約10年ぶりの改訂で「入り口」と「出口」が統一された

2020年度から順次施行されている新学習指導要領では、育てたい資質として「知識及び技能」「思考力・判断力・表現力」「学びに向かう力、人間性など」の3つの柱を掲げている。この教育規準とともに定められたのが、学習評価の新しい規準だ。新学習指導要領の3つの柱に応じる形で、「知識・技能」「思考・判断・表現」、なかなか測りがたい人間性や感性の評価に替えて「主体的に学習に取り組む態度」が、新たな「3観点」として示された。

田村学氏は、小学校教諭や文科省などを経て、現在は國學院大學で教員を目指す学生の指導に当たっている。初等教育にも造詣が深く、カリキュラム研究者でもある同氏。新たな3観点について、「従来の教育と学習評価がより整理されたもの。大きく分けて2つのポイントがあります」と説明する。

まず1つ目の整理のポイントは「入り口と出口が整ったこと」だ。

「何を教えるかという学習指導要領は教育の『入り口』であり、入り口に対応する教育の『出口』が学習評価です。育成を目指す資質・能力の3つの柱に対応する形で学習評価の3観点が示されたことで、それぞれの入り口と出口がつながり、道筋が整いました」

2つ目として、「すべての教科の評価規準が統一されたこと」を挙げる。

「これまでの学習評価は4観点が中心でしたが、5観点だったり3観点だったりするものもありました。教科によってバラバラだった評価の観点が、全教科で新しい3観点に統一されたのです」

そもそも学習指導要領改訂の狙いは、単なる知識の詰め込みではなく、子どもたちがこれからの社会で本当に活躍するための「生きる力」を伸ばすことだ。新たな3観点は、そうした資質を正しく評価するために整備されたものだと、田村氏は語る。

「教員自身の中でこのポイントが整理できれば、決して天地がひっくり返るような変更ではないと納得できると思います。大学入試で問われる学力のあり方が変わってきていることを考えても、資質・能力の育成に向けて適切な評価を目指すことは妥当といえるでしょう」

新規準で正しい評価をするための「3つの方法」とは

田村氏は3観点での評価について「やることが大きく変わるわけではありませんが、これまで見えにくかったことを見取ることが求められるようになる。そのためには、曖昧だった評価規準を明確化し可視化する作業が必要です」と続ける。主体性や思考力といった数値化しにくいことを評価する際には、とくに「妥当性と信頼性」を重視する必要があるという。

「完全に客観的な見方をすることはできません。教員も人間である以上、必ずその人の主観が入ります。見えにくいものを適切に評価し、妥当性と信頼性を保つにはどうすればいいのか。大まかに言って3つの方法があると考えています」

方法の1つ目は、時間軸で継続して子どもを見ること。昨日の授業ではこんなことを言っていた子どもが、今日の授業の序盤では違う見方をしている。さらに終盤になるとまた別の言葉が出てきた――こうした過程にこそ、思考力の変化が表れる。これは瞬間的な知識を問うペーパーテストでは測れないものだ。

2つ目は子どもを多面的に見ることだ。子どもが書くこと、話すこと、つぶやくこと、振る舞い、表情……。どれか1つだけで判断するのではなく、子どもをよく観察して複合的に考えることで、曖昧なことの評価にも信頼性が増す。

「望ましくない評価の例として、子どもの忘れ物の多さや挙手の回数など、ふさわしくない事柄でのみ判断することがありました。でも仮に何度か忘れ物をしたとしても、その子どもがいろいろな解き方を自分で調べ、比較し、自ら前向きに考えることができているとしたらどうでしょう。忘れ物と比べて、どちらが学びの本質として評価されるべきかは歴然としています」

そして3つ目は、教員自身が評価規準を明確に言語化することだ。これについて田村氏は、サポート資料の活用を勧める。

「教員の主観に偏りすぎず、妥当性を保つためには、第三者の声が有効です。国や教科書会社などが多くの資料を発行しているので参考になるでしょうし、学校内や地域で勉強会を行ってもいいでしょう。見えにくいことの評価も、すでに感覚で実践できている教員は多いと思います。今回の改訂はそうした曖昧さをクリアにするきっかけで、前向きに取り組むチャンスだと捉えるといいと思います。各教員の中で評価規準がシャープに言語化されれば、教員同士でのノウハウの共有にも生きてくると思います」

さらに田村氏が強調するのは、明確化すべきところをしっかり押さえ、その効果を自覚することの大切さだ。例えば成績をつけるための総括的評価はポイントを押さえて行われるべきで、曖昧にするわけにはいかない。だが日常のすべてを明確化して評定に結び付けたり、記録を取ったりする必要はないという。

