通常学級の11人に1人が発達障害

学習面や行動面に困難さがあるなど、発達障害の可能性のある小・中学生は8.8%、11人に1人程度在籍している――。2022年に文部科学省が公表した「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査」結果は、世の中に大きな衝撃を与えた。35人学級であれば1クラスに3人いる計算になる。また特別支援学級に入る児童生徒数も増えており、この10年で倍増している。

発達障害の子が増えている背景の1つとして、05年に発達障害者支援法が施行され、発達障害に対する認知が広がったことが挙げられる。これまでは「やる気が足りない」「家庭のしつけが悪い」と思われていた子も、専門医療機関の受診を勧められることが珍しくなくなっているのだ。発達障害の特性は見られるものの診断までには至らないグレーゾーンの子も増えており、児童精神科は今パンク状態で、受診を希望しても初診まで数カ月かかるというところも少なくない。

こうした現状について、児童精神科として日本で最も長い歴史を持つ国立国際医療研究センター国府台病院(以下、国府台病院)の児童精神科診療科長・宇佐美政英氏は次のように話す。

宇佐美 政英(うさみ・まさひで)
国立研究開発法人国立国際医療研究センター国府台病院子どものこころ総合診療センター長、児童精神科診療科長 、心理指導室室長
山梨医科大学医学部卒業。山梨医科大学精神神経科を経て、2001年から国立精神・神経センター国府台病院児童精神科に勤務。13年に北里大学大学院医療系研究科発達精神医学を卒業。16年より国立研究開発法人国立国際医療研究センター国府台病院児童精神科診療科長、心理室長、臨床研究相談室長。19年より現職。子どものこころ専門医・指導医、日本精神神経学会専門医・指導医、日本児童青年精神医学会認定医・代議員、精神保健指定医、臨床研究指導医、厚生労働省認知行動療法研修事業スーパーバイザー、日本思春期青年期精神医学会会員、日本うつ病学会会員、日本ADHD学会理事。YouTube「子どものこころラボ」で情報発信もしている
(写真:本人提供)

「国府台病院でも、いちばん多いときで年間800人の子どもの初診を受け付けていました。そのときでほぼ1年待ちの状態。ただ、1年待つとなるとキャンセルも増えますし、クレームもあります。そのため今は1カ月分の受診しか受け付けないようにしています。中には、学校に勧められて受診したが、発達障害ではないことを証明してくださいという方もいます。しかし、正常と診断することは最も難しく、本当に発達障害なのかどうかも、じっくり診ていくしかない場合が多いのです」

日本の学校は一斉授業が中心で、立ち歩くことは許されず、授業中は席に着いておとなしく先生の話を聞いていなければならないことがほとんどだ。学校生活の中でも「○○してはならない」といった規範が多く、通常学級で個別に対応することは難しいため、集団行動になじめないと、発達障害なのではないかと疑われてしまう。

学校から勧められて受診してみたものの、納得がいかないという保護者も多くいる。そのため児童精神科では、親の不安を整理してあげることも必要になる。また受診するにしても、「どこの病院でもいい」とはならない保護者が多く、ネットで検索をして、評判のいい病院で診てもらいたいと考えれば、待機してでもと思うのが親心だろう。また、発達障害は近年、日本だけでなく世界的にも増えているという。

「米疾病対策予防センター(CDC)の報告では、1975年に5000人に1人だった自閉スペクトラム症が、今や36人に1人いると推計されています。私が子どもだった頃は、自閉症という言葉を耳にすることすらありませんでしたが、なぜここまで増えたのか――。子どもたちのライフスタイルが変化したことに加え、医学的な診断が広まるとともに認知度が上がったことが大きいと考えられています。例えば、注意欠如・多動症(ADHD)は全体の5%、子どもが20人いれば1人いる最も出合うことが多い発達障害の1つです」

【2023年09月11日12時03分追記】
通常学級における発達障害の可能性のある小・中学生の人数の割合について、一部誤りがあったため見出しを含めてその部分を訂正しました。

発達障害だけでなく不安障害や摂食障害での受診も多い

児童精神科を受診する子どもの中で多い疾患も、やはり発達障害なのか。全国児童青年精神科医療施設協議会38医療施設の2021年度外来統計によれば、自閉スペクトラム症やADHDなどの発達障害が過半数を占めていることがわかる。子どもが小さければ小さいほど発達障害の相談が多いという。

次に、不安障害などで不登校になる子ども、思春期から青年期にかけては自殺やいじめなどが増えていく。その背景に発達障害が隠れていることもある。ごくまれに統合失調症のケースも見られるが、基本的には大人の精神疾患のような統合失調症やうつ病は少ない。入院では発達障害だけではなく、生命の危機に瀕した摂食障害が多いという。

「児童精神科で専用病棟を持っている病院は少なく、全国で40棟余り。全国児童青年精神科医療施設協議会の統計では平均入院日数は126.1日です。さまざまな事情から家庭に戻ることがとても難しい子もいて、時に長期になることもあります。大人と違って子どものこころの問題に臨床治験を通じて有効性と安全性を確認された薬剤が少ないことや、薬物療法自体の効果が期待されにくい疾患もたくさんあります。また、年代的にも言語的な交流が難しく、いわゆるカウンセリングが難しい場合もあります。じっくり時間をかけて診るのはもちろん、治療内容も大人と子どもでは大きく異なるのです」

