“読むスピード”は“書く”の10〜20倍も速い

神田直樹
神田直樹(かんだ・なおき)
1998年茨城県ひたちなか市生まれ。中学生のときに東大を目指すことを決め、高校にも塾にも通わず、通信制のNHK学園を経て、独学で2018年東京大学文科Ⅰ類合格(2次試験は首席合格者と3点差で合格)。2022年東京大学法学部卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニー入社。2023年に東大生がつくる国語特化のオンライン個別指導「ヨミサマ。」を立ち上げる。現在、東大生講師150名、生徒数は900名(延べ)を超える規模に成長
(写真は本人提供)

神田氏の経歴は異色だ。幼少期を茨城の祖父母のもとで過ごし、小学校から両親のいる東京へ。中学受験をするも、急きょドイツのミュンヘンで7年間過ごすことに。現地の日本人学校に通う中で、ふと中学3年生のとき「東大に首席で合格してみよう」と思い付いた。

「中学生らしい無邪気な思いつきでした。当時の成績は学年11人中4位でしたが、東大は約400人に1人が入れるかどうか。目指すにはかなり微妙なレベルでした」と振り返る。

このまま普通に勉強していても受からないと考えた神田氏は、「生きているすべての時間を勉強に費やそう」と、通信制高校への進学を選択。図書館などを活用し、独学で猛勉強した末、一浪を経て東京大学文科Ⅰ類にトップクラスで合格した。

こう聞くと、神田氏がもともと勉強に熱心だったのではという思う人もいるだろう。しかし、東大合格を掲げるまでの勉強時間は「1日30分以内」だったという。

「わが家の子育ては実に自由奔放でしたが、たった2つ、絶対的なルールがありました。その1つが、『1日の勉強時間は最大30分』。普通は『最低◯分は勉強しなさい』と言われるものですが、うちでは上限時間が定められていたのです」

幼稚園時代、かけっこや垂直跳びなど、つねに周りと競争させられていた神田氏。小学校時代は周りと比べて運動が得意で、自尊心も高かったという。当然負けず嫌いで、「勉強でも負けたくない」と意気込んでいたが、1日の勉強時間には制限がある。そのため、どうすれば効率よく勉強できるか、常日頃から考えていたそうだ。そこで神田氏が辿り着いたのが、「書く勉強を捨てる」ことだった。

「同じ10分で考えたとき、東大生でも書ける文字数は550字程度、せいぜい文庫本1ページ弱です。それが、話せば3928文字程度、読めば1万58字程度にもなります。読むことで、書くことに比べてざっくり20倍も吸収できるのです。当時の自分も、読んだほうが多くインプットできることに気づき、『ドリルに書き込んでいる暇はない』と悟りました」

10分間の「書く話す読む」の文字数

さらに、書く勉強には「身体が疲弊する」「スピードに限界がある」などのデメリットもあると神田氏は語る。

「書く行為は、腕や姿勢など身体に少なからず負担がかかります。脳が元気でも、身体が疲れることで勉強の集中力が失われる実感もありました。さらに、書くスピードをいくら速めようと頑張っても、腕の動きには限界があります。しかし、読むスピードは速読の訓練で何倍にもできます。実際に小学生と東大生の平均を比較すると、書くスピードはあまり差がなかった一方で、読むスピードには2倍以上の差がつきました(上グラフ参照)」

本よりも、「むしろマンガ」で国語力が上がる理由

1日の勉強時間をあえて短くして工夫させる、これがまさに、ルールを決めた親の意図だったそうだ。そして神田氏にはもう1つ、親に感謝していることがあるという。それが神田家の2つ目のルール、「本やマンガは無限に買っていい」だった。とはいえ、「本はまったく読んでこなかった」と神田氏。小中学生のころはもっぱらマンガを読み漁っていたという。

