経験もない中で責任ある仕事を任される「若手教員」たち

――文科省の2021年度の調査によれば、精神疾患を理由に病気休職した公立学校の教育職員数は過去最多を記録しました。この結果をどうご覧になりましたか。

教員のメンタルヘルスケアに携わってきた私の実感とも合致しています。そもそもコロナ禍となり社会全体が不安感に覆われる中で、教員に限らず、メンタルヘルス不調に陥って病院を受診される方は増えています。文科省の調査結果も、そうした社会状況が反映されていると感じています。

――コロナ禍前も精神疾患による休職者数は5000人前後で推移していましが、学校現場特有の課題としては何が考えられるでしょうか。

一言で言えば人手不足。適正な人的配置がなされておらず、学校はぎりぎりの人数で現場を回しています。しかも、この数年間で経験豊富なベテラン教員が定年前に相次いで退職し、それを補う形で20代の若い人たちが大量に採用されています。そこへコロナ禍がやってきて、つねに誰かが感染症で休んでいるような状況も続き、自転車操業のようになっています。

こうした環境のシワ寄せは、文科省の今回の調査結果にも表れており、精神疾患を理由に病気休職や病気休暇を取る教員の割合は若い世代ほど高くなっています。人手不足であるために、若手がほとんど経験もない中で担任などの責任のある仕事を任されており、「若いうちは苦労したほうがいい」という教育界の文化もあって研究発表の担当や部活動の顧問なども押し付けられがち。そのため若手の教員は、仕事の進め方も十分にわからないまま膨大な業務を抱え、それを何とかこなすために土日も関係なく働いているうちに、心が折れてしまうというケースが多く見られます。

――若手の教員をベテランの教員が支えるという関係の構築も、人手不足の状況では難しいのでしょうか。

そうですね。私が勤めている病院の21年度のデータになりますが、初診で受診した教員の方々が最も苦にされていることでいちばん多かったのが「同僚・管理職との人間関係」でした。これは20代に限らず、すべての年代に共通しています。

児童生徒指導の大変さが決定因ではないんですよね。近年、特別な支援を要する児童生徒が増えていることもあり対応に追われている現場は多いですが、対応そのものよりもそれを支えてくれる人がいないことのほうが年々深刻になってきているように思います。

皆さん多忙で精神的に余裕がなくなっており、困ったときに気軽に誰かに相談したり、お互いにフォローし合ったりということが難しくなっているのでしょう。「同僚にも管理職にも、自分の苦しみをわかってもらえない」という孤立感が、ダウンしてしまう決定打となっています。当院では、若手のほか、異動して1~2年目の先生も倒れやすく、最近では先生になって3年目の方々の受診も増えており、何らかのフォロー体制の構築が急務だと感じています。

「教員の誠意」に甘えている現状を変える必要も

――現状を改善するために、真っ先に打つべき手は何でしょうか。

やはり国や都道府県が教員数の拡充と適正な人的配置をしっかりと進めていくこと、これに尽きます。教育支援員を雇う自治体も増えていますが、その数をもっと増員し、教員が事務から解放されて教育活動に専念できるような環境を強化することも重要ではないでしょうか。文科省は、精神疾患による休職者への対応策として「メンタルヘルス対策等の一層の推進」や「働き方改革の一層の推進」を挙げていますが、人も増やさずにメンタルヘルス対策など不可能です。

とはいえ国や都道府県が動くのを待っていても、現状は変わりません。学校現場でできることとしては、やはり管理職の役割が大きくなってきます。まずは、機会があるごとに教育委員会などに対して、「人が足りない。人をください」という声を上げ続けてほしい。また特定の教員に業務が偏らないように、労務管理にも気を配っていただきたいです。

ただ気の毒なのは、その管理職自身も厳しい労働環境に置かれていること。とくに教頭先生が多くの庶務を担っているケースが目立っており、残業時間も教員の中で飛び抜けて多いです。また、コロナ禍以降は職員の出欠問題があり、時間割を管理する教務の先生も業務が増えてかなり疲れていらっしゃいます。こうした先生方の仕事を減らすためにも事務を担ってくれる方の増員は必要だと思います。

――やはり学校現場だけでできることには限界があるように思えてきます。

私は、教員の誠意に甘える形で学校が成り立っている状態についても、変えていく必要があると思っています。多くの教員はとてもまじめで責任感が強く、理想や使命感を抱きながら働いています。そうした教員に対して、殺し文句となるのが「これをやると子どもたちのためになる」という言葉。これを言われると、教員は自分を犠牲にしてでも頑張ってしまいます。保護者の中には「子どものためになるのに、なぜやらないのですか」と要求してくる人もいますが、それが教員を追い詰めてしまっている面があります。

