現場の悲痛な声が示す学校防災の「今」
南海トラフ地震や首都直下地震などが想定されているのに加え、近年は台風や大雨も激甚化する中、学校における防災対策・防災教育の重要性は増している。10年前の東日本大震災では、学校も大きな被害を経験したが今、学校防災はどうなっているのだろうか。
今年2月、一般社団法人スマートサプライビジョン(以下、SSV)が全国の先生・学校関係者に学校防災に関するWebアンケート(回答者:81名)を行ったところ、愕然とする結果になった。
「『学校管理下で災害が発生した場合、児童生徒全員を守る自信がない』と回答した先生が74.1%に上りました。自由回答にも、災害の知識も被災経験もない自分が子どもの命を丸腰で預かる不安や、硬直化した学校組織、形骸化した防災マニュアルとおざなりな防災訓練、変えたいが何をどうしていいかわからない、知識がない、仲間がいない……など、現場のつらい状況がつづられていました」
こう話すのはSSV特別講師で防災士でもある、かもんまゆ氏だ。
東日本大震災の津波で児童・教職員84人が犠牲となった宮城県石巻市立大川小学校の訴訟では、「学校保健安全法」に照らして学校、行政の過失を認める判決が下された。学校側の防災対策が不十分であったことが明確になったわけだが、それでも「忙しくて防災どころではない」「心配だがとくに何もしていない」現状が調査で浮き彫りになった格好だ。
南海トラフ地震や首都直下地震など、未曾有の危機が間近に迫っていることを考えると、これではまた「悲劇」「想定外」を繰り返すことは想像にかたくない。次の災害が来る前に、学校に関わるすべての人たちの力を合わせて学校防災の改善につなげていく必要性を感じ、かもん氏は「学校防災アップデート大作戦!」というプロジェクトを立ち上げた。
第一歩は「学校被災」のリアルを知ることから
「震災で被災した学校の先生たちは全員、目の前の子どもたちを守りたい一心だったはず。思いは同じだったのに、未来は大きく変わってしまった。その原因はいったい何なのか」。こう10年間ずっと考え、調べ続けてきたかもん氏には、心強い同志がいる。
プロジェクトメンバーの一人で、SSVの理事、佐藤敏郎氏だ。宮城県内の中学校の元教員で、大川小6年生だった次女を津波で亡くした遺族でもある。佐藤氏は、全国の講演で「あの日、何があったのか」「どうあれば命を守れたのか」を伝え続ける中で、こう思うようになったという。
「先生向けの防災講演会がある、研修がある。でもそれらが本当に子どもの命を守ることに結び付いているかというと、まだまだなのではないか。防災について、命について、少人数でもよいから、先生同士がつながり、もっと本音で話し合えるコミュニティーをつくり、『潮目』にしたい」と。
一方、岩手県釜石市では震災の7年も前から防災教育が進められており、震災当日、子どもたちは「学校で教わったこと」をおのおので臨機応変に実行し、3000人の子どもたちが自分の命を守り切った。
「釜石の教職員も、全国の先生方同様、最初は地震や津波の知識も防災について学ぶ時間もなかった。釜石は津波地域ではあったが、よそと比べて防災意識が特別高かったわけでもない。それなのにどうして始められたのか。それがわかれば、全国どこでも同じことが展開できるのではないかと思いました」(かもん氏)
そんなかもん氏は、東日本大震災当時、岩手県釜石市立釜石東中学校の教員だった糸日谷(いとひや)美奈子氏とも出会うことになる。釜石東中学校は津波で壊滅状態になったものの、教員生徒全員が高台に避難し「釜石の奇跡」と呼ばれた、まさにその現場にいた人物だ。
「震災後、教職から離れましたが、当時のことを思い出すのはつらくて、今まで語ることはできなかった。でも、今はあの日、私が先生として見たこと、感じたことを、先生にこそ聞いてもらいたい。奇跡と言われる釜石だが、私自身は後悔や反省ばかり。それを率直に伝えようと思った」(糸日谷氏)
かもん氏は、糸日谷氏に「釜石で防災を始めた」釜石東中学校の元同僚で、現在は文部科学省で子どもの安全教育に携わる人物を紹介してもらい、当時のことや、学校防災の現状、教員向け防災教育コンテンツに関する助言ももらったという。こうしてさまざまな縁から「学校防災アップデート大作戦!教職員向け学校防災オンライン講座」が誕生した。