「両親の本棚にあったマンガを、3歳頃から手に取っていた記憶があります。『めぞん一刻』など、当時から大人向けの作品を読んでいました。小学校時代は1日に平均5〜6冊、さらに漫画喫茶やマンガ専門の古本屋にも足を運びましたね。ノベルゲームにものめり込んでいたので、活字を見た回数や言葉のシャワーを浴びた量でいえば、学年でも圧倒的トップだったと思います」

ノベルゲームは、プレイヤーの選択でストーリー展開が決まる。必然的に、文章を能動的に理解する訓練になったという。また、幼いうちから大人向けの作品に触れることも、言葉の意味を能動的に学ぶ習慣につながった。神田氏は、これが国語力の向上に役立ったと分析すると同時に「本に対する神話には違和感がある」と語る。

「本は、マンガと比較して能動的に読むのが難しいメディアだと思います。わからない言葉があっても読み飛ばせてしまいますし、太線処理や色付けがないため、読み方に強弱をつけにくい。文章を読み始めたばかりの子どもにはハードルが高すぎて、国語力向上の目的で読ませるのはおすすめしません」

一方で、「マンガは気軽に手に取れて、面白いので長く続きやすい」と神田氏。

「マンガには、フォントやコマ割りなど作品内に強弱があります。また、セリフとともに表情や情景が描かれるため、ストーリーへの理解はもちろん、言葉や表現への理解も深まります。こうした “補助輪機能”があることで、本では読み切れない複雑な内容にも挑戦できます。国語力は、自分のレベルよりやや上の文章に触れてこそ上がると思うのです」

大人でも、たとえばスペイン語でサッカーについて書かれた本は理解できないが、スペイン語で書かれたサッカーマンガであれば、ある程度内容を楽しめるだろう。

「マンガは、多少わからない言葉があってもあまり問題になりません。国語力を育むスターターキットとして、大変有効だと思います」

小学生の国語力を上げる、「おすすめマンガ」7作品

ここでは小学生の国語力アップが期待できるマンガ7作品を、神田氏の解説つきで紹介する。最初の4作品はいずれも4コママンガだ。

1.『かりあげクン』(植田まさし)
2.『コボちゃん』(植田まさし)
3.『フリテンくん』(植田まさし)
4.『OL進化論』(秋月りす)

 

国語力を上げるマンガにおいて、4コママンガの右に出るものはないかもしれません。その魅力は、なんといっても短さ。20~30秒で読めてハードルが低い一方で、たった4コマから面白さを感じるには読解力が求められます。起承転結の論理や行間を理解するトレーニングとして、非常に優れた題材だと思います。

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4コママンガは1作品に数十文字しかない分、言葉選びには気が遣われています。ダブルミーニング(1つの文章や言葉に2つの意味があること)など言葉遊びも多く、語彙力を鍛えやすいのもポイントです。

とくに、植田まさしさんの作品はダブルミーニングの宝庫。『コボちゃん』は全国紙で連載していたこともあり読みやすく、小学校低学年でも楽しめるでしょう。2023年にテレビドラマ化された『かりあげクン』は、おふざけ要素もあって全学年におすすめ。私が最も好きな『フリテンくん』は、語彙が秀逸なものの一部露骨な描写もあるため、より上の年齢層に推奨します。

秋月りすさんの『OL進化論』は、会話が中心となる作品です。慣れないうちは、ぜひ親が一緒に読んであげてください。私も最初の頃は親が解説してくれていました。自分でもオチの面白さを説明しようとしたのですが、なかなか難しくて。でも、繰り返すうちにだんだんうまくなり、この積み重ねで国語力がかなり鍛えられたと感じています。

4コママンガは1つ1つが短く完結しているため、理解できないものがあってもストレスになりません。「全部がわからなくてもマンガは楽しめる」という気づきを得られるのも大きいと思います。

5.『ひゃくえむ。』(魚豊)

 

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魚豊さんの作品は、最近アニメ化された『チ。 ―地球の運動について―』が有名ですが、国語力を上げるのにおすすめなのが、『ひゃくえむ。』。

