感想を「書いてくれる」のではなく「引き出してくれる」
Yondemy(ヨンデミー)が提供する、月額定額制の読書教育サービス「ヨンデミー」。AIの「ヨンデミー先生」というキャラクターが、子どもの好みやレベルにマッチした本をお薦めしてくれるサービスだ。
本の楽しみ方や感想の書き方を1日3分で学べるミニレッスンや、キャラクターとの冒険やバッジなどゲーミフィケーションも取り入れており、子どもが自ら本を読むようになるなど小学生ユーザーを中心に人気を集めている。漢検や日本郵便、大垣書店、浜学園など他業界との連携も増えており、現在ユーザー数は約1万人に達する。
そんなヨンデミーに新機能として加わったのが、AIキャラクターと会話しながら1日5分程度で感想文を作成できる「ハナシテミー」だ。ヨンデミーにはもともと、子どもが本を読んだ後に感想を提出する機能があったが、今回はその感想を「書く」部分を支援するサービスとなる。
昨年9月からベータ版として提供を開始して改良を進め、今年1月末に正式版をリリースする運びとなった。同社代表取締役の笹沼颯太氏は、ベータ版の段階ですでに手応えを感じたという。
「予想以上に利用があります。当初はベータ版ということもあってプログラム上のバグも多く、正直なところ子どもが使いづらい面がありました。それにもかかわらず、毎日使っている熱心なユーザーがおり、提供を開始して1カ月後には感想文の2割がハナシテミー経由で提出されるようになりました」
開発の背景について、笹沼氏は次のように話す。
「ヨンデミーを使うと子どもたちは本を楽しく読むようになるのですが、感想を書きたいと思っているかというと課題がありました。一方、うまく感想を書けているケースでは、保護者の方が子どもに『どこが面白かったの?』『どの主人公が好きだったの?』と熱心に声かけをしてあげているご家庭が多かったんですね。でも、そうしたサポートは時間やリテラシーのある保護者でないとなかなか難しい。これと同じ支援を皆にできるといいなと思っていたところ、ちょうどLLMやAIが発展して技術的にも可能になってきたので、開発に着手したのです」
AIを使えば同じような感想文が出来上がるのではと思う人もいるかもしれないが、ハナシテミーは「感想文を書いてあげる機能」ではなく「感想を引き出す機能」であるため、十人十色の感想文が生まれるという。まずは楽しく話してアウトプットをするという入り口を作ることを重視し、開発もその点に注力したと笹沼氏は語る。
「感想文を書くことに苦手意識があったり、考えを表現できなかったりする子どもは多い。であれば、どうすれば子どもたちが感想文を書きたくなるのか、子どもが考えていることをどう引き出せば書きたくなるのかといった視点で、ヨンデミーで蓄積してきたAIと子どもの会話ログデータや問いかけのノウハウを活用して開発を進めました。例えば子どもたちに直接答えを与えるのではなく、ステップを分けて少しずつ取り組んでもらえるようにするなどAIを制御しているのですが、そのように私たちのノウハウを守りながらAIにふるまってもらうようにする点は最も大変でしたね」
優れた読書家たちの「本を楽しむワザ」に注目
しかし、「ハナシテミーは、実は根幹となる支援は作文力の向上ではなく、読書力の向上なんです」と笹沼氏は言う。いったいどういうことか。
笹沼氏は、「書く力」を養う以前に、そもそも子どもたちが学校で読書感想文の書き方を教わっておらず、お手本を知らないことに課題があると話す。
「だから夏休みの宿題ではワークシートを埋めるタイプのサポートを使ったり、昨年だと生成AIに書かせたりして乗り切ったご家庭も多かったようですが、それでは書く力は身に付きません。大事なのは、楽しくたくさん量をこなすこと。ヨンデミーでは、1冊の本を深く読んだり難しい本を読んだりするのではなく、楽しくたくさん読む習慣をつけることを大切にしてきました。同様にハナシテミーも、本を読む中で楽しく書くことを習慣にする、日常的に書けるようになるところにフォーカスしています」
そのため、ハナシテミーでは「おもいえがく・しつもんする・みとめる・つなげる・よそうする・みきわめる・かいしゃくする」を、優れた読書家たちが本を楽しむためにやっている「7つのワザ」と定義し、これらの要素を楽しみながら習得できるよう設計したという。
