IBではなくケンブリッジ国際教育プログラムを導入した理由
ケンブリッジ国際認定校は世界160カ国に1万校、国際バカロレア認定校は159カ国に5600校存在する。だが、ここ日本においてはケンブリッジ国際認定校はわずか19校1団体と、国際バカロレア認定校の241校と比べると、その差は大きく開いている(2024年3月現在)。
ただ、日本でもケンブリッジ国際認定校の勢いが増しているのはご存じだろうか。2024年4月から、昭和女子大学附属昭和小学校と上野学園中学校・高等学校がケンブリッジ国際認定校の一条校として授業を開始した。
2021年4月に認定された工学院大学附属中学校・高等学校、2022年1月に認定されたサレジアン国際学園中学校・高等学校とあわせて、この3年間で一条校のケンブリッジ国際認定校が4校も誕生しているのだ。
そんな中、昭和女子大学附属昭和小学校(以下、昭和小学校)は、一条校の小学校として初めてケンブリッジ国際認定校となった。
2024年4月から昭和小学校では、これまでの学びをアップデートした「探究コース」に加えて、「国際コース」を新設した。「国際コース」では、ケンブリッジ国際教育プログラムを導入し、グローバル人材の育成に力を入れる。
この「国際コース」誕生の背景には、昭和女子大学全体で国際化を加速するという方針が影響している。
「昭和女子大学と同じ敷地にテンプル大学ジャパンやブリティッシュ・スクール・イン・トウキョウ昭和のキャンパスがあり、垣根を越えた交流が盛んです。また、昭和女子大学附属昭和中学校・高等学校には『グローバル留学コース』も立ち上げています。今回初等部に『国際コース』を設けることで、小学生から大学院生まで一気通貫で世界に通用する人材を育てられる体制が整い、万感の思いです」
こう話す昭和女子大学総長の坂東眞理子氏は続ける。
「『国際コース』の設置を公表した際に驚いたのは、保護者の関心が非常に高いことでした。日本の義務教育の一条校であり、義務教育の一環として英語教育を受けられる点が魅力的に映ったようです。大変多くの方に学校説明会に参加いただき、これは本当にニーズがあるのだと手応えを感じましたね」
インターナショナルスクールは、求められる英語力や学費の高さなどの点からハードルが高く検討しにくいという家庭は少なくない。昨今のグローバル教育に対する関心の高さはもとより、昭和小学校が一条校であることから世間の注目を大いに集めたのだろう。
だが、なぜ日本でメジャーなIBではなくケンブリッジ国際教育プログラムを導入することにしたのか。
「文部科学省は2022年までに、日本におけるIB認定校を200校に増やす計画を主導し、達成しました。国内ではケンブリッジよりIBのほうが認知度が高く、日本の教育に刺激を与えているのは事実です。しかし、IBは自由度が高いだけに教員の裁量によるところが大きく、現場で担当する教員によって提供できる教育レベルに格差が生まれる懸念がありました。ケンブリッジ国際カリキュラムには100年以上の歴史があり、これまで蓄積されてきたノウハウにより、教科書や教え方の体系が大変しっかりしています。一条校として取り入れるには、学習指導要領との親和性も高い科目ベースのケンブリッジが最適解ではないかと考え、採用に至りました」(坂東氏)
すべて英語で学ぶ「英語イマージョン」を実施
昭和小学校は1学年3クラス編成で、うち2クラスは「探究コース」、1クラスが「国際コース」となる。「国際コース」では、バイリンガル教育の1つ、母国語と第2言語で学ぶ「イマージョン教育」を取り入れている。校長の前田崇司氏は、こう話す。
「『国際コース』では、学習指導要領に準拠した本校のカリキュラムに沿って、国語・道徳、特別活動等は第1言語である日本語で授業を実施します。一方、算数や生活をはじめとするほかの教科等は、学ぶ内容は本校のカリキュラムですが、すべて「英語で学ぶ」英語イマージョン教育を実施します。
1学級の児童数36名に対し、バイリンガルの日本人担任1名と英語を母国語とする外国人教員2名の計3名の指導体制のもと、手厚く支援・指導していきます。また、教育効果を高める視点から子どもたちを2つのグループに分け、それぞれに外国人教員の担当をつけて丁寧に教えるなど、少人数での学びも取り入れていく予定です」
英語イマージョンのボリュームは、全体のどれほどを占めるのか。