例えばお店であれば営業時間、病院でも基本的な診療時間が決まっていますが、教員は「子どものために」という理由で、夜間や休日まで生徒指導や保護者対応を求められることがあります。また、警察に相談すべきトラブルが起きても、学校は子どものことを考えて通報することをためらう風土もあります。

こうした現状を変えるには、できれば文科省、少なくとも県市町村の教育委員会レベルで、「教員の責任の範疇、仕事の範囲はここまで。それ以外のことは教員の生活やメンタルを守るために応じられない」という線引きをはっきりと地域や保護者に対して示すべきです。校長先生が役割の線引きについて懸命に発信されているケースもありますが、地域によっては学校が批判を受けてしまいます。地域の側も、教員に必要以上の誠意を求める風潮を改めるべきではないかと思います。

「24時間教師」をやめて「ただの人」になる時間をつくる

――井上先生は、メンタルヘルス不調が原因で休職している教員へのリワーク(復職支援プログラム)を実施しています。その内容について教えてください。

当院のリワークは、症状がある程度回復した教員を対象に、復職準備性と再発防止能力の向上に力を入れており、職場復帰に向けて生活リズムなどを整えていただくとともに、授業を模擬的に実施したり、自分の心の中を見つめて整理することに取り組んでもらったりしています。自分がいつどんな状態のときに心が折れ、休職に至ってしまったのかを理解しておくことは、いわば自分自身の「取扱説明書」を手に入れることでもあり、復帰後に再休職をしてしまうリスクを抑えることができます。

井上麻紀(いのうえ・まき)
公立学校共済組合近畿中央病院 メンタルヘルスケアセンターおよび大阪メンタルヘルス総合センター 副センター長・主任臨床心理士
神戸大学大学院文学研究科心理学専攻を修了。児童相談所、総合病院勤務を経て、近畿中央病院へ赴任。教職員のメンタルヘルスに関わり、個人カウンセリング、メンタルヘルス相談、講演のほか、600名以上の教員のリワーク(復職)支援プログラムに携わってきた。著書に『教師の心が折れるとき―教員のメンタルヘルス 実態と予防・対処法―』(大月書店)など
(写真:本人提供)

2002年からスタートした当院のリワークは、これまで736名が修了(22年度修了見込みも含む)しています。復帰率は例年7割ほど。また、一般的なうつ病の再休職率は約50%といわれていますが、当院のリワークを受けたうえで復帰された方の追跡調査では、年度によりばらつきはあるものの、6割~8割が復帰1年後も勤務できています。

復職支援プログラムの内容は地域や支援機関によって異なりますが、多くの自治体が何らかの支援を実施しています。そういった情報もあまり学校に共有されていないようなので、ぜひ地域にあるプログラムを知っていただきたいと思います。

――教員の職場復帰を支援するために、教育行政が取り組むべきことは何でしょうか。

メンタルヘルスをテーマとした管理職向けの研修をもっと充実させてほしいですね。休職から職場復帰に至るまでにはいくつかの回復段階があるのですが、あまり知られていません。例えば「この段階では管理職や同僚が休職中の教員に言葉がけをするのは控えるべきだが、この段階になったらこういうふうに声をかけるといい」といったノウハウがあります。こうしたスキルを管理職が備えていれば、職場復帰がスムーズになるはずです。また教員養成課程でのカリキュラムや初任者研修の中にも、そろそろメンタルヘルスをテーマとしたプログラムを入れてもよい時期に差しかかっているのではないかと思います。

――教員の方に対して、ご自身のメンタルを守るために、ぜひ意識してほしいことがありましたら教えてください。

2つあります。1つは、心身の健康維持のため、質のよい睡眠時間を確保すること。「1時間以上寝つけない」「夜中に何度も目が覚める」「朝早く目が覚めて、その後眠れない」「ぐっすり寝た気がしない」の4つのうち、どれか1つでも症状が1カ月以上続いた場合には、受診をしてもよい状態だと思います。自分の睡眠の質に気づいていない人も多いので、不調を感じている場合は、まず無料のメンタル相談などで眠りの状態をチェックしてみるのもお勧めです。

もう1つは、「24時間教師」の状態をやめること。勤務を終えて校門を出たら、「先生」という肩書は脱ぎ捨てて、「ただの人」に戻る時間をつくるようにしていただきたいと思います。

(文:長谷川敦、注記のない写真:mits/PIXTA)