ヨンデミーは、ライティングワークショップ(作家の時間)やリーディングワークショップ(読書家の時間)の実践者であるアメリカの伝説的教師、ナンシー・アトウェル氏の学習モデルを参考にしてきた。ハナシテミーもナンシー氏の思想のほか、アメリカの読解力指導に関する教育書『Strategies That Work』や『「読む力」はこうしてつける』(新評論)、笹沼氏が高校時代に指導を受けた教諭・澤田英輔氏による読書教育などを参考に、「どくしょかの7つのワザ」を作成したという。
ポイントは、「どくしょかの7つのワザ」に対応したAIキャラクターが子どもたちをサポートしていく点にある。それぞれが読書における“得意技”を持っているという設定にし、彼らとおしゃべりしながらその技を身に付けられるよう設計した。
まず、昨年9月のベータ版開始時には、「どくしょかの7つのワザ」を習得する前のファーストステップとして、「ペンギンせんぱい」をリリース。子どもに問いかけて感想を引き出し、それを要約して文を作ってくれる。感想文の基本的な型を学べるよう、お手本を見せてくれるのだ。
昨年11月には、得意技を持つ「たいこのきょうりゅう」を追加した。「おもいえがく」という読書家のワザを教えてくれるAIキャラクターだ。五感を使って情景を描く力を伸ばすような問いかけをし、引き出した子どもの感想を箇条書きにして提示する。子どもはそれを基に自身で感想文を書いていく。
このように技や難易度はそれぞれ異なるが、主体的にアウトプットできるよう、子どもが好きなAIを選べるようにした。
また、感想文を書くと、それにインスピレーションを受けた折り紙のイラストがもらえるといったモチベーションアップの仕掛けもある。
学校や教室でこそできる「書く文化」の醸成
これまでヨンデミーで提出されていた感想文は、何も書かずに提出されているか、「面白かった」の一言で終わっている場合が多かった。しかし、ハナシテミーの提供により、「感想を書くことへの抵抗感が少なくなった」「感想記入が増えた」など、感想文に対して前向きになったことがうかがえる声が多く寄せられるという。
「とくに『たいこのきょうりゅう』のリリース以降、感想の変化が顕著に表れるようになりました。ただ『すごかった』『面白かった』と一言しか書かなかったような子が、『笑い声が聞こえたきがしました』(小学1年生)、『頭のなかでごはんのおいしいにおいがしてきたよ』(小学2年生)といった感想を書くようになっています。読書家のワザによって本の読み方が変わったからこその変化だと感じています」
利用状況は、子ども1人で使っているケースが50%、保護者が時々質問を受けながらも基本的に子ども1人で利用しているケースが29%。基本的には、保護者のサポートや時間的・精神的余裕、専門的な知識がなくても、子どもが簡単に利用できる点も評価が高いポイントのようだ。
「私たちは子どもたちがどんな本を読んで、どんな感想を出し、どんな本が好きかといったデータを集めてきました。今後はこの読書体験データを生かし、個別最適化された会話ができるようにしたり、ユーザー同士をつなげたりしていきたい。本と子どものコミュニケーションも含めて、ハナシテミーがコミュニケーションのハブとなり、読書をより楽しいものにしていきたいと考えています」
笹沼氏は、子どもたちの読書力や書く力の向上のために、学校教育には次のようなことを期待している。
「大事なことは3つあります。1つ目は時間をつくること。たっぷり読んで書けるように、子どもが試行錯誤できる時間をつくることです。2つ目は、読むことや書くことを嫌いにさせない仕組みをつくること。強制ではなく、あくまで楽しくできるようにすることです。そして3つ目が、書く文化を生み出すこと。クラスに本を読む人がたくさんいれば、自然とほかの人たちも読むようになります。書くことも同じで、楽しければ書く文化も生まれてきます。こうした取り組みは、学校や教室でこそ実践できるものだと思っています」
(文:國貞文隆、編集部 佐藤ちひろ、注記のない写真:Yondemy 提供)