メンタルヘルスも成績も「睡眠」がカギ

――受験生に多く見られるメンタルの不調やリスクにはどんなものがありますか。

“受験生は睡眠不足になりがち”ということですね。10代の子がうつになる要因として多いのが睡眠リズムの乱れです。10代は8時間以上眠らないとメンタルが安定せず、イライラしたり、集中力が維持しにくくなったりするもの。

深夜2〜3時までスマホをダラダラ見ていて、朝7時半くらいに起きるというお子さんも多いのではないでしょうか。受験シーズンになれば早起きしなければいけませんから、睡眠リズムを整えておくことが重要です。

人間の脳は寝ている間にその日あったことを反芻し、情報を精査しています。睡眠が不足していると、こうした作業が中断されてしまうため、集中力も記憶力も低下してしまうのです。

――「寝ようと思っても眠れない」「心配事で目が冴える」という子もいると思うのですが、対処法はありますか。

一番いいのは身体を動かすこと。人間は何も考えない時間が1日に30分ほどあると、メンタルが安定します。写経や瞑想でもいいのですが、10代には運動が一番いいでしょう。ランニングや筋トレ、YouTubeの体幹トレーニングなど、種類は何でもいい。運動は人と一緒にやると効果が高まるので、友達や親と一緒に行うのも理想的です。

子どものSOSサインを見つけたら

――親が気をつけるべきメンタル上のSOSサインとはどんなものがありますか。

“過度に一人になりたがる”はSOSサインの1つ。また、うつ状態になると、「自分が悪い」「自分はダメだ、能力が低い」と思いがちなので、そうした言動も要注意です。

子どもが自分を責めたがるときは、その気持ちを親子で共有してみてください。ここで知っておくべきなのは、10代は自分の感情を言語化する能力がまだ十分でないということ。「何がしんどいの?」といった問いかけに「わからない」「別に」などと答える子が多いです。

そんなときに問い詰めてはいけません。とにかく話を聞く姿勢を見せ、共感をすること。感情に寄り添うことで、子どもの孤独感を減らせます。正論であっても「ただの努力不足でしょ」と突き放すような発言はNGです。

親は子より人生経験がありますから、悩みの答えがわかるかもしれませんが、子ども自身が答えを導き出すことが重要です。ヘリコプターのように子どもの周囲を飛び回る過保護な親のことを、アメリカではヘリコプターペアレントと言います。

過保護すぎる親に育てられた子は失敗体験ができず、燃え尽き症候群になりやすいのです。子どものSOSサインに気づいたら、まずは子どもの話を傾聴し、共感してみましょう。

子どもたちを守るには教員がすべて抱えないこと

――受験生のメンタルケアに関して、教員のみなさんはどんなスタンスでいるのがいいのでしょうか。

一林大基(いちばやし・たいき)
SNSでは「バーチャル精神科医いっちー」として発信を行っている
はじめのメンタルクリニック院長、精神保健指定医、日本精神神経学会 専門医
昭和大学附属烏山病院精神科救急病棟に勤務後、はじめのメンタルクリニックを開業。精神科医いっちーとしてSNSなどを通じて10〜20代に情報発信と支援を行っている。著書に『頭んなか「メンヘラなとき」があります』(ダイヤモンド社)など
(画像:本人提供)

これは難しい問題ですね。ご自身がオーバーワークなどでメンタルヘルスに問題を抱えている先生も多いですから。

教壇に立って、宿題を見て、事務作業もして、部活の顧問として土日も働いていたら、それは調子を崩してしまうでしょう。先生がすべてこなすのは無理だということを前提に考えるべきです。

一人ひとりの子どもに対し、毎日時間を取って傾聴するというのは物理的にも不可能なこと。あくまでもできる範囲でやる、と割り切らなければ先生自身のメンタルを守れなくなりますし、結果的に子どもたちを守れなくなってしまいます。

