新校長「ぐいぐい引っ張るようなリーダーシップは封印」

イエナプラン教育は1924年にドイツで生まれた。異年齢の子どもたちが1つのグループで共に活動することが特徴的で、その後とくにオランダで広まり発展した教育法だ。日本では2019年に、長野県佐久穂町で全国初となる同教育の認定校「大日向小学校」が誕生した。学習においては「ブロックアワー」と呼ばれる基礎学習(教科学習)と、探究型総合学習である「ワールドオリエンテーション」を中心に、子どもたち自身が学習計画を立てる。入学者の7割を県外からの移住者が占めるなど、その先進的な方針は大きな話題となった。

そして22年4月、フリースクールとして運営されてきた中等部を再編する形で「大日向中学校」が開校された。校長を務めるのは一般公募で採用された長沼豊氏。ボランティア教育や特別活動、シティズンシップ教育などに造詣が深く、部活動については文化庁のガイドライン策定にも携わるなど、多分野で活躍してきた教育界のベテランだ。3月まで学習院大学の教授でもあった同氏は、新たなポジションを「自分自身の挑戦でもある」と語る。

「これまで教育分野でさまざまな研究をしてきましたが、近年、そのすべては『人はいかにして主体的に生きることができるか』ということにつながっていたと考えるようになりました。そうした力をつけるためには、学校はなるべく社会の縮図であることが望ましい。同じ年齢の人だけが集まっているなんて、実社会ではありえませんよね。イエナプランには以前から興味を持ち研究をしていましたし、大日向小を実際に見学したこともありました。もともと中学校教員だったこともあり、現場に戻るのもいいかもしれないと思って、中学校の校長公募にダメ元でチャレンジしたのです」

長沼 豊(ながぬま・ゆたか)
大日向中学校校長
大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了、博士(人間科学)。日本部活動学会副会長。2013年の学習院大学教育学科開設に携わり、その後も教員養成に尽力。日本特別活動学会会長、日本ボランティア学習協会理事、日本シティズンシップ教育学会副会長、一般社団法人生徒会活動支援協会顧問、板橋区教育委員会委員などを歴任。教科外教育(特別活動、部活動、ボランティア学習、シティズンシップ教育など)を中心に研究している。2022年4月から現職

現在の中学校生徒は1年生が12人、2年生が4人、3年生が5人の21人。その多くを大日向小や旧中等部からの進学者が占めるという。小学校では小1から小3、小4から小6の2つの異年齢クラスに分かれるが、中学校では3学年で1クラスとなっている。

「すばらしいと思ったのは、4月の1週目の時点ですでに、どの子が外部からの入学者なのかわからないぐらいなじめていたことです。イエナプランで育ってきた子どもたちが、新しい仲間をとても上手に受け入れている。子どもと教員と保護者と、みんなでつくっていく学校だからこその雰囲気だと思います。ここでは校長である私がぐいぐい引っ張るようなリーダーシップは必要ない。これまでのスキルや経験をあえて封印もしながら、互いを認め、協働する土壌をさらに育てていきたいと考えています」

一条校として、従来型教育に接続する高校受験にも対応

開校初年度である今年、中学校ならではの新たな課題に、教員たちは試行錯誤を続ける日々だ。

例えば思春期を迎える中学生にとって、小学生と同じように寄り添われることは必ずしも心地よいものではない。中学校の定員は90人(3クラス)だが、現在はまだ生徒数が少ないため、大日向中では生徒1人当たりに対する教員数が多い。恵まれた環境ともいえる状況だが、長沼氏は「私も時々教室に行くのですが、生徒に『やだー、なんでこんな大人がいるの?』なんて言われてしまうこともあります」と笑う。

「大人の目が届かないところで失敗したり成功したりすることも、思春期における大切な学びです。自立を促すために、教員の数も接し方も過剰にならないよう気を配っています」

適切な距離を測りながら、より繊細になる心や学びのケアを実現するのは、そう簡単なことではないだろう。すべての教員がすべての生徒を見る同校では、放課後のミーティングで、教員同士が生徒に関するこまやかな情報共有を行っている。

