問題を生む「学校の標準」、解決のカギは「インクルーシブ教育」

──本田先生は30年以上、発達障害の人たちとその家族の支援に尽力されてきたそうですが、発達障害のお子さんの不登校の背景にはどのような学校教育の問題があるとお考えですか。

例えば、知能指数は統計学的に正規分布し、平均値から±1標準偏差の範囲内に約7割の人が収まります。おそらく今の学校教育は、この7割の子にちょうどよいカリキュラムや集団活動が設定されています。つまり、ここにフィットしない3割の子にとっては、授業が簡単すぎてつまらない、あるいは難しすぎて困るものになっているのです。

このように学校の標準が狭すぎることで一定の子どもが脱落してしまう問題は、知能に限らず、運動や社会性の発達、集中力などさまざまな面で起こっています。とくに発達障害の子にとって、今の学校の標準はフィットしにくい設計になっていると感じます。

全員に同じカリキュラムを展開し、校則など細かいルールを守らせるような方針を取り続ける限り、脱落してしまう子が発生します。こうした子どもたちに対する手当てがあまり具体的に示されていない点が問題であり、不登校にもつながっているのではないかと思っています。

──問題解決のために、学校はどうしたらよいでしょうか。

学校の標準を緩めることです。それには、文科省が推進する「インクルーシブ教育システム」の考え方が重要になります。障害のある子もない子も共に学べる環境と、障害のある子が個別に学べる環境のどちらも活用していくという考え方です。

私は、インクルーシブ教育を構成する基本概念は①ユニバーサルデザイン、②合理的配慮、③特別な場の3つであると捉えていて、この3つのステージをうまく組み合わせることが大事だと考えています。

まずは通常学級で、全体の95%くらいの子どもたちが学校生活を楽しみ、意欲的に学べる環境をつくるべきでしょう。そんなふうに誰もが活動しやすい環境を設計することを、ユニバーサルデザインと言います。

障害のある子が過ごしやすい環境は、多数派の子も過ごしやすいものです。例えば特別支援学級などでは、口頭指示がピンとこない自閉スペクトラム症(ASD)の子に対して、絵や写真、文字などの視覚情報を提示しています。学習障害(LD)で読み書きが苦手な子であれば、タブレット端末で板書の写真を撮ることで対応できます。こうした療育のノウハウをクラス全員に許容すればいい。「全員、板書は必ず手書きで写すこと」と言うから、何割かの子が脱落してしまうんです。

環境を整備しても、なお困難を感じる子に対して行うのが、2つ目の合理的配慮。しかし、なかなかこれもできていません。

LDの子が情報端末の音声読み上げ機能の利用を希望したら、発達障害の診断書の提出を求められたうえに、教育委員会で2カ月も議論されたというケースもあります。しかし本来、視力低下でメガネをかけるために先生や教育委員会にお伺いを立てないのと同様、読み上げ機能の利用も法的に診断書は不要です。ハラスメントのような対応は改善していただきたいです。

そして、特別支援学校や特別支援学級、通級指導教室(以下、通級)などの特別な場で個別の教育を提供していくことも必要なわけですが、子どもたちが自由にユニバーサルデザイン・合理的配慮・特別な場の3つのステージを選んで行き来できるようにすることが大切です。実際、フレキシブルに対応している学校現場はあります。

学校に行くと楽しく学べると思える工夫は、学校側がすべきです。今は学校に行きたくないと思ったら、休むしかない。環境を変えられるチャンスは高校受験までありません。選択肢がないのです。授業や先生、クラスが合わないと感じたら柔軟に変えられる仕組みがあるとよいと思います。

教員は重要な存在、日頃から心がけるべき2つのこととは?

──発達障害の子の登校しぶりや不登校を防ぐため、通常学級の教員が心がけるべきことは何でしょうか。

2つあります。1点目は、先生から見て問題がないからOKだと、絶対に思わないこと。私たちがよく診るのは、それまで問題がないと思われていて、ある日突然学校に行けなくなるケースです。その子たちに話を聞くと、「本当は嫌だったけど我慢して学校に通っていた」と言うんです。

我慢は美徳だとか、我慢を覚えさせたいとかおっしゃる先生もいますが、それは心理的虐待です。さらに言えば、子どもたちが楽しいと思える授業を工夫できない教員の怠慢です。子どもたち一人ひとりが楽しんでいるか、つねにモニタリングしながら授業をしていただきたいです。

2点目は、特別な教育の場を尊重してほしいということです。発達障害の子は、通常学級においてつねに少数派。先生がどんなに配慮しても、集団では多数派に合わせた調整が生じるものなので、「みんながやっているから、あなたも我慢してね」と強制される場面が出てきてしまう。少数派の子が楽しめるカリキュラムが保障されず、不公平なのです。

本田 秀夫(ほんだ・ひでお)
信州大学医学部子どものこころの発達医学教室教授、信州大学医学部附属病院子どものこころ診療部部長
1988年東京大学医学部卒。医学博士。専門は発達精神医学。91年から横浜市総合リハビリテーションセンターで約20年にわたって発達障害の人たちと家族の支援に従事。2009年4月から10年8月まで横浜市西部地域療育センター長を兼務。11年4月、山梨県立こころの発達総合支援センター開設に伴い、同所長に就任。14年4月より信州大学医学部附属病院子どものこころ診療部部長、18年4月より現職。日本自閉症スペクトラム学会会長。日本児童青年精神医学会理事。日本精神科診断学会理事。日本発達障害学会評議員。日本自閉症協会理事。特定非営利活動法人ネスト・ジャパン代表理事。『学校の中の発達障害』(SBクリエイティブ)など、著書多数
(写真:本人提供)