「評定はどうしても子どもを輪切りにランキングするものです。とりわけ中学校や高校はその出口に受験があるので、その責任が大きく、教育の比重が評定に偏る傾向がありました。しかし新しい3観点によって、これまで評定には反映しきれなかったこともフォローしてあげられるようになる。曖昧な規準の積み重ねでこそ、確実に評価できることがあるはず。それによってモチベーションが上がる子どもも多いと思います」

田村氏はまた、「評価規準がきちんと言語化されると、授業のデザインも変わる」と語る。「入り口と出口が整理された」という言葉どおり、3観点の整備は、教員が目指すべきゴールを評定以外でもはっきりと示した。ゴールが明確であればあるほど、そこへ向かうための授業づくりに反映されてくるのは当然のことだ。

「子どもたちのためにどんな授業をすればいいか、教員はつねに知恵を絞ってきました。つまり3観点での見直しは新規の厄介な仕事などではなく、これまでも取り組んできたことを、もっと効率的に進めるものだといえるのです。ゴールが見えやすくなれば、授業づくりはもっと楽しく自由になる。よりクリエーティブな教育活動につながるいい機会だと思います」

田村 学(たむら・まなぶ)
國學院大學 人間開発学部 初等教育学科 教授
新潟大学教育学部卒業。専門は教科教育学、教育方法学、カリキュラム論。新潟県上越市立大手町小学校教諭、上越教育大学附属小学校教諭、新潟県柏崎市教育委員会指導主事、文部科学省・国立教育政策研究所教科調査官、文部科学省初等中等教育局視学官を歴任。2017年から現職

「クリアな言葉化」で、子どもも大人も考えを整理しよう

すべての教科の評価規準が統一されたことで、注意すべき点も生じている。例えば美術や音楽などの実技教科は評価規準の明確化が難しい。こうした教科は一方的に評価するのではなく、「子ども自身による振り返り」を活用することが有効だという。

「例として、体育のルールを守る姿勢を評価するとしましょう。その場合、ただ教員の印象だけで採点するのではなく、授業の後にレポートを書かせることがとても効果的です。教員にとっても評価の手がかりが増えることはもちろん、言葉によって整理することで、子ども本人の中でルールを守ることの意義がより深く理解されます。学びが確かなものになれば、態度や行動にも反映されてくるでしょう」

明確な言語化で整理する。田村氏が子どもに勧めるその手法は、3観点に向き合う教員へのアドバイスと同様だ。評価のための明確な言語化は、保護者への説明責任のためにも欠かせないと田村氏は話す。

「例えば先ほどお話ししたような、忘れ物で評価が下がっていた子ども。あるいは挙手の多さで評価されていた子ども。新たな3観点で評価されると、前者の評価が上がったり、後者が不満を抱いたりすることもあるかもしれません」

だがこれも「学びの本質を理解するチャンスになる」と、田村氏はあくまで前向きだ。

「誰かと比べたり、他者からの評価だけを求めたりするのは、生きる力につながる学びの姿勢ではありませんよね。期待される態度がクリアな言語で共有できれば、目指すべき姿は子どもにも保護者にもきちんと理解され、家庭と学校が同じ方向を向くことができると思います」

重要なのはやはりコミュニケーションだ。保護者含め、大人は子どもを見るとき、どうしても「自分の時代は」という過去に立ち返りがちだ。だが新しい学習指導要領と評価規準への正しい理解は、「自分の時代」から離れなければ得られない。

「保護者がいちばん知りたいのは、学校で自分の子どもがどんな様子なのかということです。保護者への説明が必要になった際には、実際のエピソードを交えて具体的な話ができるといいですね。子どもを継続的かつ多面的に観察できていれば、こうしたコミュニケーションも問題なくできるでしょう」

研修ももちろん有効だが、最も重要なのは日々の積み重ねだと語る田村氏。「年間約1000時間の授業をし、教員は子どもたちと誰よりも多くの時間を過ごしています。すでに必要な土台はあるので、自信を持っていただけたら」とエールを送る。明確にすべきことを整理し、ICTなどを活用すれば、さらなる簡便化や合理化もできるだろう。そうなってこそ教員の働き方も改善され、授業の質も上がるはずだ。

「今回の整備は、教員にとっても圧倒的成長のチャンス。評価を明確にすることで子どもの学びの姿を明らかにできれば、これまでと違う達成感が得られると思います」

田村氏は「新学習指導要領と学習評価の3観点は、誰にとってもポジティブなものになる」と太鼓判を押す。明確化すべきことを切り分けて整理し、評価規準はクリアに言語化する。さらに言語化した情報は、密なコミュニケーションで多方向に共有していく。これが田村氏の解く新体制の活用法だ。

(文:鈴木絢子、写真:梅谷秀司)