学区外からも応募が集中

オルタナティブ教育の1つとして知られる「イエナプラン」。ドイツの教育学者であるペーター・ペーターセンが創始し、1960年代ごろからオランダで広まった。現在オランダでは、イエナプラン教育を展開する小学校が200校以上あるという。

イエナプランは、独自の教育コンセプト「20の原則」の下、異年齢集団で活動するのが大きな特徴だ。対話・遊び・仕事(学習)・催し(行事)という4つの活動を通じて、1人ひとりの個性を尊重しながら自律と共生を学んでいく。近年、日本でも活動を取り入れる学校や塾があり、教育に関心の高い保護者からも期待を集めている。

こうした中、日本でイエナプランスクール認定校として2校目、公立では初となる予定であるのが、2022年春に福山市に創設される小学校だ。学校再編で閉校予定の同市立常石小学校(以下、常石小)の施設を活用する形で開校する。そのため、20年度と21年度を移行期間としており、すでに同校の低学年(1~3年生)はすべての教育活動を、高学年(4~6年生)は一部の教育活動を異年齢集団で行っている。

低学年はすべての教育活動を異年齢集団で実施。現在、約20名×2クラス

21年度の新低学年の受け入れに当たって20年10月に行った説明会には、延べ202名が参加。市内全域の在住者が対象だが、移住者も受け入れており、東京都や埼玉県などから参加した保護者もいた。入学が決まった約20名のうち半分は市外からの応募だったといい、注目の高さがうかがえる。

福山市が目指す教育に一致した

なぜ常石小は、イエナプラン教育を軸に据えることになったのか。同市教育委員会事務局 学校教育部学びづくり課の課長を務める井上博貴氏は「実は当初からイエナプラン教育をやりたかったわけではない」と説明する。

16年、同市は「変化の激しい社会をたくましく生き抜く子ども」の育成を目指す「福山100NEN教育」を宣言している。その一環で、認知科学者の協力を得て2つの小学校の1年生を1年間毎日観察し、言葉や数の習得過程を研究した。すると、「1人ひとりの学ぶスピードや理解度が異なることが改めて確認された」(井上氏)という。

「この調査結果を受けて従来の一斉授業やテストのあり方を見直すことにしました。子ども主体の学びを目指し、18年から7つのパイロット校を中心に各教科や総合的な学習の時間に異年齢での学びを実施し始めたのです」(井上氏)

海と造船所の近くに立地する常石小学校

そんな中、同市教育長の三好雅章氏は、広島県教育長の平川理恵氏が市町教育長に呼びかけたオランダ視察に同行し、イエナプランと出合う。同市が目指す学びとぴったり一致していると感じたそうだ。さらに地元企業の常石グループが新しい学校づくりへの協力を申し出たことも重なり、常石小の施設を活用してイエナプラン校を創設するに至ったという。

イエナプラン教育「1日の流れ」

常石小では、前述した対話・遊び・仕事(学習)・催し(行事)という4つの基本活動を基に時間割を組んでいる。校長の甲斐和子氏は、「区切った時間はあくまで目安。チャイムもなく、子どもたちの様子に合わせて活動を進めます」と説明する。

1日の流れを見ていこう。まず朝は、登校すると児童たちは外で遊んだり読書したり、各自思い思いに過ごす。そして、8時35分から「サークル対話」が始まる。

「対話・仕事・遊び・催し」という4つの活動をリズミカルに組み合わせて構成。図は常石小学校の教育活動を基に東洋経済作成

「『土日は何をした?』と話す日もあれば、子ども新聞の記事が話題になる日もあり、とくにテーマに決まりはありません。終了時間もまちまちで、子どもたちの様子に応じて『仕事』に移っていきます」(甲斐氏)

「仕事」とは、学習の時間を意味し、中でも児童が自分で教科の学習を進める自立学習の時間を「ブロックアワー」と呼んでいる。児童は事前に1週間分、あるいは翌日分など学びの計画を自身で立てており、それを実行していく。

朝の様子(左上)。サークル対話(右上)。低学年のブロックアワー(左下、右下)

また、この時間には適宜、教員による単元の導入や、みんなで一緒に取り組む活動も取り入れている。例えば低学年なら、「掛け算をやるから2年生集まって」と言って学年単位で学ぶこともあれば、「円の中心とは」といった問いについて異学年合同で話し合うこともある。

異学年合同で話し合うことも

学習場所が自由である点も興味深い。教室は「居心地のよいリビングルーム」というコンセプトで物の配置や装飾を子どもたち自身が行っているが、その中のどこにいてもいいし、廊下など別の場所で勉強しても構わないのだ。