「『国際コース』のカリキュラムは、全体の3分の2が英語で学ぶ内容になっています。2024年度の新1年生が英語で学ぶ教科は算数、生活、図工、音楽、体育。教育課程特例校(学校を指定し、学習指導要領等によらない教育課程を編成して実施することを認める制度)として文部科学省からの指定もいただいています。
また、認証を受けた「ケンブリッジ・プライマリ」も英語や算数の一部で導入し、東京23区においてはほかにはない、先駆的なカリキュラムで一条校としてのスタートを切ることになりました。私たちもこれまで培ってきた歴史と伝統のもと、次代を見据えた新たなチャレンジが始まったと感じています。今やグローバルな時代。人生は長いので、小学生のうちから世界標準の力を身につけていってほしいと思っています」(前田氏)
初年度の入学試験では、「国際コース」の倍率は3倍以上になったという。同校には系列の「昭和女子大学附属昭和こども園」があるが、こども園の推薦を受けて進学できるのは「探究コース」のみ。「国際コース」に入るためには、全員が入学試験を通過する必要がある。また、入学後に「国際コース」から「探究コース」へコース変更することは可能だが、その逆はできない。
「入試では英語のテストはありませんが、事前面接の際にお子さんと英語でやり取りをさせていただいています。入学時期からホームルームや給食の時間等で英語を使うことになるので、お子さんが英語でのコミュニケーションに困らないようにと考えています」(前田氏)
英語一辺倒ではなく、日本語と両輪で学ぶ
「国際コース」のコーディネーターを務めるメレッテ・クロップ氏によると、ケンブリッジ国際プログラムで育てたい能力、コンピテンシーはCreativity(創造性)、Collaboration(コラボレーション)、Communication(コミュニケーション)、Critical Thinking(批判的思考)、Learning to Learn(学ぶことを学ぶ)、Social Responsibilities(社会的な責任)の6つで構成されているという。
さまざまな教科を英語で勉強するが、日本語もしっかりと学ぶことを目指し、世界に目を向けて日本を理解する視野を育てていきたいと考えている。英語一辺倒ではなく、読解力や表現力など日本人としての教育も大事にするという、英語・日本語両輪で学ぶ方針は、多くの保護者に支持されているそうだ。
「『国際コース』の保護者のモチベーションはものすごく高い。ですが、肝心なのは子どもたちのモチベーションです。どうやって彼らにモチベーションを与えるかという点でいろいろな工夫をこらしています。子どもたちが進んで勉強するためには、授業内容を面白くしないといけない。英語を聞くだけでなく、発言する機会を積極的に設けて、英語を使う機会の総量を増やすことを目指しています。また、日本語自体もしっかり学び、そのベースの上に英語でさまざまな科目を勉強することで、子どもたちのグローバルマインドを育てていきます」
こう話すクロップ氏に坂東氏も続く。
「教育の内容を確立し、それを体系的に英語で教えることに心血を注ぎます。小さな子どもは、英語をシャワーのように浴びるだけで語学力が上がると思っている方が中にはいます。しかし、その方法だと英語で日常会話はできても、読み書きのスキルは身に付きません。英語と日本語両方を使いこなし、英語で内容のある発信と読解ができるようになって初めて意味を成すのです」
今、世田谷区や港区を中心にプリスクールの数が年々増えている背景もあり、昨年8月に行った「国際コース」の授業体験会には、定員を大幅に超える300人近くの申し込みがあったという。当日来られなかった人たちには動画を限定公開して授業の雰囲気を見てもらったそうだ。
「『国際コース』を検討している保護者はもちろん、教育関係者にもこの新しい国際コースの授業内容に関心を寄せていただいています。『ケンブリッジでどんなことが学べるのか』という質問も多く寄せられています。すでに来年度の入試説明会も行っていますが、今後は授業等を体験的に学べる機会も企画していきたいと考えています」(前田氏)
日本語の教育を決しておろそかにすることなく、子どもたちが自分の意見や考え方を英語で表現できるように力をつけ、世界で活躍できる人材を輩出したい──。昭和小学校の挑戦はまだ始まったばかりだ。
(文:せきねみき、写真:すべて昭和女子大学附属昭和小学校提供)