農業高校にSTEAM教育が欠かせない理由

正門から続くイチョウ並木を歩いていくと、左右に西洋庭園が現れた。さらに進むと、東京ドーム2.3個分もの広大な敷地に温室やバラ園、さらには日本庭園や畑が広がる。都心にいることを忘れてしまいそうになる、ここは東京都立園芸高等学校だ。

日本初の園芸の名を冠した学校として1908(明治41)年に設立され、現在は園芸科、食品科、動物科で構成されている。同校の校長で全国農業高等学校長協会 理事長も務める並川直人氏は、まずは農業高校についてこう説明してくれた。

「全国の農業高校は、農業が盛んな地域で農業の担い手の育成を目的に設立、発展してきました。東京23区でも町村組合が設立した杉並区の農芸高等学校をはじめ、分校から独立した葛飾区の農産高等学校、東京府が設置した世田谷区の当校がバランスよく配置され、戦後の食糧供給や人口増加に伴う食品産業の発達や人材育成を支えてきたのです」

並川直人(なみかわ・なおと)
東京都立園芸高等学校 校長
全国農業高等学校長協会 理事長
前日本学校農業クラブ連盟代表

農業高校は農業を専門的に学ぶ学校ではあるが、普通科目の授業もある。

「農業高校では、カリキュラムの3分の1に当たる25単位以上が専門教科、3分の2が普通教科・科目です。例えば肥料を作る際は数学を使いますし、食品科で試薬を作る際は化学の知識が必要ですから、普通科目の学習は欠かせないのです。近年、教科横断やSTEAM教育が注目されていますが、農業の学びはまさに総合科学といえるでしょう」

日本国内の気候は地域によって異なり、また同じ場所でも年によって気温が変わるなど、同じ気象条件は二度とない。そのため農業には幅広いアプローチが必要であり、STEAMや先進的な学習との親和性が高いのだという。

「自作のジャムを950円で売る」という学び

農業教育にはもう一つの特徴がある。それは地域の特産品の開発など、農業や地域社会の課題を解決してきたことだ。

「現在の農業教育の仕組みは、戦後に米国から入ってきました。中でも柱となっているのが、『身近な課題からテーマを見いだし、仮説を立ててPDCAを回す』というプロジェクト型学習です。こうした教育を70年以上前から続けていることが、農業高校の強みだといえます。さらに、全国の農業高校の生徒が自主的・主体的に行う農業クラブ活動では、地域と連携した活動も行っています」

都立園芸高校でも、地域連携やプロジェクト型学習を積極的に実施している。地元企業とコラボレーションして校内で栽培したバラを使った芳香蒸留水(フローラルウォーター)を開発したり、静岡県下田市にある同校の農場で採れた柑橘類を使ってマーマレードの製品化をしたりしたそうだ。

「農業を生業とするには、持続可能な経済力を身に付けることも重要です。そこで必要なのは、プロダクトアウトではなくマーケットインの発想で新しい価値をつくり出すこと。そこで本校では、生徒に『マーマレードを950円で売る』という課題を出しました。高校生が栽培から収穫、製造まで行っているというストーリーをどう価値づけるか、瓶のラベルやプロモーション、どこで売るかまで考える必要があります。学校がある世田谷区の土地柄を生かして、ブランディングを行い、結果的に多くの方に購入していただきました」

都心の農業高校が取り組むスマート農業

とはいえ農業教育には課題もある。

「農業高校はもともと農家の子弟の教育や育成を目的に設立されていましたが、近年では非農家の家庭の生徒の増加や高学歴志向が進んでいます。そのため、親元での就農だけでなく、農業法人など企業への就職や農業経営者の育成という視点も必要になってきました。さらに、生徒の減少で統廃合の対象となる学校も増えているほか、施設設備の老朽化も問題になっています」

新しい農業の形を示すべき今、同校が掲げるのが「不易と流行」だ。これは果樹・草花・野菜といった基幹科目(不易)をきちっと学びながら、スマート農業やデータ活用を軸にした学習(流行)を行うということを表しているという。