廊下で学ぶ児童もおり、学習場所は自由

「先日も、3年生が理科室で勉強していたら1~2年生がふらっとやって来て、一緒に勉強し始めました。みんな好きな場所で好きなようにとても伸びやかに学んでいます」(甲斐氏)

遊びの時間などを挟み、午後は「ワールドオリエンテーション」。これも「仕事」で、教科横断的に個人もしくは協働で探究する学びの時間となる。最近では、低学年は社会科の学習とも関連のある「昔の暮らし」というテーマで探究に取り組んだ。

ワールドオリエンテーションの様子

「このテーマは祖父母の時代との比較を想定して私たちが設定したのですが、子どもたちは時代をさらにさかのぼって山城の跡地を見に行ったり、恐竜の時代を一生懸命調べて年表にまとめたり。みんな学びが面白いと思ってくれているのだなと感じました」(甲斐氏)

このほか、虫に興味を持った児童が多いことを受けてセミをテーマに設定するなど、児童の関心に合わせてテーマを決めることも多い。探究の成果は、「催し」の時間などに発表するという。1日の最後は振り返りとして再び「サークル対話」を行い、帰宅となる。

「異年齢を感じなくなってきた」

単元が終わるごとにプリントを、学期末には担任が自作したテストを使って学びの状況を確認しているため、個々の進度が異なることはあまり問題にならないという。

評価もいわゆる通知表は用いない。日頃から、作文や絵、算数のプリントなどの学習成果物を各自でファイリングしており、学期末にその中から児童が保護者に伝えたいものを厳選し、「学習ポートフォリオ」を作るという。そして、このポートフォリオと各教科のテスト記録を基に、教員と保護者、児童の三者懇談を行い、評価を返す形をとっている。「子どもを学びの当事者として主役に置いて一緒に学びを振り返り、今後に向けたアドバイスを行っています」と、甲斐氏は話す。

児童は自身で学習ポートフォリオを作成し、振り返りを行う

1年間こうした教育を実践してみて、甲斐氏は児童の変化について次のように語る。

甲斐和子(かい・かずこ)
福山市立常石小学校 校長。1992年、広島県深安郡神辺町立(現福山市立)神辺中学校に理科の教員として採用。同市内の複数校で小学校教諭を担当。主幹教諭や教頭を経て、2019年から現職

「異年齢を感じなくなってきています。当初は上の学年が下の学年に教える姿が目立ちました。今も上の学年がみんなの意見が出やすいようリードするなど人間関係の中では年齢差を感じますが、いざ活動に入るとそれぞれが得意なことをやって協力し合っており、学年は関係なくなってきたと感じています」

一方、試行錯誤の毎日が続く。従来の一斉授業とは異なり、児童が楽しみながら将来社会で使える力を身に付けていけるよう、児童の「今の学び」を見ながら臨機応変に対応していくスタイルだからだ。

「だから、教職員も子どもたちもよく考えるし、よく話をしますね。ある5年生の子は1学期に『校長先生、考えるのってしんどいよね』と言っていました。でもその子、先日自分の考えを提案して児童会長に立候補したんです。『今は考えるのが本当に楽しい!』と話していて、私たちも負けないよう成長しなければと思いました」(甲斐氏)

常石小は、この1年間、ICTの活用にも取り組んだ。コロナ禍による休校中は、市が配付したGoogleのアカウントを利用して「Classroom」で課題を出すほか、在宅の児童と教室をZoomでつないだり、教員が解説動画を作って「YouTube」で限定公開したり、「不十分ながら、できることはやってきた」(甲斐氏)という。2学期からはパソコン室だけでなく教室にも10台ほど共有のタブレット端末を置き、AIドリルの「Qubena」や授業支援システムの「ロイロノート・スクール」も導入した。

「すでにブロックアワーの時間に端末を使って勉強するなど、子どもたちは自分で考えて端末を文房具の1つとして使っています。1人1台の体制になればICTは本格的に文房具になっていくと思います」(甲斐氏)

GIGAスクール構想で手配したChromebookは学校に届いており、インターネット環境の工事が終わり次第、児童に配る予定だ。同市の方針により、端末は自宅に持ち帰る運用となる。「今、子どもたちがそれぞれ学んでいることを共有できる仕組みを作りたいと思っているのですが、ICTを活用してデータベース化するのも1つのやり方かもしれませんね」と、甲斐氏は話す。

個別最適かつ協働的な学びの重要性が強調される新学習指導要領とも親和性の高いイエナプラン。同校の取り組みが普及の原動力となっていくのか。今後も注視したい。

(文:編集チーム 佐藤ちひろ、写真はすべて福山市立常石小学校提供)