜ、大人たちはいじめに気がつかないのか

それにしても大人がいじめに気がつきにくいのはなぜだろうか。

何より、いじめられている子どもが、教師や保護者に打ち明けないということがまずある。意地、プライド、あるいは言ったらさらにいじめがエスカレートするのではという恐怖、大人に言ってもどうせ理解してもらえないという諦観、等々のさまざまな思いがない交ぜになって、子どもは打ち明けない、打ち明けられないことが多い。

それに加えて山﨑氏はいじめの形態の変化を指摘する。

「今は、殴るとか蹴るといった直接的な暴力を与えるいじめから、間接的ないじめにシフトしてきています。例えばスマホを使い、誰か特定の子どもだけを仲間外れにするとか。だから保護者や教師は気がつきにくいのでしょう。ただ、コミュニケーションを阻害するタイプのいじめが、直接的な暴力によるいじめより軽いかというと、必ずしもそうではありません。むしろそうした精神的ないじめのほうが、子どもに与えるダメージは大きいという研究もあります」

スマホやSNSがいじめを引き起こしているわけではなく、「昔からあったいじめの形態が、そのフィールドをスマホやSNSに移しているだけ」と山﨑氏は話す

20年11月に東京・町田市の小学6年生の児童がいじめを訴えて自殺した問題でも、学校に配備された端末のチャット機能を使って一部のいじめが行われていたという。そうした事例を知ると、大人は「だから端末やスマホなどを持たせるべきではないのだ」と、ツールを問題視しがちだ。しかしツールはあくまでもツールにすぎず、本質的な原因ではない。

「スマホやSNSがいじめを引き起こしているわけではありません。昔からあったいじめの形態が、そのフィールドをスマホやSNSに移しているだけです。にもかかわらずスマホを取り上げたりすると、いじめられた側も含めた子どもの恨みを買うだけで、いいことは何もありません。いじめる側は別のツールを使うようになるでしょう。スマホやSNSでどのようないじめが行われているか、まずそれを知ることが大事です」

いじめに気づきやすくする方法

子どもが言わないのなら、もっと注意深く観察すればいいという考え方もある。しかし注意深く観察されたりしたら、子どもはより注意深く隠そうとする。あるいはもっと陰湿ないじめになるかもしれない。大人にとって観察し続けるのは決して楽ではないし、どこかに必ず隙が生まれる。子どもはそこを見逃さない。ではどうすればいいのか。

「いじめに気がつかないわけがないと豪語する先生たちに聞くと、『教室に入ったときの雰囲気でわかる』という答えが多いので、想像を絶するくらいの敏感さに驚いたことがあります。でもそれは毎日教室に入り、雰囲気を感じているからできることなのです。学校というのは、朝礼から始まって授業に至るまでルーティン化されている面があります。毎日同じことを同じ手順で繰り返す。だからこそ先生はちょっとした変化に気づくことができるのです」

(撮影:尾形文繁)

ならば、保護者はどうすればいいのか。

「おはよう、行ってらっしゃい、おかえり、今日学校どうだった、という定型文化したあいさつを毎日繰り返す、つまりルーティン化しておくことがポイントです。『今日、学校どうだった』と聞けば大抵の子どもは毎回『別に』とか『普通』と返すでしょう。それを365日繰り返していると、ある時、いつもとニュアンスやトーンの違う『別に』が返ってきたときに気がつくようになるはずです」

共働きで、子どもと共有する時間が少ない保護者も多い。それでも「おはよう」や「ご飯だよ」など、毎日続けられる最低限のコミュニケーションはあるはず。面と向かって言うことができないときはそれこそスマホでもいいだろう。

もう1つ、いじめの新しいタイプを知っておくことも大事なポイントだ。

「最近注目されているのは、ステータスメッセージ(ステメ)いじめです。LINEで自分の気持ちなどを一言で伝える小さなスペースがあるのですが、そこで例えば『私は教科書を忘れたことなんてないな』と書く。普通に考えればいじめでも何でもない言葉です。でも、その日、教科書を忘れた子が同じクラスにいたら、その子は自分のことだとわかるし、ほかの子も『あぁ、あの子のことだ』とわかるでしょう」

