「正解がない」からお互いを認める
連載第1回で、プログラミング教育は必要以上に気負わず、児童に「委ねる」ことが重要という基本姿勢を紹介した。今回はこの姿勢でうまくいった小学校の話から始めたい。
「授業開始5分後に立ち上がって歩く子もいたのが、授業2回分、90分続けても全員集中できたのには驚きました。また、今でも鮮明に覚えているのは、面白いプログラムをつくった子に対して『すごいじゃん、俺もやってみよう』『どうやったのか教えて』という反応があったことです。それまでは、できる子に対して否定の言葉を投げつけたり、自分を卑下したりする子も多かったので不思議でしたが、のちに『正解がないから』だとわかりました。正解を求めるのではなく、一人ひとり異なる表現ができるから、集中できるしお互いを認められるんです」
こう語るのは、合同会社MAZDA Incredible Lab CEO 松田孝氏。小学校校長だったとき、全国に先駆けてプログラミング教育を実践したときのことだ。
変化の激しいこれからの時代、求められるのは1つしかない正解ではないと松田氏。これは新たな学習指導要領が目標とする「生きる力 学びの、その先へ」とも合致している。これまでの知識を詰め込むような学習だけではなく、「主体的・対話的で深い学び」ともリンクしている。
ではその授業は、どのような考え方でつくればいいのだろうか。授業設計に欠かせないのはゴールの設定だが、全国の教員・教育機関にプログラミング教育の研修や教材を提供するNPO法人みんなのコードの代表理事、利根川裕太氏はそのハードルを低くしたほうがいいと忠告する。
「教員の皆さんは熱心なので、『子どもたちに喜んでもらおう』と張り切るんですが、いろいろ盛り込みすぎてしまって授業がうまくいかないケースが多いです。とりわけ最初の授業は欲張らず、基本的な事項を押さえることを目的としたほうがいいと思います。それでなくともプログラミング教育は未到の領域なんですから、無理に工夫を凝らさず、事例をそのままなぞる感覚でいいくらいです」
それでは物足りないと感じる教員もいるだろうが、初めての試みはトラブルがつきもの。無謀なチャレンジで収穫を減らしてしまうよりも、まずは無事に終えることを優先したほうが実りを得られるということだ。もちろん、慣れるに従って徐々にハードルを上げればいい。小学校での研究授業の指導も多数実施してきた東京学芸大学ICTセンター教育情報化研究チームの加藤直樹准教授は次のように語る。
「授業が散漫になるのでゴールを設定することは大切です。他の教科でも児童のレベルはさまざまですが、プログラミング教育ではより差が大きくなりますので、複数のゴールを用意するのもいいでしょう。また、子どもたちをうまく成長させるためにも、『並べた順番に動く』ことを理解してもらうことを最初の目標にして、だんだんレベルを上げていくことが重要です。そのためにも6学年を通した系統的な目標立てが大切です」
いわば「目標は高く、目線は低く」だ。利根川氏は最初こそハードルは低くすべきと主張するが、最終的な到達点としてのゴールは見据えておいたほうがいいという立場だ。
「究極の目標は、『身近な困り事をテクノロジーで解決できる児童になる』ことだと考えています。離れた場所に住んでいるおばあちゃんが困っていることとか、同じ小学校の1年生が困っていることなど、何でもいいと思うんです。コンピューターを適切かつ効果的に活用して生活や社会を改善、発展させられる力を身に付けることが、Society 5.0時代に求められるのではないでしょうか」
利根川氏の指摘は、新たな学習指導要領で言及されている「新しい時代を生きる子どもたちに必要な『学びに向かう力、人間性』『知識及び技能』『思考力、判断力、表現力』」をわかりやすくかみ砕いたものともいえよう。さらに松田氏は、これらの力をおのずと育める構造を有しているのがプログラミング教育だと主張する。
「プログラミングは、やりっぱなしにならないんです。子どもたちが起こしたアクションに対し、コンピューターを介して即座に反応が返ってくるわけですから。いくらでもトライ・アンド・エラーが繰り返せますし、それによってさまざまな気づきも得られますので、一方通行ではなく自動的に双方向の学びができるんです」
