塾にも行かず、公立のみでハーバードへ
18年間塾に行ったことがなく、留学経験もないのに、大分県の公立高校から2012年に米ハーバード大学に現役合格を果たした廣津留すみれさん。多くのメディアで、驚きを持ってその快挙が取り上げられた。その後、16年にハーバード大学を首席で卒業、同年にはニューヨークの名門、ジュリアード音楽院の修士課程に合格した。ジュリアードではバイオリンを学び、18年には、卒業生300名のうち2名のみが授与される音楽部門の最優秀賞を受賞し、またしても首席で卒業した。現在は演奏活動を行うほか、ニューヨークで音楽コンサルティング会社を起業するなど世界中でさまざまな活動を行い活躍中だ。(廣津留すみれさんのハーバード入学への軌跡は、ここから読むことができる)
そんなすみれさんを育て上げたのが、母親の廣津留真理さんだ。すみれさんが塾にも行かず、留学経験もなくハーバード大学に現役合格できた裏には、本人の圧倒的な努力に加えて、真理さんの考え抜かれた教育方針があった。
母親の真理さんは早稲田大学を卒業後、フリーランスで英語の通訳やフランス語の翻訳、小中高生の英語教育に携わってきた経験を持つ。本人いわく「人生の半分は英語をしゃべり、英語を読んでいる。そして人生の半分は外国人と接している生活」というように得意としていることは英語と異文化交流だ。
「大学時代は世界中を旅していました。そんな旅好きが高じて、就職活動はせず、そのまま通訳や翻訳の仕事をして資金を貯めながら、旅することを繰り返していました。今のリモートワークのはしりで、自分の特技を生かして、どこでも仕事をしているような生活でした。常識にとらわれることなく、自分の信念に基づいて生きてきたような気がします」
生まれ故郷の大分に本拠地はあるものの、旅人として世界中を巡っては出会いと発見をする日々。生活に退屈することはなかった。
「世界中を巡るわけですから、英語が通じない場所ももちろんあります。けれど、そんなことは関係ありません。その人の言いたいことだけを集中して聞いていると、言わんとすることが理解できるようになるんです。ワンフレーズを覚えてコミュニケーションを取るようなスタイルではなく、自分が言いたいことは何か、相手が伝えたいことは何か、その1点に絞って会話をしていると、理解できてしまう。しょせん人間同士なのですから、肌感覚で通じるものがある。そういうこともあって、旅が好きなのかもしれません」
そんな真理さんは、すみれさんが生まれたとき、どのように育てようと考えたのだろうか。
「出産までは、わが子がどれくらいかわいいのか、想像もしていませんでした。でも生まれたら、本当にとにかく、かわいかった。そう感じたとき、“世界中の記号を読み解く方法”を教えてあげたいと思いました。そうすれば世界のどこでだって生きていける。そのための教育をしようと考えたのです」
子どもに「無条件の愛」を示すが「期待はしない」
ただ、得てして親の思いは子どもに届かないことが少なくない。親の思いが押し付けとなり、ときには子どもに過度な負担を与えてしまう場合もあるが、そういったことはなかったのだろうか。
「そうならないために大事なことが、コミュニケーションと人間関係です。何かを押し付けるのは相手に“期待しすぎている”から。だから、がっかりするのです。私は“自分”には期待しますが、“相手”にはそんなに期待しません。恋愛でも何でも、失敗の原因は“期待しすぎる”ことです。子どもが世界のどこでも生きていけるように、私は種まきはしますが、それを受け取るかどうかは子ども次第。そのとき重要になってくるのが、コミュニケーションの仕方なのです。どんなときでも、親は“無条件の愛”を示し続ける。そして、自分に厳しく、子どもを100%信じ続けること。教育で失敗するのは子どもを疑って、不安にさせるからです。親が不安になれば、子どももそれを感じ取り不安になります。そうならないためにも、子どもを微塵も疑わないことが大事なのです」
真理さんから見て、すみれさんはどんな子どもに見えていたのだろう。
「かわいかったですよ(笑)。そうですね……、体力があって、いつもニコニコしている一方で、継続力があり、耳がいいという子どもに思えました」
耳がいいというエピソードでは、こんなものがあるという。
「家は音楽好きだったので、いつもすてきな音楽を流していました。音楽を聴いて、さりげなくその楽譜を置いておく。そうすると、すみれが『その曲を(バイオリンで)弾いてみたい、弾いてみよう』と、バイオリンを弾き始める、そんなこともありましたね。また、よく外国人のお友達を招いてホームパーティーをしていたのですが、生まれたときから日本語、英語、フランス語の3カ国語で話しかけていたからか、すみれは日本語が通じないときは英語で話しかけていました。3歳ごろからバイオリンを始めたのですが、その頃には、英語の本も読めるようになっていました。結果として4歳で英検3級にも合格しましたね」
そう語る真理さんだが、不思議と“教育ママ”の印象はない。あくまで、自分と子どもの好きなことをしたり、させていたら自然に子どもが伸びた、というあっけらかんとした印象なのだ。