そういう新しいタイプのいじめがあることを知らなければ、まず気づくことはできないし、対処のしようもないのである。知ったうえで、子どもたちにツールの使い方や気をつけるべきことなどを伝えることも必要だ。

子どもの相談にどう対応するべきか

「何かあったら相談しなさい」。大抵の大人は子どもにそう言う。そして実際に(レアケースではあるが)子どもが相談すると、「もっと強くなればいい」とか「あなたにも何か問題があるんじゃないの」とその場しのぎのような対応をする。それでは「やっぱり相談しても意味がない」と諦め、二度と相談には来なくなる。もちろん「今、忙しいんだ」と突き放すのは論外だ。

「きちんと話を聞くこと。しかし、問い詰めるようなことをしては逆効果です。子どもが話したいところまで聞き、それ以上先を聞き出すようなことをしてはいけません。そして話を聞いたうえで、暴力や無視があるのならまずそれを止めること。そのためには学校も含めて情報を共有することが大事ですし、場合によっては出席停止にするなどの対応も必要でしょう。いじめの『行為』がストップされるための対策は急ぐべきです」

一方で、いじめた側に反省させることを急いではいけないという。そこを急ぐと反省したポーズを取るだけになりがちだからだ。いじめられた側も、その子が本当に反省していないことを感じ取るため結局、相互の不信感は解消されない。そうすると別のいじめ行為にエスカレートしたり、ますます水面下に潜ったりすることもある。では、どうすればいいのか。

「どうしていじめたのか、そのプロセスをいじめた子自身に振り返らせ、その子が何か問題やストレスを抱えていたのであれば、それをいじめ以外の方法で解決できなかったのか考えさせる。そうすればその子も問題を解決できる力を身に付けることができるかもしれませんし、本当の反省につながり、いじめた子との人間関係も修復できるでしょう。それには時間がかかることを覚悟すべきです」

自分の子どもがいじめられていることに気がついて、いきなり学校に怒鳴り込む親が時としている。しかし、いじめを解決するには保護者と学校がタッグを組むことが必要。突然怒鳴り込んだりしたらモンスターペアレントと見なされ、学校との関係が悪くなってしまうだけ。学校がきちんと対応しなかったり、いじめを隠蔽していたりしたらそれはいじめ防止対策推進法に反した行為なので、教育委員会や弁護士会など学校以外の機関に相談したほうがいい。

「子ども同士に限らず、いじめは人間関係のある所で必ず起きるものです。だから完全になくすことは不可能です。むしろいじめに気がついた大人は、それが起きないようにするにはどうすればいいか、難しい問題をどう乗り越えていくか、そういうことを子どもに理解させるいい教育のチャンスだと考えてみてはどうでしょうか」

確かに大人の社会にもいじめはある。そして、そんないじめに気がついたとき、見て見ぬふりをしている大人も少なくない。子どもの時に受けたいじめは、その子の将来にも大きな影響を与える。いじめに遭っているのではないか、少しでもそう感じたら、全力で向き合わなくてはならない。

山﨑聡一郎(やまさき・そういちろう)
教育研究者、慶應義塾大学SFC研究所所員、ミュージカル俳優、合同会社Art&Arts社長、写真家
小学校の時、骨折するほどの暴力を伴ういじめの被害に遭う。加害者と距離を置くために中学受験をして私立中学校に入学するが、中学では逆にいじめの加害者を経験する。いじめの被害経験がある自分が加害者になることはないと考えていたために大きな衝撃を受ける。こうした自身の経験を踏まえ、大学ではいじめの問題について研究したいと考えるようになり「法教育を通じたいじめ問題解決」をテーマとして研究活動を開始した。著書に『こども六法』(弘文堂)、『こども六法ネクスト おとなを動かす悩み相談クエスト』(小学館)、『10代の君に伝えたい 学校で悩むぼくが見つけた未来を切りひらく思考』(朝日新聞出版)など多数。ミュージカル俳優や写真家としての顔も持つ
(撮影:尾形文繁)

(文:崎谷武彦、注記のない写真:iStock)