国府台病院は、全国的にも珍しい児童精神科の開放病棟で、子どもたちは院内で自由に行動することができるという。一方で、「子どもたちを診ていると、それまでに大人に踏みにじられてきた体験から、大人である医療スタッフに反抗的な態度や罵詈雑言を浴びせることも日常的にある」(宇佐美氏)といい、現場の環境は非常に厳しいようだ。

最近はコロナ禍による特徴的な疾患も見られる。中でも、完璧主義的な子どもたちが刺激されて、摂食障害が急増しているという。

「発達障害でも医療的な支援は必要なく、学校や放課後デイサービスなどで手厚い支援を受け、元気に成長している子どももいます。しかしながら、摂食障害の1つである神経性やせ症は、長期間の極度の拒食によって低体重・低栄養、羸痩(るいそう:著しくやせること)、徐脈、低体温などが生じてきます。そのため、医療機関以外では、生きるか死ぬかの問題に対応することができません。病院に来たときに、生命の危機に直面している場合、入院させるしかないわけです。摂食障害の子どもたちの入院が増えると、わが国の児童精神科には限られた病棟しかないわけですから、必然的に病棟の余裕はなくなってきます。国府台病院には45床あるのですが、昨年は成人の精神科病棟も合わせて年間で46.1人入院しています。つまり、自殺や重度の精神疾患などによって入院の必要性が高い場合があっても、神経性やせ症の子どもたちが入院してベッドを使用していることで、もしかしたら入院できない子どもも出てくる可能性があるわけです。国府台病院では、児童精神科医が大人の精神科医と別に11人おり、以前よりも人員が削減されています。それでも全国的には充実しているのですが、診療ニーズに対しては決して足りるものではありません」

また国府台病院の児童精神科は、子どもの入院に欠かせない院内学級も擁している。担当の教員も小学校で6人、中学校で2人いて、ここから受験に臨む子どもたちもいるという。この体制を聞いただけでも、児童精神科の治療は大人とは異なり、多大な手間と時間がかかるというのがわかるだろう。

児童精神科の医師は大きく不足、学校現場でできること

児童精神科の医師が大きく不足しているのは、国府台病院だけではない。児童精神科が集中している都市部に加えて、地方はさらに深刻な状況だという。発達障害の増加に伴って、児童精神科を受診する子どもたちが増える中、それを診る医師が足りないという現状が、初診までの待機時間の長期化を引き起こしているわけだ。

「専門的な医師はすぐには養成できません。例えば、児童精神科で一人前の専門医師になるには、大学を出てから臨床研修、専門研修など14年の期間を要するといわれています。大人の精神科の人気は近年高まっているようですが、児童精神科医が少ない問題は続いています。とくに児童精神科は女性の医師が志す場合が多いのですが、専門医師となったときに結婚・出産などのライフイベントと重なってきます。また男女ともに開業医となるケースも多い。児童精神科に興味がある医学生は年間で100名ほど見学に訪れます。ところが、いざ医師としての研修が始まると、児童精神科医になるまでの長い研修期間は収入も若い頃のままで、当直を含めた業務の大変さから研修を継続することが難しくなることもあります。専門医師として大規模病院に残る医師は多くなく、一方で増え続ける患者のニーズに追いつけなくなっているのです」

継続して専門医を増やしていく施策は必要だが、それには時間がかかる。今ある初診までの待機時間の長期化問題を少しでも解消できるような手だてはないのか。

「医者以外の関連職業の方たちが、もっとコミットできるような連携体制が必要だと思っています。精神科医でなくても対応できるところを、地域の小児科医やケースワーカー、教員や公認心理師の皆さんと分担して診ていく必要があるのです」

確かに発達障害をはじめ、子どものメンタルヘルスに注目が集まるようになり、自治体も発達障害に関する情報発信や支援体制の充実に積極的なところが増えている。だが、まだまだ足りていないということだろう。それが学校現場を混乱させることにつながっているという。他方、先生たちにできることはあるのだろうか。

「学校の先生は、学習や運動などを通じて子ども自身のやる気を高め、仲間と共に頑張らせることによって、健全な達成感とその情緒発達を促していく仕事だと私は考えています。自分も社会に参加できるという体験、自分が必要とされている体験が、学校という場ではないでしょうか。それはとても大事なことです。しかしながら、いったん不登校になった場合には、その子の心に今何が起こっていて、どのような状態にあるのか。そこを理解したうえで、押すべきなのか、引くべきなのかを考えてみてはどうでしょうか。不登校であっても学校に来れば何とかなりますよと言いますが、確かにそういう子もいるかもしれません。しかしながら、“不安”とは起きていない未来を考えている状態です。不安の強い子には登校してどうなるかわからないことがいちばん怖いわけです。子どもの不安の構造とは何か。発達障害と疑われる子どもなら指示の出し方を変えるなど、もっと方策を考えてもいいのではないでしょうか」

発達障害をはじめとした子どものメンタルヘルス治療の費用対効果は決して低くはない。大人と違って子どもは、成長することで変化をしていくからだ。その成長をポジティブに見据えて治療を行う必要があると宇佐美氏は指摘する。治療によって将来社会人として活躍できるようになれることを忘れてはならない。そのためにも地域の協力体制が必要だという。

「自治体でも児童精神科の充実に尽力しているところもあります。地域の協力がなければ、発達障害のある子どもたちが拠り所とする場所を築いていくことはできません。最後の砦としての役割を果たしていくためにも、連携体制づくりは必要だと考えています」

(文:國貞文隆、編集部 細川めぐみ、注記のない写真:Ushico / PIXTA)