教科と探究の相互環流で「学ぶ意義を感じる突破口」に

2022年4月、高等学校における新学習指導要領施行によって「総合的な探究の時間」が本格始動した。文部科学省の「高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説」では、従来の「総合的な学習の時間」と「総合的な探究の時間」の違いを次のように説明している。

前者が「課題を解決することで自己の生き方を考えていく学び」を目指していたのに対し、後者では「自己の在り方生き方と一体的で不可分な課題を自ら発見し、解決していくような学び」を展開するとしている。先んじて新学習指導要領が実施されていた小・中学校と高等学校では、指導のポイントに違いはあるのだろうか。京都大学大学院教育学研究科教授の西岡加名恵氏は、基本的な発想は変わらないと説く。

「生徒自身が課題を設定し、解決していくという点は、高校での指導においても変わりません。ただし生徒の年齢に応じて、高校ではよりリアルかつダイナミックな取り組みが可能になります。また、普通科・職業科の別、受け入れている生徒の学力層や興味・関心などの違いもあるので、そうした多様性も考慮する必要があります」

西岡加名恵(にしおか・かなえ)
京都大学大学院教育学研究科教授。日本教育方法学会理事、日本カリキュラム学会理事、文部科学省「育成すべき資質・能力を踏まえた教育目標・内容と評価の在り方に関する検討会」委員など。『教科と総合学習のカリキュラム設計:パフォーマンス評価をどう活かすか』(図書文化)、『高等学校 教科と探究の新しい学力評価:観点別評価とパフォーマンス評価実践事例集』(学事出版)など著書多数
(写真:西岡氏提供)

取り組み内容が各学校の裁量に任せられているということもあり、現場の状況は「二極化」していると西岡氏は続ける。

「SSH(スーパー・サイエンス・ハイスクール)などの先進校では、私も驚くほどの探究学習がすでに行われています。一方で今も『探究って何をしたらいいの?』と言うような先生がおられるのも事実。とくにあまり学力の高くない学校だと、教員の士気も上がりにくいのかもしれません。でもむしろそうした学校ほど、探究学習が有効だという例もあります」

西岡氏の知るある高校では、生徒たちの学力がかなり厳しい状況にあった。同校の研究主任を務めた望月未希氏は、学校の立て直しを目指して、「地域に関わる活動をとにかく増やす」ような探究学習を推進した。地元の祭りへの参加から、獣害対策や森林保全、近隣の小学校への出前授業など――。小学生に教えるため、生徒たちは英語学習をやり直すことになったし、外来種や自然保護の知識も必要になった。さらにこうした地域での多様な活動の結果、生徒たちの不登校率が大きく下がり、進学・就職の実績が上がったという。

「さまざまな取り組みによって、生徒は旧来型の学力や教科学習の必要性も実感したのでしょう。何のために学ぶのかがわかれば学校に行く理由も明確になる。総合的な課題に取り組む探究学習は、生徒自身が学ぶ意義を感じるための突破口にもなるのです」

今日では、教科教育においても探究の手法が求められている。実験やプレゼンテーション、ディベートといった多彩なスキルを求める「パフォーマンス課題」は、生徒の関心を引きつけ、学びを定着させる効果も大きい。これらの教科ごとの探究では教員が課題を示すが、「総合的な探究の時間」では、教員は課題を設定するための環境づくりをするのみ。課題を見つけ、設定するのは生徒自身だ。この差をしっかりと意識したうえで、だが教科での探究と「総合的な探究の時間」を切り離すことなく、相互環流させることが重要だといえる。

「目標」を明確に、学校ごとの個性あふれる取り組みを

「総合的な探究の時間」では、西岡氏はまず目指す「目標」を明確にし、カリキュラムを確立すべきだと語る。基盤となる目標設定があやふやだと、その上に組み立てるカリキュラムや取り組み内容もぶれやすくなってしまうからだ。実際に、西岡氏が探究の指導について相談を受ける場合、よく聞くと目標自体がはっきりしないケースが多いという。

西岡氏はまた、近年注目される「ルーブリック」の導入には慎重になってほしいと語る。これは学習目標への達成度を判断するための評価基準表のことだ。数値化できないさまざまな観点・特徴を言語化・明文化することで、教員間で評価基準を共有することもできる。だが質の悪いルーブリックを用いると、「教員の業務が煩雑になってしまうだけ」だと言う。

「子どもたちの真に自律的な探究活動には正解もないし、どんな結論を迎えるかわからないため、評価がグラデーションになる。だから、ルーブリックのような評価基準表が適しているのです。しかし目標や指導の転換が実現する前に、単なる評価基準としてルーブリックを作ったり、異なる取り組みを行う学校の基準を借りてきたりしても意味がありません。探究活動の評価において、ルーブリックは必須ではないのです」

では、カリキュラムを確立するための「目標」はどう定めればいいのだろうか。

「この学校でいちばん取り組みたいことは何か、先生たちがこれまで『もっとやりたい』と思っておられたことは何か。また、どんなふうになってほしいかという生徒の姿をイメージすることも欠かせません。それぞれの学校で探究学習の内容は違っていいし、教員や地域によるカラーが強く表れていていいのです」