「これまで農業は勘と経験に支えられてきましたが、今の若い世代は先進機器や先端技術を使った農業に魅力を感じています。勘と経験では匠の域に達するまで5〜10年はかかりましたが、先進機器を使ったスマート農業なら経験がない人でも参入しやすい点がメリットです」

スマート農業と一口に言っても、その内容や使う機器は、各地域の農業によって異なる。例えば大規模な農業を行う地域ではドローンやトラクターの自動運転などを取り入れた農業実習を行う。都心に位置する同校では、センシング機器やデジタルデータの活用を取り入れた学習を行っているそうだ。

勘と経験の農業からデータ分析の農業へ

同校は2020年から1年4カ月、先端技術活用実証研究指定校に指定され、その実績をもとに22年からはTOKYOデジタルリーディングハイスクール事業(先端技術推進校・センシング機器等を活用する学校)に指定された。具体的にどのようなことを行っているのか。

「園芸科では気象データの収集と活用を行っています。農作物の栽培管理や収穫量などは気象条件によって毎年変化しますが、どういった気象条件でどう変わるのかは把握しきれていませんでした。そこで圃場(ほじょう)にセンサーを設置し、気温や土中水分量などのデータを収集しています。そのデータを基に栽培管理をすればよい農作物ができますし、積算温度を基に収穫に適した時期を予想することもできます」

そして、農業実習の記録は営農記録ツールの「アグリノート」というアプリに記録するという。以前はほかの生徒の記録を見ることができなかったが、アプリの導入によって生徒と教員、生徒同士でデータを共有できるようになった。これにより、先輩が蓄積したデータを後輩たちが活用することも可能となっている。

生徒の課題研究が実際の現場に生かされる

園芸科だけではなく、動物科でも先端の学びが行われているという。

「動物科では学校犬の首輪にセンサーを付けて運動量や睡眠時間を計測し、犬にとって適切な運動量や快適な生育環境を整える研究を行っています。動画カメラも設置したので、生徒は帰宅した後もスマホで犬の様子を観察できます。22年度の3年生は、家で飼育している犬にもセンサーを付けて学校犬と比較し、課題を見いだす研究を行っていました。ICT機器の導入により、生徒の課題研究の幅が広がりました」

さらに、園芸科と農業科が共同してソーラーシェアリングを実施。これは農場にソーラーパネルを設置するもので、太陽光を農作物とシェアする形で太陽光発電を行い、農作物の収穫と農業機器への利用とを両立させるのだという。

いずれの取り組みも、センシング機器で収集したデータをどう読み取り、分析し、いかに現場につながる課題を見いだすかという点に重点が置かれているが、分析したデータを生かして試行錯誤できる場があることこそが農業教育の強みだろう。

1人1台端末が変えた生徒の意識

着々と ICT活用を進めてきた都立園芸高校だが、これに伴い生徒たちはどのように変化しているのだろうか。

「本校の授業では、農場管理基準のGAPに基づいた農場安全管理を学んでいます。本校はJGAP(Japan Good Agricultural Practice)の認証を受けていますが、その認証継続の審査では生徒自身が審査員に説明を行います。その審査に向けて、生徒たちは営農記録ツールでトレーサビリティーの記録を蓄積しているのです。また東京学芸大学の研究では、一人1台端末を使うことで生徒たちは『自分の考えや意見を友達や先生にわかりやすく伝えることができる』と認識していることがわかっています(※2)。人前で話すのが苦手な生徒も、デジタル機器で自分の考えをまとめると伝えやすく感じるようです。今後も魅力ある農業教育を創造していきたいですね」

自ら課題を見いだし、新たな価値をつくる能力を育てる農業高校の学び。都立園芸高校では、そんな農業高校伝統のプロジェクト型学習と、ICTによるデータ収集・活用がシナジーを生み出していた。

※2倉田有佳子・北澤武「園芸作物を対象とした1人1台端末による学習の評価 ─高校生の公的自己意識に着目して─」教育システム学会 2021年度学生研究発表会・発表論文 (2022年3月7日発表)

(文:吉田渓、撮影:梅谷秀司)