子どもの自殺者数が過去最多水準

子どもの自殺者数が過去最多水準となっている。警察庁の自殺統計によれば、2023年の小中高生の自殺者は513人で、過去最多だった2022年の514人から高止まりしている。

こうした状況を受けて、国は「こどもの自殺対策に関する関係省庁連絡会議」を設置し、2023年6月に「こどもの自殺対策緊急強化プラン」を取りまとめた。

子どもの自殺に関する情報の集約・分析に加えて、自殺予防のための教育や相談・支援体制の整備のほか、自殺リスク早期発見のためにGIGAスクール構想下で整備された1人1台端末の活用が盛り込まれていることはご存じだろうか。

GIGA端末を活用した自殺対策とは

文部科学省も2023年7月、児童生徒からのSOSを早期に把握するため、1人1台端末を活用した対策を求める通達を各都道府県の教育委員会に出している。アンケート機能を活用して、子どもたちの健康観察を行ったり、相談に応じたり、心身の不調を早期に把握、対応できるツールなども紹介している。

伊藤次郎(いとう・じろう)
NPO法人OVA代表理事、精神保健福祉士
人事コンサルティング会社、精神科クリニック勤務を経て2013年にICTを活用した自殺ハイリスク者への相談支援を開始。2014年にNPO法人OVAを設立
(写真:本人提供)

警察庁の統計では、自殺の原因・動機として「学校問題」「家庭の問題」「健康上の問題」などを挙げているが、そんなに子どもの悩みというのは簡単なものではない。

複数の問題を抱えて追い詰められ、心身の健康状態が悪化してしまう子が多いように思う。もちろん具体的な内容は個々に異なるが「学校にも家にも居場所がない」といった孤独感は、ほとんどの子どもに見られる。

とくに難しいのが、「死にたい」といったような主観的な感情は、他者からは見えづらいということだ。教室で子どもの顔を見ただけでは、誰が死にたい気持ちを抱えているかはわからないし、たとえ死にたいという気持ちがあっても周囲に打ち明けられない子がほとんどである。

そんな子も、ネット検索で自殺に関連したキーワードを調べたり、行き場のないつらい気持ちをSNSに吐露することがある。

では実際、1人1台端末を使って、インターネットで自殺関連用語を検索するとどうなるか。学校関係者に行ったヒアリングによると、フィルタリングが設定されていて検索結果自体が表示されなかったり、管理者である教育委員会に通知されたりするなど、セーフサーチ設定や監視的な対応が多く取られていた。また地域によって、そもそも対策をしていないというところもあった。

NPO法人OVA(以下、OVA)では、こうしたインターネット上の検索行動に着目し、検索結果に検索したキーワードと関連した広告が表示される「検索連動型広告」を活用してきた。

自殺関連用語を検索した人にだけ広告を出すことで、目に見えづらい「死にたい気持ちを抱える人」を特定するとともに、広告でつらい気持ちを受け止める共感的なメッセージとともに相談を促し、インターネットで悩みを相談するハードルを下げて現実の支援機関につなぐ活動を10年ほど実施してきたのだ。

今では国や地方自治体の啓発キャンペーンにおいても、検索エンジン・SNSで自殺関連キーワードを調べると、それと連動して相談窓口が示されることなどは当たり前に実施されている。国内のおよそほとんどの検索エンジン・SNS事業者も自殺関連用語の検索に連動して相談窓口を紹介するなど、独自の対応を行うようになっている。

このような孤独・孤立状態にある人に対して、マーケティングの技術を用いて支えの手を伸ばす活動を「デジタルアウトリーチ」と呼ぶ。

デジタルアウトリーチは、孤独孤立・性暴力被害・DV被害・生活困窮・精神疾患などほかの領域でも活用が進んでおり、OVAでは地方自治体・非営利団体と協働して、20領域程度の検索キーワードの運用を行っている。

ブラウザ拡張機能を活用し、児童生徒に支援を届ける

OVAでは、死にたい気持ちを抱えている児童生徒に対し、プッシュ型の情報発信をするブラウザ拡張機能「SOSフィルター」も開発している。

自殺・自傷・メンタルヘルス・性暴力・学校での人間関係(いじめを含む)・家庭での人間関係(虐待を含む)に関連したワードを1人1台端末で調べると、あらかじめ児童生徒の端末にインストールされたブラウザ拡張機能が反応し、支援情報をポップアップで表示する。

児童生徒の意思を尊重し、学校に通知する設計にはしておらず、あくまで次に起こすアクション(援助希求行動やセルフケア)をサポートするツールになっている。

昨年度、「SOSフィルター」のβ版を私立の中学校・高等学校981名に4カ月間試験導入したところ、月平均で27回自殺関連用語が調べられ、生徒にポップアップが表示されたことがわかった。学校が生徒に配布している端末で、自殺関連用語が少なくない数で検索されている実態が明らかになったのである。

