「カモフラージュ」がASDの女の子に多い理由とは?

──発達障害のある子が行うカモフラージュとはどんなものなのでしょうか。

定義自体が明確でないため、英国のDr. Laura Hullによる定義を使うことが多いです。それによると、「ある社会的状況で自閉的特性をできるだけ目立たないようにするために、明らかに学習された、あるいは暗黙裡に身に付けた、意識的または無意識な方略を使用すること」(木谷氏の仮訳)となります。

簡単に言うと、発達障害の特性を、同級生や周囲にいる人たちの前で見せないようにすること。現状、ASD(自閉症スペクトラム)の方に特徴的な行動ですが、ASDとADHD(注意欠陥・多動性障害)の併存の方や、学習障害の方にも見られます。

性差で言うと女の子や女性に多く、彼女たちは幼児期から周囲に合わせることを自然と学びます。Dr. Laura Hullは、カモフラージュには「同化・補償・仮面」の3つの要因があるとしていますが、女の子の場合、最初は目立たないように、“よい女の子”らしく見えるように、周りに「同化」していきます。

学齢期になると、周囲から目立たないように、いじめられないように「今日はどんなふうに会話をするか」を朝から練習したり、周りの人と服装を合わせたりといった「補償」を行うようになります。さらに、自分の発達障害の特性を隠すようになっていきます(=「仮面」)。

カモフラージュは定型発達の子もしますし、人間関係の対処スキルの1つではあるのですが、発達障害のある子がこれを続けていくと、思春期以降にメンタルヘルスが低下するなどさまざまな問題が出てきます。

──なぜ女の子や女性に多いのでしょうか。

発達障害でも女性と男性では行動様式が異なります。発達障害がある女の子・女性のほうが感覚過敏や感覚障害の強い方が多く、自分の障害特性や「周囲からどう見られているか」を強く意識します。そのため、9~10歳くらいから周りの評価を気にするようになり、カモフラージュが強化されるのです。

また、男の子は服装などが多少だらしなくても許される面がありますが、女の子は小さい頃から細かく注意されますよね。発達障害のある女の子がカモフラージュを行う背景には、そうした社会的な構造もあります。

思春期以降、高まる「うつ」や「引きこもり」のリスク

──カモフラージュに関する研究は進んでいるのでしょうか。

海外では2010年以降、発達障害に限らず、例えばLGBTQや民族性など、文化論的な研究も進められています。ただ近年は、思春期以降にメンタルヘルスが低下しやすいという特性から、カモフラージュは発達障害のある人に顕著に見られるといわれています。

一方、日本でも論文が出てきてはいますが、研究が進んでいるとはいえません。日本にはもともと、「本音を隠して周りとうまくやる」という文化がありますよね。例えば女性だと、「おとなしさ」「しとやかさ」などのカモフラージュは昔から割とプラスに捉えられてきた側面があります。

そうした中、日本では心療内科の現場でもカモフラージュが改めて注目されるようになりました。心身症や摂食障害の受診者の中には、社会適応しようと無理を重ねて症状が出た方が多く、調査すると発達障害の特性が見られるケースも多いことがわかったのです。このように臨床現場から課題が浮かび上がり、児童精神医学の人々も注目し始めたというわけです。

──メンタルヘルスの低下について、具体的に教えてください。

カモフラージュは幼児期の早期から始まりますが、続けていくうちに周囲に合わせたほうがいいのか、自分らしい生き方をしていいのか、その狭間で葛藤が強くなっていきます。また、社交不安が強まるほか、周囲との軋轢によってエネルギーがなくなってしまい、うつや不安障害、場面緘黙(かんもく)といった内在化障害が強くなります

そして、思春期から青年期には「本当の自分」がわからなくなり、学校ではいわゆる「ぼっち」、孤立の問題も見られます。混乱状態でもがいて心身が疲れてしまうため、メンタルヘルスが非常に低下し、うつや引きこもりのリスクが高まります。さらに成人期以降は「みんなと同じようにしなければ」と無理に結婚したものの、どう子育てをしてよいかわからず虐待してしまうなど悪循環に陥るケースもあります。

海外の研究では、ASD傾向のない女性に比べて高機能(知的発達の遅れを伴わない)ASDの女性の自殺率のほうが高いことがわかっています。そこには「カモフラージュによる同化」と「所属感の挫折」が関連していると指摘されています。

──なぜ思春期以降、こうしたリスクが高まるのでしょうか。

日本では思春期までは義務教育ですので、小さい頃から知っている子と成長していくことが多く、カモフラージュしながらでも何とか適応できます。しかし、高等学校ではゼロからのスタートで、定型発達の子との溝が深まりやすくなる時期。さらに、困り事があって先生に質問しても「高校生なんだから自分で考えなさい」と言われてしまう。それで自分で考えてみたものの、できないと先生に怒られ、自分を責めてしまうのです。そういう状態では勉強にも力が入らず成績も下がりがちに。思春期以降は発達障害のある女の子にとっては「居場所がない」「自分を表現できる場がない」ということになりやすい時期なので、うつなどのリスクが高まるのです。

学齢期から「本当の自分」に戻してあげるフォローが必要

──そうした問題を抱える子には、どのような支援が必要でしょうか。

学齢期から自助グループなどを通じ、「本当の自分」に戻してあげるフォローが必要だと考えています。例えば、私が関わっている自助グループでは、その中で「こんなときは周りに合わせてもいいけど、オンとオフを使い分けよう」「趣味に没頭して自分らしさを取り戻す時間を持とう」と伝えています。

