日本では才能を見いだし育てる環境が、いまだ不十分
ギフテッド教育とは、生まれつき特別な才能を持つ子どもたちの能力を伸ばすための教育手法のこと。その目安は、かつて「IQ130以上が目安」などともいわれたが、現在は知能指数だけではなく言語能力や創造力、芸術的才能など、子どもを総合的に見て判断されることが多いという。
昨年7月、日本でも文部科学省が「特定分野に特異な才能のある児童生徒に対する学校における指導・支援の在り方等に関する有識者会議」を立ち上げた。ここでは、ギフテッド教育ではなく才能教育と表現しているが、有識者会議では特異な才能を持つ子どもや保護者、その支援団体に調査を行っており、下記のような事例を紹介している。
だが一方で、こうした子どもたちが学校では「授業がつねに苦痛でした。発言をすると授業の雰囲気を壊してしまい、申し訳なく感じてしまうので、 わからないふりをしなければならない」「学校で習っていない解法をテストなどで解答するとバツにされることが嫌だった。意味があるのかはわからないが、解き方が合っているなら正解にするべきだと思う」「精神的な発達が生活年齢よりも部分的に進んでいるため、同年齢のクラスメートと価値観や感じ方の共有ができない。共感が得られず孤独」など、困難を抱えていることもわかった。
実際、学校現場や大学、民間企業やNPOなどで、こうした子どもたちの才能を伸ばすための支援がスタートしているが、才能を見いだし育てる環境としては、いまだ日本は不十分な状況にあると言わざるをえない。
米ジョンズホプキンス大の学習プログラムCTY
そんな中、先んじてギフテッド教育に取り組んできたのが米国だ。州・学区・学校により状況は異なるものの、小・中学校、高等学校、大学への早期入学、飛び級などの「早修」 が行われるとともに、サマープログラム、各種コンテスト、放課後スクール、学校においても特性に応じた指導などが行われている。
その中の1つに、Center for Talented Youth(以下、CTY)という学習プログラムがある。CTYは、米国の有名難関大学の1つであるジョンズホプキンス大学が作ったギフテッド教育の学習プログラムだ。ほかにデューク大学やノースウェスタン大学などにも同様の教育プログラムが存在するが、1979年に作られた長い歴史のあるCTYは高い知名度を持つ。
CTYの特徴は、サマープログラムや通年のオンラインプログラムを通して、就学年齢に関係なく、子どもの興味や能力に合わせて深い学習を進めるところにある。その内容は、受験勉強や学習の先取りとはまったく異なるものだという。参加者は、SCATと呼ばれる独自試験によって選抜され、3週間にわたってサマープログラムが行われる。
サマープログラムは、大学教授や大学院生などの指導の下、自然科学や人文科学などの知見を基に推理的、論理的思考を駆使しながら、知る楽しさ、学ぶ楽しさを体験する内容になっている。このサマープログラムには9500人が参加し、通年のオンラインプログラムは毎年2万6700人の子どもたちが受講している。
CTYの修了生にはグーグル共同創業者のセルゲイ・ブリン、メタ(旧・フェイスブック)創業者のマーク・ザッカーバーグ、アーティストのレディー・ガガなど著名人の名も並ぶ、米国では定評あるプログラムだ。
ISAKの小林りん氏らEducation Beyond設立でCTYを日本へ
今、このCTYを日本に導入し、多様化する教育ニーズに応えようとする団体がある。2022年から活動を本格的に開始した一般社団法人Education Beyondだ。Education Beyondでは、子どもたちが自分たちの可能性を最大化し、あらゆる枠組みを超えて自分らしく生きる力を育むこと、そして子どもたちを取り巻く保護者、先生らの支援を通し、コミュニティーと一体となって社会的インパクトを及ぼすことをミッションとしている。
Education Beyond理事の1人である学校法人ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン代表理事の小林りん氏が語る。
「子どもを持つ親として、受験勉強でも先取り学習でもなく、学校でもっと知的でチャレンジングに学べる環境があればいいと思っていたところ、米国にCTYという学習プログラムがあることを紹介してくれたのが、代表理事のポール・リーさんでした。ただ、日本から米国CTYに参加しようとすると、かなりハードルが高い。そこで、日本の子どもたちにも手が届く形で学べる機会をつくろうとみんなで話し合ったのがEducation Beyondを設立したきっかけです」
