「1カ月以上の病気休暇取得者」の中にも精神疾患者
文部科学省が2023年12月22日に公表した「令和4年度公立学校教職員の人事行政状況調査」によれば、精神疾患を理由に病気休職した教職員数は全体の0.71%に当たる6539人で過去最多となった。
ここ数年、教職員の精神疾患による休職者数は年間5000人台と高止まりしていたが、ついに6000人を超えた。もちろん、教職員に限らず、社会全体で精神疾患を抱える人が増えていることも背景にあるが、実際に心を病んでいる教職員は、もっと多くいる可能性があるという。
「文科省の調査では、精神疾患による休職とは別に『1カ月以上の病気休暇取得者』も集計していますが、その原因に精神疾患の場合があるとみるべきではないでしょうか。そうなれば、実際にはもっと多くの教職員が精神を病んでいると見ることもできます。教育委員会も、現場の精神疾患の患者数を正確に把握しているとは言えないでしょう」
こう話すのは、メンタルヘルス対策支援を手がけるメンタルヘルステクノロジーズ代表取締役社長の刀禰真之介氏だ。
メンタルヘルステクノロジーズは2011年に設立され、現在は東証グロース市場に上場している。企業向けに従業員の健康をフィジカル、メンタル面で支援する事業が主力で、専門医や産業医・産業保健師の紹介、マッチング、カウンセリングのほか、クラウド型の健康管理サービスなどを提供している。
今回の調査では、「病気休職者及び1カ月以上の病気休暇取得者」は2万376人(全体の2.22%)、このうち1万2192人(全体の1.33%)が精神疾患者としているが、それは「確定」できているものにすぎないという指摘だ。2万376人の中には、教育委員会が把握できていない精神疾患者がまだ含まれるのではないか。そうなれば、その数はさらに増えることになる。
メンタルヘルス対策に本腰を入れて取り組む企業も実は少ない
メンタルヘルステクノロジーズは「健康経営」に力を入れる企業の増加を追い風とし、顧客企業数は1800社超、導入事業場数は1万2000カ所以上に伸ばしている。ただ、企業のメンタルヘルスに対する理解には温度差があって二極化しており、本腰を入れて対策に取り組んでいる企業は、実はまだごく一部にすぎないという。
「メンタルヘルス対策を行っている企業のほとんどは、法令遵守の下での形式的な運用にとどまっています。健康診断を受けただけでは健康になりませんし、ストレスチェックで高ストレス判定が出て産業医と面談をしてもメンタルは和らぎません。本来は、健康診断やストレスチェックで集まった情報を適切に処理して、メンタル不調を減らさなければなりません。そこで私たちは課題解決にまで踏み込んでサポートし、メンタルヘルス対策という大枠の中でサービスを提供しています」
社会全体で精神疾患を抱える人が増えているのも、メンタル不調を改善する施策を計画して実行するマネジメント機能がない、あるいは機能していないのだ。
メンタルヘルス対策の成果を見るには、休職率を下げることが1つの目安になる。厚生労働省「令和4年労働安全衛生調査(実態調査)」によれば、メンタル不調で連続1カ月以上休業した労働者の割合は1000人以上の事業所で1%、退職した人も含めれば1.2%だ。だが、中には2~3%休職者がいる企業も少なくない。
「社員数が1万人いれば、200~300人の社員が病んでいることになります。とくにIT業界では経営の筆頭課題がメンタルヘルスとなるなど、ホワイトカラーでは最もメンタル的に厳しい業界となっています。どんな企業であれ休職者が発生するのは避けられませんが、1%未満で安定させなければ組織は疲弊してしまいます。休職者を減らしていくためにも、教育研修と相談体制の構築、休職・復職の仕組みの設計・運用という3つの機能をカバーするセーフティーネットを構築する必要があります」
こう刀禰氏が話すように、メンタルヘルス対策としてよく知られる3つの予防策がある。
自身の体質を知るセルフケア、管理職が従業員の健康を管理するラインケアなどによって不調を未然に防止する「1次予防」、上司や産業保健スタッフとの相談体制を構築して不調を早期に発見して対応する「2次予防」、メンタルヘルス不調が悪化、再発しない仕組みをつくる「3次予防」だ。これらをしっかり機能させることで休職率を下げる、あるいは安定させることが可能になるという。
ステークホルダーの多い教職員は大変
メンタルヘルステクノロジーズは、2019年から総務省の外郭団体、地方公務員安全衛生推進協会から委託を受け、地方公務員向けメンタルヘルス研修、教育委員会や学校に教職員・メンタルヘルス実態調査のためのヒアリングなども行ってきた。
