受験、内申点…日本初の「イエナプラン中学」大日向中学校が挑む課題 小学校と連携し、9年間を見通して学力向上へ
「すばらしいと思ったのは、4月の1週目の時点ですでに、どの子が外部からの入学者なのかわからないぐらいなじめていたことです。イエナプランで育ってきた子どもたちが、新しい仲間をとても上手に受け入れている。子どもと教員と保護者と、みんなでつくっていく学校だからこその雰囲気だと思います。ここでは校長である私がぐいぐい引っ張るようなリーダーシップは必要ない。これまでのスキルや経験をあえて封印もしながら、互いを認め、協働する土壌をさらに育てていきたいと考えています」
一条校として、従来型教育に接続する高校受験にも対応
開校初年度である今年、中学校ならではの新たな課題に、教員たちは試行錯誤を続ける日々だ。
例えば思春期を迎える中学生にとって、小学生と同じように寄り添われることは必ずしも心地よいものではない。中学校の定員は90人(3クラス)だが、現在はまだ生徒数が少ないため、大日向中では生徒1人当たりに対する教員数が多い。恵まれた環境ともいえる状況だが、長沼氏は「私も時々教室に行くのですが、生徒に『やだー、なんでこんな大人がいるの?』なんて言われてしまうこともあります」と笑う。
「大人の目が届かないところで失敗したり成功したりすることも、思春期における大切な学びです。自立を促すために、教員の数も接し方も過剰にならないよう気を配っています」
適切な距離を測りながら、より繊細になる心や学びのケアを実現するのは、そう簡単なことではないだろう。すべての教員がすべての生徒を見る同校では、放課後のミーティングで、教員同士が生徒に関するこまやかな情報共有を行っている。

また、一条校になったことで、学習指導要領に沿ったカリキュラムの厳正化も必要になった。ブロックアワーで規定の授業時間数を満たせるのか、ワールドオリエンテーションをどのようなバランスで教科に当てはめればいいのか。カリキュラムは日進月歩の状態で改善を続けているという。
さらに中学卒業に向けた「出口戦略」も新たな課題だ。大日向小中では1~5といった学習評価をつけず、子どもが注力したことを自ら発表し、保護者や教員と共有する形をとっている。だが中3が高校を受験する際には、対外的に「内申点」をつけなければならない。
従来型教育では、とくに中学から高校ぐらいまでの年齢層で、先輩・後輩といった縦割りの関係性が顕著になる。大学進学をめぐっての評価も、まだまだテストの点数がものをいう環境だ。イエナプラン教育を受けてきた生徒たちは、そうした日本式教育への順応を急激に求められることにもなる。だが長沼氏は次のように語る。
「カリキュラムや入試制度への対応は学校にとっての課題ですが、子どもたちが教育体制に対応できるかについては、生徒たちの力を信じています。本校では『自立』を大きなテーマの1つとして教育を行っています。どんな環境でもやっていける人を育てることが目標であり、それがわれわれの使命でもあるからです」
異年齢の子どもと一緒に過ごすことは、同質性の高い一般的なクラスにいるよりも子どもの寛容性を育むだろう。長沼氏はさらに、自身のボランティア教育などの知見を生かし、社会と関わる活動も行いたいと考えている。
「現在も佐久穂町の方と一緒にプルーン栽培を行っていますが、もっと大胆に、地域社会に子どもが根差すことができるような取り組みができればと思います。そうした経験がより多様性への理解を深め、市民性を培うことにもつながるでしょう」