子育てにおいて、感覚的に幼少時代は早く過ぎ、子どもと密に過ごすことができるのは中学生の頃まで。もし親がこんなことを教えたい、あんなことを学んでほしいと思っていても、時はあっという間に過ぎてしまう。だからこそ、明日よりも今日。思いついた瞬間から、愛情を込めて、結果を期待しすぎず、こうなったらいいなあという方向に子どもを向かわせることが必要だと真理さんは続ける。
「ハーバード合格は、あくまで結果。合格すること自体を目標にするべきではないと思います。すみれの場合は、音楽と学問を両立したい、外国の友達と一緒になって演奏したい、自分で曲を作ってみんなに伝えたい。そう思っていたところに、合格通知が届いた。ですから、ハーバードの校風に合った子どもに自然とオファーが来るものだと感じます」
そう語る真理さんは、社会に出てチャレンジを続けるすみれさんにこれからどうなってほしいと思っているのか。
「いや、もう幸せになってほしいという以外ないですね。とくに何かになってほしいという期待はありません。子どもが巣立った後は、むしろ“私自身”の伸びしろに期待しています(笑)。すみれがハーバードに入学した年に、私は英語塾とサマースクールで起業しましたが、講師や生徒さんなど、日本だけではなく、欧米やアジア諸国の若い人に会うことが多くなりました。社会の変化が激しい今、私自身もその変化に対応しながら、少しずつステップアップしていきたいと考えています。そのとき大切なことは、とにかく行動すること、そして変化の一歩前に行くことだと思っています」
日頃から若い人たちと接しながら英語教育に従事する真理さん。今の学校教育についてはどのような課題があると感じているのだろうか。
「いろいろな見方があると思いますが、私は親が学校に期待しすぎている部分もあるのでは、と感じています。そもそも学校の先生に、子どものしつけから行く末まで、そのすべてを委ねることなんて不可能です。親たちが学校に期待しすぎると、どんどん学校の負担が増えて、教師になりたい人も少なくなってしまう。今の公教育に課題があることはもちろん誰もがわかっているはず。だからこそ、必要以上に学校に求めるのではなく、親が家庭教育で補うべきではないでしょうか」
情報ギャップを埋めるのは、親のリテラシー次第
最近はインターナショナルスクールをはじめ、特徴のある学校が続々と首都圏などで誕生しているが、真理さんは大分から地方の公教育の現状をどう見ているのか。
「地方では職業選択も限られていますし、周囲の小さな世間を気にして、どうしても保守的にならざるをえない。海外では“自分”が中心にあるのに、日本、とくに地方では“世間”が中心にあるような気がします。そのため、地方では子どもたちが見習えるロールモデルが、まだまだ身近に少ない。ネットがあるから情報は平等といいますが、やはり情報ギャップはあるのです。地方にいながら、よい情報を得られるかどうかは、家庭のリテラシーにかかっているのです。私は毎年ハーバードの学生などを呼んでサマースクールを開催していますが、それも、身近でハーバードの学生と触れ合えるということが重要なのです。もっと多くの地方の学生に参加してほしいと思っています」
そんな真理さんが今提唱しているのが、子どもたちをトランスナショナル人材に育てることだ。トランスナショナル人材とは、文字どおり、国の枠組みを超えて活躍することができる人材のことだが、そうなるためには、子どもたちをどのように学びに導いていけばいいのだろうか。
「すべては親と子どもの関係性が重要です。例えば、もし子どもが100点満点で20点しか取れなくても、『20点分、賢くなったね』というように言葉の言い換えをしていくことです。そうすれば子どもは自立して、結果的に主体的になっていく。人はけなされると当然ながら傷つきます。小さな失敗でも、大人がけなし続ければ、子どもは手に負えないネガティブマインドの持ち主になってしまう。日頃から意識して言葉を言い換え、つねにポジティブなコメントを心がけることが大切なのです」
長年海外に触れ、英語や英語教育に精通し、著書も多数発表している真理さん。最後に英語の効果的な学習について、ワンポイントアドバイスをもらった。
「文法をしない。和訳をしない。ローマ字学習をしない。書き取りをしない。歌とゲームをしない。つまり、今の初級者がやっている勉強をすべてやめることなのです。皆さんは英語の勉強の準備ばかりをしています。公立高校入試の英語で使う文法はネイティブで言えば、幼稚園の年長さんくらいのものです。英語の勉強は、準備などしないで最初から使えばいいのです。そうやって臆せず英語を使えば、マインドセットにもつながり、複数の視点を得られるようになります。関係代名詞とは、などの難しい文法用語を覚える必要はありません。皆さんには、ぜひ楽しみながら、使える英語を学んで、世界のどこでも活躍できるようになってほしいと思っています」
(文:國貞文隆、写真:すべて廣津留真理氏提供)