ポール・リー氏は台湾出身だ。カナダで教育を受け、1999年に来日し、証券会社や投資信託会社で投資の仕事を続けながら、2012年に東京から香港に転勤した際にCTYの香港拠点の立ち上げに関わった。それが縁で同年、CTYのアジア・アドバイザリーボード・メンバーに就任。21年までボードメンバーを務めた後、日本に再来日し、現在はEducation Beyondの活動とともに教育とITを組み合わせたEdTechスタートアップ企業の立ち上げ準備をしている。
「9年間ほどCTYのアジア・アドバイザリーボード・メンバーとして活動しましたが、プログラムに参加する子どもたちのうち50%が中国、30%が韓国、残りがインド、インドネシア、マレーシアなどの国からで、日本からの参加はわずかでした。これはおかしいと思い、17年に日本でも説明会を開催したのですが、テストが英語だったり、夏休みの時期が米国とは異なることから、参加のハードルが高かった。ならば、日本でCTYを展開するためには違うアプローチが必要だと考え、私たちが主体となって活動をスタートさせることにしたのです」
日本でギフテッド教育というと、「発達障害の子どもを対象とした教育を思い浮かべる方がいるかもしれない」と小林氏は話す。ギフテッドと発達障害の両方の特徴を持つ子どももいるため、日本では同義で語られることもあり、誤解があるという。
「ある教育研究所の調査によれば、小学校で学校教育についていけない『落ちこぼれ』は約15%いるといわれるが、それとほぼ同じ比率の約13%が『吹きこぼれ』、授業が簡単すぎてつまらないと感じる子どもたちが存在する」(小林氏)という。
CTYでは、こうした学校の授業では飽き足らず、知的渇望感を持つ子どもたちを対象としている。
「学校の教育現場で、才能がある子どもたちを特別だからと無視しないことが大切です。そうでなければ、子どもたちは孤独になって、大きなダメージを受けてしまいます。まずは、これまでの日本の教育の固定観念を解きほぐし、世界が大きく変わっていく中で、20年後の子どもたちにどんな教育をすべきかを考えることが必要なのです」(リー氏)
これまで日本の公教育は、「落ちこぼれ」の子どもたちを救うための施策を積極的に行い、学力を底上げすることに主眼が置かれてきた。その結果、OECD諸国の中でも日本は全体的に高い学力を誇ってきたが、その一方で、生まれつき能力が高く、学校の授業に退屈するような子どもたちに対する目立ったサポートは少なく、放課後の個人や家庭の努力に委ねられている状況にあった。
Education Beyondでは、こうしたこれまで日本では見過ごされてきたニーズに、まずはサマースクールのような形で対応しつつ、将来的には保護者、先生らとの協働を通し、公教育においても子どもたちの知的好奇心が満たされるような社会を目指すという。同じく理事のポピンズホールディングス代表取締役社長の轟麻衣子氏も次のように話す。
「日本の教育は、子どもたちの弱点克服に集中しがちです。大切なのは、子どもの弱点ではなく得意なことに着目するよう、大人の思考を切り替えること。海外の教育機関の視察をしていると、とんがった才能を先生たちが見極め、アカデミックの知見を活用しながら教育する環境が整っています。私たちの活動を通して、日本の教育現場でもそうしたアプローチが可能となる土壌を育みたいと考えているのです」
今後、Education Beyondは、22年秋までにパイロット版のプログラムを開催し、翌23年夏から本格的なプログラムをスタートさせる予定。講師は、当面は米国CTY認定の講師の下にバイリンガルのティーチングアシスタントを置くなど、可能な範囲で言語の壁を取り除くべく計画を進めている。
米国CTYの対象年齢は小学2年から高校3年生までだが、日本ではニーズの顕在化している小学生を対象としたプログラムからスタートする。参加希望者は選抜試験を受け、決定される。定員などは米国CTYとも協議中。米国での授業料は3週間のサマープログラムで約3000ドル(約33万円)程度と決して安くはない。日本でも同程度を想定しており、奨学金を用意することでより多くの子どもたちに手の届くプログラムとする方針だ。小林氏が言う。
「豊かな才能を持つできるだけ多くの子どもたちの可能性をCTYで高めていきたい。そのためにも、これからサマープログラムや教員の方々のトレーニングを通して、もっとたくさんの子どもたちに学びの機会を提供したいと思っています」
日本において今、生まれつき特別な才能を持つ子どもが一定数いること、そうした子どもたちが困難な状況に直面している可能性があることを理解している人は少ない。必要な支援が行き届くよう、こうした民間の取り組みがいい先行事例になることを期待したい。
(文:國貞文隆、編集部 細川めぐみ、注記のない写真:すべてCTY PHOTO BY HOWARD KORN)