「走って津波から逃げ切ったことが『奇跡』と呼ばれるままではいけないし、多数の犠牲者が出たことを『悲劇』とふたをしてはいけない。すべての垣根を取り払い、本当はどうあれば命が守れたのかをみんなで考える。震災直後ではとても考えられない座組ですが、10年経ってようやく夢がかないました」(かもん氏)
リアルを知ると、自分たちの学校のおかしさが見えてくる
講座は、1回1時間半、全4回(約1カ月)。幼稚園・保育園から大学まで、教職員や学校関係者であれば誰でも参加できる。
佐藤氏、糸日谷氏の実体験や、東日本大震災で被災した学校に起きたこと、有効だった防災教育について知り、参加者が自ら気づきを得て、実際に自分の学校で実践するまでをサポートする。参加者限定のSNSコミュニティーで、講座での学びや学校での悩みなどを共有することができるのも、大きな特徴だ。
まず初めに学ぶのは「先生自身の心をアップデート」すること。
自分の学校に起こる被災想定、すなわち自分たちを襲う“敵”すら知らずに子どもは守れないこと、「静かに並ぶ」「問題が起こらない」ことだけをよしとした防災訓練や、「現時点で最新・最善の戦い方が載っている書」であるはずの防災マニュアルが、どこに保管されているのかわからない「幻の書」になっていたり、 “敵”も知らないのにすでに戦い方の書が完成していることなど、現状の防災対策のおかしいところに気づいてもらう。
大川小は訓練は未実施、防災マニュアルはあったが、二次避難場所とされた「近くの公園か空き地」は実在せず、裁判では「事前防災の不備」が認定された。実際「防災マニュアルを見たことがない」「学校のどこにあるのかわからない」「訓練の内容が毎年同じ」など、マニュアルや訓練が形骸化している学校は少なくないそうだ。
「想定外」が起こるのが災害の常ならば、予定調和の防災訓練など「本番」ではまったく意味を成さない。釜石、大川の事例では「過呼吸の生徒が続出した」「先生でも恐怖で足が震えて、訓練どおりの行動ができなかった」「停電で放送が使えなかった」という。訓練でやったことがないことはできない、いや訓練でできたことすらできなくなるのが災害なのである。
そして、一人の先生だけ防災意識が高くても子どもたち全員を守ることはできないし、関係がギスギスしているチームが有事に急に最高のチームになるわけもない。平時から人間関係をよくしておくことも大事な「防災」で、職場での仲間づくりや、無関心な同僚の巻き込み方、管理職へのアプローチの仕方などについても事例から学んでもらうという。
先生が変われば、子どもも親も地域も変わる
これまで参加した先生は、全国66校。事後アンケートでは「大変満足」「意識や行動が変化した」という答えが100%と高く評価されており、受講後はそれぞれが自らの現場で学んだことを生かしている。
若くて体力がありそうと防災係にされ、不安から受講したという小学校の先生は、「この講座で全国に仲間ができ、自分が大きく変わった」と目を輝かせる。勤務先の園が3mの浸水予想地域にある保育士は「釜石東中をまねて、園舎の浸水水位に大きな矢印を付けたら同僚が驚き、防災の話が弾んだ。今は毎日園児が何をできるかを考え、周りに相談し、園児の命を守るために行動している。次は何を仕掛けようか思案している」と話す。
SSVでは、この講座に加え、防災先進都市を標榜する福岡市の高島宗一郎市長、市教育委員会と協働し、市内の津波・高潮危険区域にある小・中学校各1校を「防災教育モデル校」として選出。全教員が同じ講座を聞き、学校単位でアップデートしていく取り組みもスタートし、今後は全市展開を目指しているという。
「学校防災は『先生だけの問題』ではありません。子どもは家族の、そして地域の未来。多くの方に子どもを守る最前線にいる先生たちの苦労を知っていただき、力を貸していただきたい。現に『子どもの学校に紹介できるチラシが欲しい』と保護者から要望があり、女子大生がデザインをしてくれました」
元釜石東中の生徒で、今は地元で語り部をする女性は、「学校で学んだ防災は楽しい時間だったから、よく覚えていた。あの授業が私たちの命を守ってくれた」と話す。学校防災は楽しくたっていい。日本全国どこにどんな災害が来ても、みんなで力を合わせ、笑顔で乗り越えられる学校防災にアップデートすることが大切だと感じさせられる一言だ。
来年は、さらに大きなうねりをつくることを目指すという「学校防災アップデート大作戦!」。災害大国日本で、いざというとき、いかに命を守るのか。一人ひとりの平時の取り組みが肝要になる。
(企画:長島ともこ、注記のない写真:Graphs/PIXTA)