想像以上の入学希望者に「学び直しへの地域の期待を実感」

以前は戦後の混乱期に義務教育を受けられなかった人などが主な対象だった「夜間中学」。一時は大きく数を減らしたが、現在、文部科学省では再びその拡充を急いでいる。不登校の子どもや外国にルーツを持つ子どもの増加など、社会情勢の変化により、夜間中学には新たな役割が生じたからだ。2023年4月現在、23の都道府県と指定都市に44の公立夜間中学が設置されているが、25年度までにさらに13の都道府県と指定都市で新たに夜間中学を開校する予定だ。

こうした流れの中、22年4月、北海道で初めての公立夜間中学となる札幌市立星友館中学校が開校した。義務教育の年齢を超えた15歳以上を対象にして、同市立資生館小学校の敷地内に設置されたものだ。初代校長に就任した工藤真嗣氏は、初年度の入学者について次のように語る。

札幌市立星友館中学校校長の工藤真嗣氏。社会科が専門で、昼間の中学校でも校長を務めてきた

「ほかの夜間中学の平均から考えて、集まるのは60人ぐらいかと予想していました。しかし開校はメディアにも取り上げられて話題を呼び、前期期間中なら年度途中の入学も可能なことから、入学者は想像以上に増えました。昨年度末時点で89人が在籍していましたが、今年の入学者はさらに増えて100人を超えています」

北海道は、義務教育の未修了者が全国でも多い自治体だ。とくに戦後の混乱や家庭の事情で学校に通えなかった人が多いため、高齢者の学び直しのニーズもまだまだ高い。

「戦後すぐに公立夜間中学が設置された地域の学校に比べ、今の本校には70代以上の方が多数集まっています。学び直しをしたいという思いを持って開校を待ち望んでいた方が多く、地域の期待が大きいのだと実感しています」

開校バブルともいえるような活況を、工藤氏はそう分析する。札幌市およびその近郊の12市町村と、同校のカバーエリアは広い。遠いところでは苫小牧市から通う生徒もいるそうだ。

一方で、外国にルーツを持つ人の割合は1割程度と、こちらは全国平均に比べて低めだ。年齢層で見ると10~20代の若年層は3分の1ほどで、4割を占めるのは30~60代の大人たち。若者はたくさんの「人生の先輩」と一緒に学んでいる状況だという。

工藤氏は「若年層の生徒は100%、昼間の中学校での不登校を経験しています」と言う。

「考えてみれば、学校って非常に特殊な環境ですよね。同じ年齢の人間だけがいる均質な集団で、学習の効率はいいけれど、大人になったらそんな場所で過ごす機会はめったにありません。そうした意味で、本校はまさに社会の縮図です。『同じ年の子の集団の中でどうしたらいいか、前の学校では自分の身の置き方がわからなかった。でもここならいろんな人がいて何だかなじみやすい』と話してくれた10代の生徒もいます」

若年層の入学者は、昼間の学校に通うことができなかった経験から、学校に対して漠然とした不安を抱いていることが多い。「公立学校の最後の砦として、そうした人にもきめ細かく対応していきたい」と工藤氏は続ける。

原則6年在籍可能、選べる6種のコース…多様な学びを提供

夜間中学は原則として週5日授業があり、中学校の教員が教える点などは昼間の学校と変わらない。だが星友館中学では最大で原則6年間在籍することができ、入学時に自分に合ったカリキュラムのコースを選ぶなど、さまざまな特徴がある。

コースは日本語学習を主な目標とした「日本語コース」や小学校段階の基礎を中心に学ぶ「スタートコース」から、中学校の内容をしっかり扱う「チャレンジ2コース」まで6種類。2年生や3年生から入学することもできるので、工藤氏は「理屈としては中3を6年間やってもいい」と笑う。

「15歳の人と80歳の人では、学力も学びの目標も大きく違います。高齢の人は体調と相談しながら、若い人は学校という場に少しずつ慣れながら、みんな自分のペースで頑張っていますよ」

とにかく多様な生徒を支えるため、星友館中学は開校前から入念な準備を重ねた。札幌市には30年以上の歴史を持つ「札幌遠友塾自主夜間中学」がある。また、3部制の定時制高校である市立札幌大通高等学校も人気を集めており、多様な生徒を長く指導してきた。星友館中学はこうした地域の力をフル活用しているのだ。