100m走をテーマにしたスポーツマンガで読みやすく、新装版は上下2巻構成と手に入れやすいのもポイントです。この作品では、100m走に対して正反対の価値観を持つ主人公とライバルの二項対立が描かれています。

着目したいのは上巻の90ページ。「何のために走るのか」と質問された中学生ランナーが「1位を取るためだよ」と答えるのを聞いて、左下の主人公は「?」、右下のライバルは「!」と反応します。

ひゃくえむ。
『ひゃくえむ。新装版(上) (KCデラックス)』(講談社)p90より
中学生ランナー(上)の発言に対する、主人公(左下)とライバル(右下)の反応は正反対だ
(画像:講談社提供)

主人公の「?」は、「何を当たり前のことを言っているのか?」というニュアンスでしょう。対してライバルの「!」は、核心をつかれて思わず息を吸い込んだ表情をしています。主人公には疑問符「?」がついていますが、表面上のスタンスは中学生ランナーと同じです。しかし、本当の意味で、中学生ランナーが「1位を取る」ために背負う苦しみや覚悟を理解しているのは、実はライバルの方なのです。この複雑さは、表情や吹き出しがなければ読者に伝えるのは難しいでしょう。価値観の対立や、急激に変わっていく主人公の心情が、マンガならではの技法で非常に読み取りやすく表現されている素晴らしい作品です。

6.『SPY×FAMILY』(遠藤達哉)

 

SPY×FAMILY 1 (ジャンプコミックス)
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本作は有名どころですが、国語力をつけるうえで重要な「建前」を体感できる作品です。子どものうちは、“人間は言動と感情が矛盾する”ということをまだ理解できません。例えば誰かを怒らせてしまったとき、はっきり「怒ったぞ!」と言われることは少ないですよね。逆に、「怒ったぞ!」と言われたときは、相手は単にハッタリをかけているだけで、さほど怒っていないケースもあります。本当の「語彙力」とは、どれほど難しい言葉を知っているか(語彙量)ではなく、語彙の広がりをどれだけ理解しているか。この作品は、そうした「語彙の深さ」を学ぶのにうってつけです。

主人公の女の子は、人の心を読むことができます。父親と母親は、お互いに身分を隠しているスパイと殺し屋。両親の言動には裏の目的があることが多いですが、本心が見え隠れする瞬間もあり、それが作品の妙味です。登場人物が多く、いろいろな利害関係が見て取れるのも面白いところ。作品を通して、本音と建前、言動と真意の矛盾を読み取れるようになってもらえたらと思います。

7.『僕のヒーローアカデミア』(堀越耕平)

 

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実は、東大生に「国語力が上がるマンガは?」とヒアリングして1番多く挙げられたのが『僕のヒーローアカデミア』(以下、ヒロアカ)でした。私も小学生からずっと読み続けています。作品の魅力は、一人ひとりのキャラクターの掘り下げが深いところ。ストーリーが進むにつれ、各キャラクターのヒーロー観も変化していくのですが、この “変化を読み取る力”は、中学受験で求められる国語力に通じます。とくに、「爆豪勝己」と「トガヒミコ」という2人のキャラクターは、ある大きな出来事をきっかけに、主人公への感情がわかりやすく変化するので、注目してみてください。

ここまで、おすすめのマンガを7作品紹介してもらったが、神田氏は「重要なのは、あくまで“読み方”」だと語る。

「マンガを買って終わりではなく、面白さや感想を言語化することが大切です。子どもと感想を語り合うためにも、むしろ親こそマンガを読むべきかもしれませんね。私も両親の影響でマンガを読み始めたので、まずは親自身が楽しむことも大事だと思います。このとき、マンガの内容や言葉遣いなど、子どもへの影響を過度に考えすぎる必要はありません。大人向けのマンガは子どもにとっても面白いですから、お互いに興味を持った作品を共有し、親子でたくさん対話を重ねてみてください」

(文:せきねみき、注記のない写真:Graphs / PIXTA)