大人の発達障害の当事者グループが盛り上がることがよくあるように、子どもたちも自分と興味・関心の方向性やペースが同じ子とは仲良くなれる可能性があります。そういった少数派の子どもたちの文化を尊重し、楽しめるカリキュラムや空間を提供できる場が、特別支援学級や通級だと思います。学校外では、放課後等デイサービスなどがあります。

ところが現状では、「早く社会性を身に付けて通常学級に戻りなさい」と言う通級の先生がいたり、学校の宿題や補習をやらせたりする放課後等デイサービスがあったり。こういう見当違いなことをしているうちは、登校しぶりや不登校の予防・解決は難しいでしょう。発達障害の人たちに対して「病気だから早く治して周囲になじみなさい」という考え方で接する人が多いですが、「独自の文化を持つ少数民族」と捉えるべきです。

──学校に来られなくなった場合は、どのような対応が必要でしょうか。

登校しぶりは、本人にとって末期の状態。登校を促すとこじらせる可能性が高いです。登校しぶりも長期不登校も、お子さんが行きたくなるような活動をアレンジしてその情報を伝え、行くかどうかは本人に委ねるといった対応がよいかと思います。

また、不登校のきっかけが友達関係の中での孤立である場合、先生が味方になってくれると学校に行けるようになることも多く、それだけ先生の存在は重要であることを認識していただきたいです。

──現状、学校と医療の連携はどうなっていますか。

全国的な動きは把握していないので、私の取り組みをお話しします。まず、学校に行く気にさせる薬はありません。私たち医療サイドの役割は、本人や周囲の方から話を聞いて不登校の理由を見立て、今後の方針を考えることだと思っています。

学校のご要望でお子さんの診察に先生が同席される場合もあれば、先生や親御さん、地域のケースワーカーさんに集まっていただき一緒に方針を決める支援者会議を開くことも。お子さんのメンタルヘルス上の医療情報を本人・家族の了承を得て、学校と共有することもあります。同様の対応を行っている病院はほかにも多いと思います。

ただ、診察以外の場での支援については診療報酬が発生しないため、当院では独自に連携料を設定しています。連携を強化するのであれば、不登校支援や学校などとの連携を医師の仕事として認めるかどうか、厚生労働省で検討することが課題になるでしょう。

通常学級で「ユニバーサルデザイン」と「合理的配慮」を

──2022年9月上旬、国連の障害者権利員会が日本政府に、質の高いインクルーシブ教育に関する行動計画を採択するよう勧告しました。

特別支援教育を廃止せよとの勧告だと捉えている人たちがいますが、それは誤解です。障害者権利員会は、支援の必要な人たちがもっと通常学級で過ごしやすくなるよう環境を整えなさいと言っているんです。

視覚障害や聴覚障害のある子は点字や手話を教わる場が必要であるように、知的障害や発達障害の子たちにも専用のカリキュラムで学ぶ場が必要です。そのため特別支援学校や特別支援学級をきちんと残したうえで、通常学級の受け皿を大きくしていくことを考えるべきです。

インクルーシブ教育が進んでいる国にも、特別支援学校や特別支援学級は存在します。こうした国々では、ユニバーサルデザインと合理的配慮と特別な場を柔軟に組み合わせているのです。とくに通常学級で、ユニバーサルデザインと合理的配慮をしっかりやっている。日本はそこができておらず、通常学級と特別な場との交流に消極的な学校も多いです。しゃくし定規に障害のある子を切り離すのではなく、特性に対してもっと寛容に対応しなければいけません。

ですので、ご自身の教育方針にこだわりすぎる先生や保護者の方は、要注意です。教育方針は本来、子どもに合わせて柔軟に発想していくべきもの。とくに「自分が教えるからには、子どもにはこうしてもらう」と少しでも考えている先生には、いったん教員免許を失効させて再教育を受けていただきたいとさえ思っています。

発達障害のお子さんを持つ保護者の皆さんは、お子さんの「過剰適応」にも注意してください。ASDや発達障害のグレーゾーンといわれる子の中には、無理して多数派の行動を模倣し、自身の特性を隠す「社会的カモフラージュ行動」を取る場合があり、これは将来的にうつや不安を引き起こすリスクにつながります。不登校になった際も、多数派向けの教育に合わせようとすると同様のリスクが高まります。そのため「みんなと同じ」を目指さず、早いうちから少数派向けの教育プランを検討していただくと、お子さんの健康的な成人期の可能性を広げることができます。

枠組みとしては、文科省も教育委員会も、インクルーシブ教育の担当が特別支援教育の部署であることが問題です。長野県はすでに取り組んでいますが、通常学級の担当部署が責任を持って推進策を打ち出し、トップダウンで学校現場に展開しなければいけません。すべての学級で複数担任制を取り入れるくらいの改革も必要でしょう。

私の主張は理想論と言われるかもしれませんが、このままでは日本の未来は暗い。個別最適な学びと言うならば、通常学級でユニバーサルデザインと合理的配慮をしっかりできるよう、国が人員と予算を増やして体制を変えていくことが急務だと考えています。

(文:田中弘美、注記のない写真:TATSU/PIXTA)