「遠友塾のスタッフと連携を取りながら、必要な配慮や生徒の望むことなどを教えてもらっています。外国にルーツを持つ生徒に日本語指導をできる教員もいなかったので、札幌大通高校から経験豊富な先生に来てもらいました。さらに学校の評価委員会には若者や外国人住民を支援する団体のメンバーや町内会の方も加わり、地域で一丸となって取り組んでいます」

それでも、いざ開校してみればさまざまな課題が見つかった。高齢者が多いがゆえの思わぬ課題もあった。

「耳が遠くて補聴器を使っている生徒が何人かいるのですが、授業で教員の話を聞くのに適した設定になるよう、学校に補聴器メーカーの方を呼んで調整してもらったこともありました」

夜間中学でも当然、1人1台端末の取り組みは行われている。だが70代、80代の生徒にはタブレットの扱い自体が難しいこともある。そんなときには、若い生徒がさらりと手助けしていると工藤氏は言う。また、反対に高齢の生徒が若い生徒を支えることもある。

「高齢でもはつらつとした人が多いので、なんとなく自信なさげな若者に『どうしたの、元気ないじゃない』なんて声をかけてくれることもあります。さすがに同世代の友達とは違うでしょうが、みんな自然にコミュニケーションを取っていますね」

誰かが誰かの負担になったり面倒を見たりするのではなく、必要なときに互いが補い合う関係ができているようだ。

若者を「働くことや学ぶことに前向きにさせる環境」とは

生徒が多様であることは、進路指導にも関わってくる。学校としては地域の若者支援センターとも連携しながら就労などに向けたサポート体制の充実を図っているが、「20代、30代以上の現役層は、学校の指導を待たずともハローワークに行くなど、自らの意思でどんどん進んでいってくれる人もいます」と工藤氏は語る。

「進路希望はさまざまですが、高校への進学を希望する人は思っていたよりも少ない印象です。いつかは高校にも行くかもしれないけれど、現役で働いているクラスメートを間近に見ることで、社会で働くことに興味を持つ若者もいるようです」

学校のサポートに加え、就職の相談ができるクラスメートがいるというのは、若年層の生徒にとっては心強いことだろう。また、「いつかは高校にも行くかもしれない」という柔軟な選択肢を持てることは、均質でない環境で学ぶからこその強みではないだろうか。何歳になっても学び直せると思えばこそ、リカレント教育やリスキリングももっと浸透するはずだ。工藤氏はさらにこう話す。

「高校に行かなくても、大学や専門学校進学のために高卒認定資格を目指すという20代以上の生徒もいるし、学校や学びの楽しさに触れて『高校に行きたい!』と張り切っている高齢の生徒もいます。その姿勢がまた、10代の若い生徒の刺激にもなっているようです。いろいろな人がいる環境が、若者を働くことや学ぶことに前向きにさせている効果は絶対にあると感じています」

前向きさは自主性にもつながるようだ。星友館中学ではさまざまな行事も実施しているが、グラウンドで行う運動会のようなものはなかった。すると初年度、生徒から「運動会をやりたい」という申し出があった。発起人は外国にルーツを持つ50代の生徒。いろいろな年代の有志で実行委員会を結成し、資生館小学校の天然芝の校庭を借りての自主運動会を成功させた。工藤氏は「やりたいという声がある限りは続けてほしいし、どうやら運動会は恒例になりそうです」とにっこりする。

自主運動会のチラシ。漢字だけでなく、多くの人が読めるひらがな版も制作して参加者を募った

実は星友館中学の学校関係者評価委員会には、同校の生徒自身が参加している。通常はPTA役員の代表者が参加することが多いが、大人が多く通う同校にはPTAがないためだ。「生徒代表」は公募で選ばれ、昨年度は10代から70代の5人が、定例会議に出席しては生の声を語ったそうだ。

「当事者が評価委員会に参加することは少し勇気の要る決断でしたが、会議での意見の交流がとても活発になりました。今は比較的、高齢者のニーズが高い本校ですが、4、5年程度でこの流れは落ち着くでしょう。その後は外国にルーツを持つ人や若年層の不登校経験者の割合が増えていくとみています。本校はまだこれから変化していく学校。生徒自身の声も取り入れて、柔軟に対応していこうと考えています」

(文:鈴木絢子、写真:工藤氏提供)