木谷秀勝(きや・ひでかつ)
山口大学教育学部附属教育実践総合センター教授、臨床心理士、公認心理師
九州大学大学院教育学研究科博士課程単位満了退学。九州女子短期大学養護教育科講師、同短期大学助教授、1998年山口大学教育学部助教授、2011年より現職。15年より同大学学生特別支援室顧問、21年度より同センター長。専攻は、臨床心理学、ASDへの地域支援、臨床描画法。『子どもの発達支援と心理アセスメント-自閉症スペクトラムの「心の世界」を理解する』『発達障害の「本当の理解」とは』『発達障害のある女の子・女性の支援-「自分らしく生きる」ための「からだ・こころ・関係性」のサポート』『続・発達障害のある女の子・女性の支援-自分らしさとカモフラージュの狭間を生きる』(いずれも金子書房)など、単著や共著多数
(写真:木谷氏提供)

発達障害のある子は何事も一生懸命ですから、カモフラージュも一生懸命やってしまいます。しかも、日本の教育は「何事も頑張れ」ですから、「こんなときは休んでいいよ」「一時的に逃げていいよ」など、回避スキルを教えることも大切です。

また、障害の特性よりもその子のストレングス、つまり強みを早期に見つけてどう生かすかを考えることも重要です。そして、友達ではなく「仲間」をつくること。学齢期の女の子は、友達に「一緒にトイレに行く」「同じ服を着ていないとダメ」といったことを求めがち。こうした関係性は、ASDの子にとっては最悪です。

一方、仲間は「好きな趣味について話すときだけ集まって、あとはフリー」という関係。これを早いうちから教えると、オンとオフを使い分けられるようになります。

難しいのは学校での過ごし方ですね。ASDの女の子は「トイレは一人でゆっくり行きたい」とよく言います。一人で読書をしていると、先生に「みんなと元気に遊んできなさい」と言われたり、一人でお弁当を食べたいのに先生に無理やりグループに入れられてしまったり。男の子の場合は一人でも「大丈夫です」と言えば先生もさっと引くのですが、女の子の場合は心配される傾向にあります。

──限界まで我慢せずに自己調整できるようになるにはどうすればよいでしょうか。

私はカウンセリングの場で、アセスメントを基に「身体がこういう状態になったら休もうね」と、身体からのサインのキャッチの仕方を教えています。

とくにASDの女の子は感覚過敏が強い傾向にあり、疲れやすい。けれど、身体感覚や疲れのキャッチが得意でないため、「課題を頑張りすぎて寝不足でふらふらになっても学校に行く」「むくみや偏頭痛に気づかない」といった状態になりやすいです。

さらに、月経を迎えると、身体の不調の原因が月経痛なのかストレスなのか、捉えにくくなります。そこで、女性のASDの方は基礎体温をつけることも有効です。月経周期を可視化することで本人が身体の変化をキャッチでき、理解しやすくなります。

養護教諭などと連携を、「本人に判断を委ねる」視点も大切

──学校の教員ができる支援はありますか。

担任の先生がカモフラージュを見極めるのは無理だと思います。担任の先生は評価する側の人なので、お子さんはどうしてもカモフラージュしてしまいます。私はいろいろな学校に出向いてクラス全体を支援することが多いのですが、女の子はASDに限らずみんな担任の先生に対してうまくカモフラージュをしていますよ。

強いて言うなら、身体症状はキャッチしやすいでしょう。頭痛や腹痛、「ノートを取っていると目がチカチカする」など、身体症状を訴えるようになったら要注意。ただし、担任の先生が「大丈夫?」と聞くと、「大丈夫」と言ってさらにカモフラージュを強化してしまうので、養護教諭やスクールカウンセラーと連携することをお勧めします

ASDの子たちは疲れ切っていても頑張り続けるため、ある朝急に力が入らない、全身の筋肉が痛くて起きられないといったこともあり、そこから不登校につながるケースが多いです。身体症状をキャッチしたら、一時的にゆっくり休める空間や時間を確保してあげてください

──そのほか、教員や保護者が注意しておくべき異変はありますか。

発達障害のある男の子の場合、幼児期から多動やこだわり、友達とのトラブルが出てきますが、女の子は怒られないよう過剰適応しているのでそうした問題は目立ちません。しかし、丁寧に見ていくと、睡眠の乱れや偏食、感覚過敏から服が着られない、疲れ切って帰宅して家で暴れる、敏感すぎて眠れないなどの状況が明らかになることがあります。9歳くらいまでの早期発見と対応が大事だと思います。

とくに見落としがちになるのが、睡眠障害。心配な状況なら早めに児童精神科に相談しましょう。しかし、児童精神科が少ない地域もあります。最近は感覚過敏や睡眠障害に対応してくれる小児科医も増えつつあるので、地域の保健センターなどに相談してみるのもいいかもしれません。

──学校の教員は、居心地のよい学級をつくることが大切になりそうですね。

発達障害のある子にとってつらいのは「みんな一緒」。不安が強い子は「みんな一緒=一人はダメ」だと感じてしまうのです。ただ、元気になるとみんなと一緒にいたがることもあります。

そこで、私たちの自助グループでは多様性と自由に考えることを大事にし、「みんなと一緒でも一人でもいいんだよ。今日はどっちがいい?」と本人に判断を委ねるようにしています。「本人に判断を委ねる」という視点を学校の先生にも持っていただけると、当事者の方はそれだけで楽になると思います。

(文:吉田渓、注記のない写真:ノンタン/PIXTA)