学校にいる間に子どもたちと話せるようであれば話し、あとは親に情報共有する、あるいはスクールカウンセラーと連携するなどして、自分だけで抱え込まないようにするのがいいでしょう。

――メンタルヘルスが気になる子がいた場合、教員から保護者やスクールカウンセラーにうまく情報共有する方法はありますか。

メモを取ることです。私たち医者は毎日何百人もの患者さんを診るので、一人ひとりの細かい情報を覚えておくことができません。それは先生も同じではないでしょうか。何をどこまで話したか、メモを取って生徒のカルテを作るような感覚で文章化すると、変化に気づきやすくなりますし、「ここまでやった」という実感が持てるので先生のメンタルも安定します。

ポジティブにもネガティブにも寄りすぎない

――「つねにポジティブでいなければならない、ネガティブな気持ちになってはいけない」と考える人もいますが、長い受験期間では心をどう保つのがいいのでしょうか。

ポジティブに寄りすぎても、ネガティブに寄りすぎてもよくありません。受験は長距離走ですから、「4月の模試でよかったからもう大丈夫」というわけではありませんよね。大切なのは客観視すること。しかし、受験を控えた本人が俯瞰して物事を見るのはなかなか難しいもの。だからこそ、親や先生がそういう視点を持って接することをおすすめします。

受験生の間はプレッシャーもありますし、楽しみを我慢するストレスもあります。それなのに「すごく楽しい!」と言う子は要注意です。このような子に多いのが、(1)部活を引退した解放感に浸って勉強をしていない、(2)よい成績を褒められることで承認欲求が満たされている、という2パターンです。後者は志望校に入ることよりも成績を褒められることに喜びを感じているため、進学すると燃え尽きてしまうケースも多く、注意が必要です。

一方、「受験の結果で人生が決まってしまう。失敗したら終わりだ」とネガティブに寄りすぎる子もいます。そういう子には、親が客観的な視点を持って気が楽になるよう声をかけてあげてください。

ここでも大切なのは本人の自主性の尊重です。「こうしなさい」「大人の言うことを聞けばいい」と考えを押し付けるのは最悪のパターンです。「あなたのことを信頼している・尊重しているよ、でも、こっちのほうがいいかもしれないね」というような口調でアドバイスをするといいです。

チートデーとチーム力を上手に活用しよう

――周りのプレッシャーから「頑張りすぎる」受験生もいると思います。

やる気は大事ですが、頑張りすぎると成果は減ります。というのも、緊張しているときよりもリラックスしているときのほうが、人間の頭はよく動くものだからです。

受験本番は頭を使いますから、リラックスが必要です。そのためには、普段から「物事はバランスだ」と意識してリラックスできるようにしておく必要があります。アスリートでも本番に強い選手ほど自分のルーティンを実行し、リラックスできる状況を作っています。

また、つらいのに我慢し続けて勉強するのもよくないです。人間の脳は我慢を続けられるようにはできていません。心身を壊してしまうおそれがあるので、「何日頑張ったからこの日は息抜きをしよう」と、意図的にチートデーを設定するといいでしょう。

1日だけ友達や家族と遊びに出かける、ぼーっとして休息するなどはいいですが、「1日中ゲームをする」はおすすめしません。チートデーが終わった後もゲームをしたくなる可能性が高いからです。反動が来ない息抜きをしましょう。

長距離を走ったことがない人がいきなりマラソンを走れないのと同じように、勉強の体力(集中力)も急につくものではありません。チートデーの設定も、“1週間に1日”から始めて、“2週間に1日”、“3週間に1日”と伸ばしていくといいでしょう。

――最後に親や教員に対してメッセージをお願いします。

メンタルが安定していて、親や先生と良好な関係を保っている子は受験でもいい成果を出しています。親や先生が本人と伴走するよいチームとなっていることが大事。その際、「ここからは本人次第」「これは親の役割」と割り切って考えることも忘れてはいけません。

(文:吉田渓、注記のない写真:Fast&Slow / PIXTA)