必ずしも生徒は「死にたい」といった心情の吐露を打ち込んでいるわけではなく、自殺に関連したニュースなどの情報を調べていることもある。しかし、死ぬための情報に触れることは自殺を誘発するリスクがある。扇情的な、自殺報道が自殺を誘発する現象は世界中で起こっており、「ウェルテル効果」といわれている。また生徒が死ぬための情報を調べた際でも、生きるための情報をより目につきやすいところに表示することには一定の意義があると考えられる。

「SOSフィルター」は現在、試験導入を経て本格開発中で、今年の7月には学校・教育委員会が無償でインストールできるよう公開予定だ。

「SOSフィルター」は7月にリリース予定。学校・教育委員会が対象で、上記サイトから問い合わせを行えば無償でインストールができる
(写真:OVA提供)

こうしてインターネット上の自殺に関連した危険行動に対して対策を講じることは重要だが、それだけでは十分でない。

従来の電話相談から、より子どもに親和性の高いSNSを活用した相談窓口を強化したり、児童生徒を支える教員・学校・支援者などを支援する取り組みも重要だ。児童生徒にかかわる支援者も「死にたい」と吐露する場合や自傷行為をする子どもに対して、どう対応していいのか困惑しているのが現場の実態だからである。

子どもを取り巻く環境は時代とともに変化している。学校では教員が多忙で、家では親も働きながら子育てすることも多い。祖父母が近くにいない家庭も多くある。

近所・地域で見守りといっても、関係が深くない近所の人が声をかければ「不審者」になりかねないのが現状ではないだろうか。地域に子どもの居場所となりうるような中間共同体が失われることは、子どものみならず大人にとっても、孤独・孤立感を高めることとなるだろう。子どもたちの「第三の居場所」をつくっていく取り組みも重要である。

死にたい気持ちの中身には「孤独感」がある

今は、学校でも生徒向けに「SOSの出し方教育」や、教員などの大人向けに「SOSの受け止め方」の研修が積極的に実施されるようになっている。

子どもは大人の振る舞いを観察学習しながら成長し、行動する。一方、子どもは大人と比較して、相談することによって問題が解決したり、好転するといった経験が少ない。

であれば、SOSを出したことによる成功体験の共有も有用であると考えられる。大人も相談をすることに積極的意義を見いだし、その行動や効果について子どもたちに共有することも重要なのではないだろうか。

学校ではスクールカウンセラーが配置されるようになっている。海外の映画では登場人物が「カウンセリング」を受ける場面などが頻繁に出てくるが、日本の映画でそのような場面はほとんど見かけない。「相談すること」は「弱さを見せること」であると捉えられがちである。そのような考えは周囲にSOSを出すことを阻害している可能性がある。

いくら年齢を重ねようとも人は生きるうえで悩む。それは恥ずべきことではない。むしろ、悩むことは自らと向き合い、自己超越しようとする証左ともいえる。そして、相談することは他者に協力を要請しながら問題を解決していくビジネススキルである。

ハイリスクな子どもの背後にはハイリスクな親がいるといわれる。子どもの自殺の問題は、特定の子どもの個人的問題ではない。私たち大人の問題であり、社会の問題である。日本では4人に1人が自殺を考えたことがあるといわれる。つまり誰もが自殺に追い込まれうる。

死にたい気持ちの中身に「孤独感」がある。それは子どもも大人も同じである。

新型コロナ感染拡大以降、より人々はデバイスの画面を見るようになった。しばしばデバイスが、人と人とをつなぐインターフェースになっている。そして昨今、AIの発展が目覚ましい。今後さらに発展するマルチモーダルAIによって、AIは文字どおり人間のように話すようになるだろう。人間が人間と話す機会はますます減っていく可能性がある。AI時代において、私たちはどのように人とつながりを持ち、所属感を高め、望まない孤独を避けられるだろうか。

筆者はOVAの活動を通じて、多くの人の悩みを聞いてきた。人間が抱える問題は本当に多様だ。ただ人間にとって苦痛なことは、きっと問題や悩みそのものではない。苦しみを誰にも理解してもらえない、聞いてもらえないという孤独だと思う。子どもも大人もその点は変わらない。

講演会などで「自分にできることはありますか?」と質問されることがある。NPOに参加したり寄付したりすることもできるが、家庭で、学校で、職場で、地域で、困っている人がいたら声をかけ、話を聞くだけでいい。自分が悩んだら話を聞いてもらう。それだけで今日をなんとか生きられる。

一人の人間が多くをできないことはきっと幸運である。できないからこそ、弱いからこそ、支え合い、私たちはつながり続けることができる。

(注記のない写真:White Clover / PIXTA)