山に抱かれた自然豊かな立地。小学校とは隣同士で行き来もしやすい

また、一条校になったことで、学習指導要領に沿ったカリキュラムの厳正化も必要になった。ブロックアワーで規定の授業時間数を満たせるのか、ワールドオリエンテーションをどのようなバランスで教科に当てはめればいいのか。カリキュラムは日進月歩の状態で改善を続けているという。

さらに中学卒業に向けた「出口戦略」も新たな課題だ。大日向小中では1~5といった学習評価をつけず、子どもが注力したことを自ら発表し、保護者や教員と共有する形をとっている。だが中3が高校を受験する際には、対外的に「内申点」をつけなければならない。

従来型教育では、とくに中学から高校ぐらいまでの年齢層で、先輩・後輩といった縦割りの関係性が顕著になる。大学進学をめぐっての評価も、まだまだテストの点数がものをいう環境だ。イエナプラン教育を受けてきた生徒たちは、そうした日本式教育への順応を急激に求められることにもなる。だが長沼氏は次のように語る。

「カリキュラムや入試制度への対応は学校にとっての課題ですが、子どもたちが教育体制に対応できるかについては、生徒たちの力を信じています。本校では『自立』を大きなテーマの1つとして教育を行っています。どんな環境でもやっていける人を育てることが目標であり、それがわれわれの使命でもあるからです」

異年齢の子どもと一緒に過ごすことは、同質性の高い一般的なクラスにいるよりも子どもの寛容性を育むだろう。長沼氏はさらに、自身のボランティア教育などの知見を生かし、社会と関わる活動も行いたいと考えている。

「現在も佐久穂町の方と一緒にプルーン栽培を行っていますが、もっと大胆に、地域社会に子どもが根差すことができるような取り組みができればと思います。そうした経験がより多様性への理解を深め、市民性を培うことにもつながるでしょう」

学力向上も外せない「150年変わらずにきた教育への挑戦」

大日向小中はイエナプラン教育の方針が注目されがちだが、学校として「学力を上げることは外すことのできないターゲット」だと長沼氏は言う。

「まずは日本でもイエナプラン教育がやれるんだという実績を示すことは最重要課題です。お隣にある大日向小とも相談しながら、9年間を見通したカリキュラムを作りたいと考えています」

「しなければならない課題」だけでなく、「自分自身が選択した内容」を自立的に学ぶブロックアワーなら、一人ひとりの理解度に応じて自由に進んだり戻ったりすることができる。連携の密な小中一貫体制でそうした学びを展開することによって、より柔軟でシームレスな個別最適化を目指している。長沼氏は小学校の教員を「3年先を歩く先輩」と称し、カリキュラム作りや個々の学習などについても小中間で共有する。日常の指導でも、小学校の教員が休むときには中学の教員がヘルプに入ることもあるという。

「理解が早く先に進む子どもをやっかんだり、後に戻って復習する子どもを笑ったりするような空気もありません。学校の方針に共感してくれている家庭ばかりだからか、多様性を認め合う力はすでに子どもたちの中に根付いているようです」

それぞれの子どもに異なる学びを提供するとなると、教員の負担は大きくなる。だが大日向小中の教員は「みんなとてもいい雰囲気で、気概と信念を持って取り組んでいます」と長沼氏は語る。その根底にはやはり、イエナプラン教育の精神があると説明する。

「私が大日向中でテーマにしているのは『抑圧からの解放』です。子どもがいかに主体的に『私らしさ』を体現することができるか、人間らしく抑圧されずにいることができるか。そのためには平和主義的な対話が欠かせないし、子どもたちにそう教えるには教員も抑圧されずにいなければなりません。だから教員同士の関係性もとても重視しています。子どもたちだけでなく教員や保護者も協働できる環境では、私もほかの先生方も、とても自然体でいられるのです」

イエナプラン教育の精神にのっとり、同校では教員間でも対話を心がけている。さらにいいところは褒め合い、互いの自己有用感を高めているという。

「異年齢の子どもでクラスを形成するなど、イエナプランの方針はいわば150年変わらずにきた日本の教育への挑戦です。本校はまだ新しく現在進行形の学校ですが、そもそも教育とは、つねによりよい完成形を目指しながら進んでいくものだと思います。子どもや保護者、地域の方とも一体になって試行錯誤しながら、理想とする姿を探っていきたいと考えています」

(文:鈴木絢子、写真:すべて長沼豊氏提供)