「勉強を始めたら、どんどん面白くなってしまった」
――テレビディレクターのお仕事から気象予報士に転身されたそうですが、なぜ気象に興味を持たれたのでしょうか。
テレビディレクターの仕事は屋外ロケが多く、気象に左右されがちです。晴れてほしいのに雨だったり、曇りがいいのに晴れたりもする。もし自分で気象を予測できたら、仕事に生かせるかもしれないと思いました。
いざ気象予報士の受験勉強を始めてみると、どんどん面白くなってしまって、結局2007年に資格を取った後、気象予報の世界に飛び込んでしまいました。しばらく民間の気象会社に勤め、10年に独立。現在は企業に気象予測を提供する業務を行いながら、業界の人材不足の解消を目指して気象予報士を育成する仕事にも携わっています。
――気候変動の影響によって激甚化する災害などの社会課題に、気象予報士としてどう向き合っていらっしゃいますか。
翌日から長くても1週間くらいの「短期予報」や「週間予報」を企業に提供していますが、強い雨が多くなっていたり、激甚災害につながるような現象が増えたりと、仕事を通じて気候変動の影響を実感しています。
一般的に、気候変動問題を考える際には、温室効果ガスの排出削減や吸収対策などによって気候変動を防止する「緩和策」と、すでに起きている気候変動の影響に対して安全に対応するための「適応策」という2つのアプローチがあります。どちらも行う必要がありますが、私は気象予報士として適応策、つまり防災・減災を中心に取り組んでいます。
雨や風、波など、何に対策を講じればいいのかがわかるように予報をしっかり作成して提供することを意識しています。また、今は災害につながるような台風や集中豪雨などをある程度予測することができるので、微力ながらSNSで情報発信などもしています。
将来は、想像もつかないような気象予報の仕事が生まれる?
――気象予測の技術はどれくらい進化しているのでしょうか。
精度の高い気象予測が可能になったほか、実況では例えば雨雲レーダーなどは解像度も精度も高まり、より細かい範囲の情報を短時間で把握できるようになっています。また、これらの予測や実況などの情報を簡単に得られる、さまざまな天気予報アプリも生まれました。スマホやSNSの急速な普及を背景に、誰もが気象情報に簡単にアクセスしやすくなったうえ、わかりやすい情報や解説を見られるようになったことも大きな進化だと思います。
集中豪雨や台風などによる自然災害が頻発するようになったことで、個人の防災意識が高まり気象情報の取り方も高度化しています。最近では、自分が今いる場所がどれくらい危険かといった情報も取得できるようになってきました。
例えば、気象庁では、土砂災害や洪水災害から自主避難できるよう、災害発生の危険度の高まりを地図上で確認できる「キキクル(大雨・洪水警報の危険度分布)」をウェブサイト上で提供しています。1キロメートル四方の領域ごとに段階的に危険度を色分けして可視化するなど、詳細な情報を入手できるようになっています。
――技術の向上に伴って、気象の仕事の可能性は広がっていますか。
気象予報といえば、皆さんはテレビの気象キャスターをイメージされますが、私がやっているような企業向けに予測情報を提供する仕事もあるように、実はさまざまな分野でニーズが高まっています。
面白いことに、同じ情報でも受け取り手によって重要度が異なります。例えば、私が企業に「1時間後に2~3ミリメートルの雨が降る」という予測を提供した場合、国道や高速道路などにとっては何でもないことでも、野球場では試合やグラウンド整備に影響するため、「いつ雨がやむのか」という問い合わせがすぐに返ってきます。
気象情報を活用する企業といえば、その影響を受けやすい航空、海運、鉄道などが思い浮かぶかもしれませんが、今や気象情報の用途は金融や流通などあらゆる分野に広がっているのです。
最近では、自治体や企業などが専門職として気象予報士を採用するケースも増えています。損害保険業界では、増加する自然災害リスクを測るうえで気象予測が欠かせなくなってきており、社員に気象予報士の資格取得を勧める企業も出てきました。
――気象予報士の有資格者は多いイメージです。人材不足は本当なのでしょうか。
有資格者数は1万人以上。一時、資格取得の志望者は減少傾向にありましたが、最近は気候変動問題や気象予報士を題材にしたテレビドラマの影響などもあり、受験者はまた増え始めています。一方、趣味で取っている人も多く、実際に仕事で活用する人が少ない。現場では、気象予報士が不足しているのが現状です。
しかし今後、気象の仕事はますます有望な職業になるでしょう。AI(人工知能)やビッグデータなどの先端技術と気象技術を掛け合わせた仕事がどんどん増えることが予想されます。すでに気象ビジネス推進コンソーシアムなど、気象データを活用した産業創出の動きもありますが、今の子どもたちが大人になる頃には私たちが想像もつかないような気象の仕事や気象関連の新進企業が生まれているかもしれませんね。
子どもたちが自分で考え行動できるよう「答え」は教えない
――学校などでも講演活動をされていますが、子どもたちに気象について教える際に気をつけていることはありますか。教員へのアドバイスもあればお願いします。
防災意識の高まりを受け、防災気象情報と警戒レベルの意味や避難の種類・方法などはしっかりお話ししていますが、若い人たちには「避難の意味」を考えてほしいと思っています。
だから、自分で考えて行動できるように、一気に「答え」を教えないようにしています。例えば、手間はかかるのですが、まずは自分がいるエリアの危険度をハザードマップで調べるところから始めたりします。
なぜ災害が起こり、どんな事態が発生し、自分にどのような影響が及ぶのか。なぜ自分は逃げなければいけないのか、どう行動すれば安全が保たれるのか。そういったことを各自が追究できるような進行で伝えることを心がけています。
先生方の防災・減災教育もこうした形がよいのではないでしょうか。気候変動が題材である場合も、猛暑日や猛烈な雨が増えているなどの事実を伝えるにとどめ、原因や対策は子どもたちに考えさせる追究型、探究型がよいと思います。「プラスチックをなるべく使わない」など具体的な方法を先生が教えても、それは押し付けになり何も身に付きません。子どもたちが自分で選択肢の意味を考え、自分ができることを採用することが大事です。
また、とくに防災などは意識が高まったとしても続かなくなってしまうことが多いので、少しでも興味を持ち続けてもらえるよう、天気や気象の面白さを伝えるようにしています。社会課題を考える入り口としてまず、気象を好きになってほしいなと思っています。
例えば、私は気象の勉強を始めた当初、『楽しい気象観察図鑑』(武田康男著/草思社)など気象の写真集をよく眺めていました。気象の変化によって変貌する自然の姿は本当に美しく、見ていて飽きません。そうした本には大抵、解説も付いているので、楽しみながら「気象のサイエンス」を知ることができます。
すでに大ヒットしていますが、私が専門知識の伝え方などをご指導いただいている雲研究者・気象庁気象研究所研究官の荒木健太郎さんのご著書『空のふしぎがすべてわかる! すごすぎる天気の図鑑』(KADOKAWA)はとくにお薦めです。「なぜ雲に乗れないのか」「虹に出合う方法」といったさまざまな切り口で、気象の仕組みや災害問題について子どもから大人までわかりやすく学べます。
そういったツールも使いながら、子どもたちや学校の先生には気象を楽しんでほしいです。とくに子どもたちには、「空がきれいだな」「あの雲、動物みたいでかわいいな」といった興味・関心や空想をきっかけに、たくさん疑問を持ってとことん調べてほしい。そこが気候変動や自然災害といった社会課題を考えていく入り口になると思っています。
(文:國貞文隆、注記のない写真は佐々木恭子氏提供)