教員の「複業」の可能性
私は2013年に神戸市の中学校に理科教員として採用され、8年(育休の期間を含む)ほど在籍していました。その後、正規の教員を退職した私は、非常勤講師として小学校で週に10時間ほど勤務し、残りの時間は個人事業主として開業し、自分にどんなことができるのかを模索する時間に充てました。
本当に自分がやりたいことは何か、徹底的に自分を見つめ直し、残ったのが「教員の複業」でした。私は、教師の仕事が好きでした。生徒たちの自律のための伴走をすることが好きで、そのために自分も社会に打って出て経験を蓄積させたいと思っていました。
そこで、稼げるかどうかは度外視して、「教員の複業」を前に進めることに振り切ることを決めました。まずは教員の複業に関するコミュニティを立ち上げることにしました。
教員の複業についての情報発信を行う中で、学校内での兼業申請の出し方や全国の事例などについて相当な量の情報収集と研究を行いました。その中で、本気で誰かが動かなければ教員の複業はこのまま前に進まないかもしれないと感じ、地方自治体や社会と対等に議論していくためにNPO法人を立ち上げることにしました。
ここでは、外界に関心のある先生方に勇気と正しい知識をもっていただけるよう教員の複業を取り巻く制度と現状を紹介します。
なお、教員が一人の人間として学校以外にも様々な側面をもち、教育活動にあたってほしいという意図を込め「複業」という言葉を用いています。一般的な「兼業」や「副業」の意味を内包しています。ただし、法律や規程に関する表記の際には「兼業」をそのまま用いています。
教員の複業の制度と現状
2024年現在、教員の複業は完全に禁止されているわけではありません。すでに実践している方もいますし、許可申請にそれなりの難しさはあるものの、一部の教育委員会においては兼業規定も存在します。
教員の複業に関わる法律や制度は、大きく以下のとおりです。
・教育公務員特例法
・各自治体の就業規則など
・総務省のガイドライン
この他、過去の事例や判例なども指針の一つになると思われます。
例えば、地方公務員法には、複業に関して①営利企業等の従事制限、②信用失墜行為の禁止、③守秘義務、④職務専念義務の項目があります。
①は、地方公務員法第38条にこう示されています。地方公務員は、任命権者の許可がなければ、報酬を得て行う継続的な仕事を兼ねることができません。自ら興すもの、法人などから依頼されるもの、これら全てを含めた報酬を受け取る行為に許可が必要だとされていますので、基本的に全ての複業は許可を得る必要性があるのです(ただし、実費交通費などは報酬にはあたりません。また、総務省の資料によると単発の講演や原稿執筆などは本来許可を必要としないとされています)。
また、地方自治体ごとに兼業を許可する際の基準を定めることができるとされています。2019年時点では許可基準を設けている自治体は全国のうち約4割(1788団体中703団体)、さらに内外に発信している自治体はそのうち約半数程度(353団体)にとどまります。
②について地方公務員法第33条では、公務員は、職務中も職務中以外でも、その職を貶めるような行為をしてはならないとされています。具体的にどのような行為が信用失墜行為に該当するのかについての一般的な基準はなく、社会通念に基づき個々の事例に応じて判断することになります(『新学校管理読本』『逐条地方公務員法』)。
③は、直接的に複業禁止に結びつくことはありませんが、地方公務員法第34条で「職務上知り得た秘密を漏らしてはならない」とあります。
④は教育公務員特例法第17条に、「公立学校教員は、教育に関する兼業については許可を受けて従事できる」「非常勤講師は除外」「行政職員向けの兼業許可基準が適用されるわけではない」とあります。
わざわざ教員の兼業についてだけスポットが当てられて、しかも、「許可を受けて従事できる」という表現になっているのは、教育公務員特例法が、地方公務員法より先に制定されたことがあげられます。
また兼業許可申請の方法や許可の基準は自治体によって少しずつ異なりますが一般的な兼業許可申請の流れを紹介します。
・校長に兼業の相談をする
・兼業申請の様式に兼業の情報を記入する
・兼業の根拠が記載された書類と兼業申請の様式を校長に提出する
・校長から所管の教育委員会に提出される
・教育委員会内での稟議があり、許可・不許可が決定する
・校長経由で許可の可否が本人に伝えられる
・許可が下り、申請内容の範囲内で兼業を行うことができる
では実際のところ、どのような活動であれば兼業の許可は下りるのでしょうか。結論から述べると「教員が伝統的に従事している兼業は許可が通りやすい」「インターネットが絡んだり、新しい時代のものになればなるほど許可は下りにくい」ということになります。
・教育書・教育関連誌などでの執筆
・大学や他自治体などでの教育に関する講演
・教科書・教材の作成
・家業の神社仏閣や、家業の農家
・NPO や一般社団法人等の活動
・消防団の活動
・スポーツのプロ審判
【許可されにくい兼業の例】
・営利法人・営利目的の個人事業の起業
・ブログ・YouTube 等の発信に対する広告収益
・SNS 等のコンサル・コーチング業
・WEB での商品紹介案件
・ハンドメイド作品のWEB 販売
・教育関係の企業以外からのWEB 案件
・直接課金してもらうタイプのWEB 発信
教員が複業すべき理由
皆さんは「複業」という言葉にどのようなイメージをおもちでしょうか。
一般的には、個人の能力開発や、収入の増加ではないかと思いますが、「教員の複業」は、社会の様々な問題を前進させることができると私は考えています。
例えば、限られた時間でタスクをこなすスキルが上がったり、複業によって、学校外の仕事の仕方に触れることで業務効率化のヒントを得られます。学校外との連携がうまくなったり、慣れない環境に身を置くことによる学習効果も期待できるでしょう。
『先生が複業について知りたくなったら読む本』では、実際に許可が下りた事例や、複業実現のための手段もたくさん掲載しています。
下記は、私が独自に114名の先生方にアンケートを取ったときの、結果の一部です。アンケートによると55.3%の先生方の退職の検討に複業が関係していることがわかります。また、96.5%の先生が複業を「ぜひ挑戦してみたい」「少しやってみたい」と回答しました。
やってみたいと回答した先生方の主な動機は、「収入を増やしたい」「スキルアップしたい」「異業種、異業界の人との接点をもちたい」「資質向上、視野の拡大につながると感じるから」の4つの項目が上位となりました。
この結果を見ると、「先生方は複業に対して何らかの研修効果や所得の拡大を期待しており、それらに制限をかけられることによって退職を検討したことがある人が半数以上いる」ということが見えてきます。逆に言えば、複業をしやすい環境をつくり出すだけでも、教員のワークエンゲージメントは向上する可能性がありそうです。
教員のライフスタイルの変化は、社会に大きな変革をもたらす可能性があります。外界への関心の芽をもつ先生方は、いまはまだ様々な困難や葛藤に直面することが多いでしょう。現状の学校はまだ、外界での挑戦を気軽に話せる雰囲気ではありませんし、制度が時代に追いついているとは言えない状況だからです。
そんな中でも、学校外に越境した先生方が少しでも教育に好影響をもたらすことができれば、それはそのまま先生方の越境の可能性を示すことにつながります。また、学校教育からは少し遠い場所にいる人たちにもその有用性を知ってもらうことができれば、社会の理解が得られ、少しずつ道は切り開かれていくのではないでしょうか。
(注記のない写真:sumito / PIXTA)