西岡氏は地域色と個性豊かな探究の実例を2つ挙げた。1つ目は兵庫県立尼崎小田高等学校普通科(看護・医療・健康類型)の取り組みだ。阪神淡路大震災の教訓から防災への意識も高いエリアにあって、防災や地域医療をテーマにした探究を展開しているという。

「高齢者や障害者などのいわゆる社会的弱者が、災害時の避難所でどんな困難に遭遇するかを描いた演劇は圧巻でした。教員の深い指導と生徒の本気が重なり合い、観客など、関わる地域住民の意識も変えていく。リアルな課題とその解決に向き合う、非常に充実した取り組みだと思います」

西岡氏はもう1つ、昨年12月に京都大学で開催した「高大連携教育フォーラム」で報告された兵庫県立農業高等学校の例を示す。

「生徒たちは地域の農家に実際に話を聞くことで、肥料価格の高騰という大きな課題を見つけました。彼らはその解決のために、近隣の水産高校と協力し、水産廃棄物を有効活用して安価な肥料にするというアイデアを見事に実現させました」

これらの経験は生徒の進路選びに生きることはもちろん、その後の人生も大きく変えうるものだと西岡氏はほほ笑む。

兵庫県立尼崎小田高等学校、福田秀志氏の指導による防災についての演劇(左)。京都大学での「高大連携教育フォーラム」で報告された、兵庫県立農業高等学校の生徒によるポスター発表。指導は今村耕平氏(右)
(写真:各校提供)

教員がワクワクできるテーマで、楽しむ背中を生徒に見せて

西岡氏は、探究学習の評価にはポートフォリオが有効だと考えている。ポートフォリオは子どもの作品や自身での振り返りなどの記録とともに、教員からの評価やフィードバックを系統的な資料として保存するものだ。このポートフォリオの効果を高めるには、必要なポイントがある。その1つが、教員と生徒の対話による「共通理解」の構築だ。

「ポートフォリオの活用法やその意義について、教員と生徒との間でしっかりと共有しておくことが大切です。定期的にポートフォリオを編集すること、また記録を見ながら対話する『検討会』で教師と生徒の評価をすり合わせることも重要です」

学習指導要領の改訂で、育てたい資質・能力の3つの柱と学習評価の3観点が整理されたが、それに即した適切な学習評価を行うためには、指導や授業と評価を一体化させて行うことが効果的だ。これは「総合的な探究の時間」でも同様で、短期的な評価をしないこともポイントになる。生徒が探究するプロセスを多角的に評価することと、経緯をもれなく成績づけの資料にすることは、別のことだと西岡氏は注意を促す。

「課題設定のタイミングで課題設定の評価をし、まとめの段階でまとめ方についての評価をするような、分節化した評価はふさわしくありません。探究は年単位で取り組むことになるので、年度途中での通知表は、途中経過の指標を示すものとして捉えるといいでしょう」

相手が高校生なら、こうした評価の流れや目標も共通理解にしておくことが可能だ。検討会も決して頻繁に開催する必要はないという。だがポートフォリオを見ながら聞き取りを行いアドバイスをすることで、指導と評価が無理なくつながり、双方をシームレスに行うことができる。

「探究の指導や評価については、大学の卒業論文をイメージするとわかりやすいと思います。このまま進めていいのか、もう少しテーマを煮詰めたほうがいいのか、学生と指導教員は何度も話し合って方針を決めていきますよね。ただ、教職課程で卒業論文は必修ではありませんので、現在の教員の中には卒業論文を書いていない方もいます。そうすると、探究のプロセスは想像しにくいかもしれません。また、生徒たちの探究力を高めるためには、教科で身に付けた理解を使いこなせるレベルまで深く学ばせる指導も重要です。教師の持つ力量をさらに高めるような教師教育の充実が求められますし、高い力量を持った人々が教師として働きたいと思えるような雇用条件の改善も、政策的には求められていると考えます」

指導や評価について改善すべき点もあるものの、生徒との対話を重ね、目標や取り組み内容が確立され共有されれば、ルーブリックも効果を発揮するという。

「ルーブリックは正しく機能すれば、教員の『評価する目』を養ってくれるという利点もあります。どこかで作られたルーブリックを写してくるのではなく、教員たちが共同で生徒たちの作品などを見ながらルーブリックを作るワークショップに取り組むことをお勧めします。いちばん重要なのは、学校が大枠として設定する探究のテーマをどうするかですが、これは教員自身がワクワクできるようなことを選んでほしい。その背中を生徒に見せることで、生徒たちもきっと探究が楽しいと思えるはずです」

正解のない課題に向き合う「総合的な探究の時間」では、長期的な視点で、指導と評価を一体化していく感覚を身に付けることが重要だ。そしてテーマの決定に当たって必要なのは、学校の目指す理想や生徒の姿、教員自身の興味や関心を見つめ直すこと。楽なことではないが、教員にとっても得るものの大きい取り組みだといえるだろう。

(文:鈴木絢子、注記のない写真:nonpii / PIXTA)