その経験から、刀禰氏は公務員のメンタルヘルス対策について「基本的にはうまくいっていない。形式的な対応か、そもそも対応してない場合がほとんど」だと話す。それはここ数年、教職員の精神疾患による休職者が高止まりとなっていることにも共通するという。
「うつ病や適応障害といった精神疾患が起こる要因は、環境変化と仕事の量と質、職場の人間関係が大半です。例えば、環境変化が非常に速くて、毎月400時間も働かなくてはならないほど仕事が多く、職場の人間関係も最悪ならば、精神を病んでしまうのは当たり前です。今はどこも環境変化が激しく、すべての仕事をミスなく、スピーディに対応することが求められ、ちょっとしたミスでも怒られる。そこに人間関係の悪さが加われば、誰でも病んでしまう時代になっています」
企業の一般的な社員のステークホルダーは顧客と上司・同僚くらいだが、とりわけ教職員の場合は上司・同僚、児童生徒、保護者、地域社会とステークホルダーが多い。たとえ優秀な人であっても、教職員のほうが構造上、難しい環境に置かれているという。
「そもそも学校はIT化で世の中から後れをとっており、生産性が高いとは言えません。紙文化で1人1アカウント配布されていないにもかかわらず、デジタル前提で設計がなされている学校もある。ITが得意な人、苦手な人の差も激しく、それを改善できるほどの研修も企業ほど充実していません。そのうえ、長時間労働が当たり前となれば、生産性が上がりません。精神疾患は複合的に要因が重なって発症するものです。学校は構造上、病みやすい環境にあると認識したうえで、まずはセルフケア、つまり自分自身を守る術を身に付けなければなりません」
神戸市、那覇市、千葉市のメンタルヘルス対策を支援
こうした状況を受け、文科省でも2024年度、公立学校教員のメンタルヘルス対策に関する調査研究事業としてモデル自治体、モデル校で効果的な取り組みについて研究を行うとしている。2013年に文科省が取りまとめたメンタルヘルス対策から、実に10年ぶりの動きとなる。
「期待したいのは、文科省の積極的なコミットメントです。文科省にはメンタルヘルス対策の専門家も配置されていますが、効果的な対策を講ずる予算がつかない。財務省がしっかりした予算確保をすれば、すでにメンタルヘルス対策の仕組みは現場で徹底されているはずです。昔と比べ、発達障害の子も増えており、学校の負担は増える一方です。ほかの職種と比べても仕事の過重は大きく、学生からはブラックな職場だと認識され、優秀な学生が志望しなくなっている側面も否定できません」
同社では現在、文科省の調査研究事業の一環として、神戸市教育委員会と那覇市教育委員会、千葉市教育委員会からオファーを受け、教職員のメンタルヘルス対策を100%子会社のAvenirを通じてサポートしている。
「メンタルヘルス関連では、アンケートを実施して回答を得るにも信頼が欠かせません。学校を1つひとつ回り説明をして回答率を上げながら、校長先生にはメンタルヘルスに関するマネジメントやリーダーシップの研修を行っています」
教育委員会によって精神疾患による休職数や、その原因また対策はさまざまだが、共通した課題もあるという。
「例えば復職関連ですと、ほとんどの学校がそもそも対策をとっていないか、やっていたとしても校長先生がすべて対応することになっています。しかし、現実的に考えれば、毎月学校のトップと面談するのは休職者にとってはハードルが高い。たしかに校長先生が定期的に状況を把握しておく必要はありますが、本来は医療職が対応しなければならないことで、その説得にも時間がかかりました。まずマネジメント層が意識改革を行うことが重要であり、企業と同じように精神疾患を抱える先生が相談しやすい体制をつくることが急務となっています」
今も増え続けている教職員の精神疾患。今後、同社はさらに教育界でのメンタルヘルス対策を強化する方針だ。
「働き方改革によって、多くの企業でメンタルヘルス対策が進み始めたことはよいことだと考えています。しかし、その一方で、働き方改革が進んでいない医療業界、建材・運輸業界では人手不足が常態化しています。いわゆるホワイト化に対応できない業種は将来的な生き残りも厳しい。教職員も同じくこれから何らかの手を打たなければなりません。休職率が2~3%あれば、組織に問題があると見なさなければならない。今回の調査研究事業をきっかけに、もっとメンタルヘルス対策を全国の学校に広めていきたいと考えています」
現在、学校現場はどこも人手不足で苦境に立たされている。なり手不足の解消に教育委員会も奔走しているが、今現場で働いている教職員を大切にすること、その1つがメンタルヘルス対策であり、何よりも先んじて取り組むべきことではないだろうか。
(文:國貞文隆、注記のない写真:Ushico / PIXTA)
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