中学・高校・大学入試からの逆算で導く「開始時期」
従来の教育とはまったく異なるという認識を持ち、目標は高く掲げながらも足元では欲張らずに臨む――。3氏の意見を統合したプログラミング教育への基本スタンスはこうなるが、具体的な授業設計に臨むうえで難問が1つある。「何年生からスタートすればいいのか」ということだ。文部科学省の「小学校プログラミング教育の手引」や学習指導要領には明記されていない。加藤准教授は次のように説明する。
「5年生の算数と6年生の理科の教科書にプログラミング教育の内容が掲載されていますが、それはあくまでも学習指導要領に例示されたため掲載されたもので、何年生以下はしてはいけないとか、何年生から始めなくてはいけないといったことも定められていません」
裏を返せば、何年生の授業でも自由に取り組めるということだ。利根川氏は、低学年での授業を多数経験しているほか、プログラミング教育の下地づくりにつながる新たな取り組みも始めていると明かす。
「『みんなのコード』の研修を受けた先生が、1・2年生の研究授業をするケースは珍しくありません。そのときにはViscuit(ビスケット)という簡単にできるビジュアルプログラミング言語がよく使われています。先進的な取り組みとしては、2020年10月に宮城教育大学附属小学校の2年生の研究授業で、コンピューターが絵や画像を表現する仕組みをドット絵で再現するという取り組みをサポートしました。コンピューターがどういうものかを自然に理解できますので、3年生以降のプログラミング教育が受けやすくなりますし、Society 5.0時代の適応力を養うことにもつながったと思っています」
一方、「逆算」の視点を提示するのは松田氏だ。中学校や高校での学びについていけるのかを考慮すると、できるだけ早めにプログラミングに取り組んだほうがいいという。
「中学校では2021年度から『技術・家庭科』で行うプログラミングの難易度が上がります。『ネットワークを利用した双方向性のあるコンテンツのプログラミングによる問題の解決』に取り組むからです。高校でも22年度から『情報Ⅰ』が必修化されますし、大学入試も大学入学共通テストに情報科目の導入が検討されています。それらに対応するには、小学校の5、6年生で数時間やるだけではとても追いつかないでしょう。何より、Society 5.0時代の子どもたちのキャリア形成を考えたら、低学年からしっかり取り組み、小学校段階でBASICなどのテキストプログラミングを体験して、中学、高校での高度なプログラミング教育に備えるべきだと考えています」
高学年で急に高度な内容に触れると、ついてこられずに脱落してしまう子どもも増えてしまう。算数を小学1年生から徐々にレベルを上げていき、中学で数学を始めるのと同様に考えたほうがよさそうだ。教員養成に携わる加藤准教授は、そうすることで、教員の負担軽減にもつながると指摘する。
「少しずつでもいいので、1年生からやったほうがいいでしょう。子どもたちもスキルを習得しやすくなりますし、先生にとっても中高学年の授業での負担が減ります。日本の教育では、どこの学校に新しく先生が入ってもすぐ授業ができるような仕組みが、長い時間をかけてできあがっていますが、プログラミング教育ではまだできていません。教材もカリキュラムも整っていませんし、教科書もありません。すぐに対応できる先生はほんの一握りしかいませんので、先生も一緒に学ぶように始めたほうがいいと思います」
プログラミングの授業は「低学年から始めるべき」というのは3氏ともに同じ見解だ。GIGAスクール構想によって1人1台の端末が実現すれば、小学校1年生からのプログラミング授業も常識になっていくのかもしれない。では、実際の授業では何を使って、子どもたちに何をやらせればいいのか。次回の連載3回目では、3氏の具体的なノウハウを紹介していく。
第1回独学?習う?プログラミング授業の準備と現実<教員のスタンス編>
第3回プログラミング授業の作り方と教材選びの要諦<教科・ソフトの選び方編>
第4回 「プログラミング授業」意外な落とし穴と対処法 <ICT支援員編>
第5回 プログラミング「理解ない管理職」の巻き込み方 <コミュニティ編>
「『並べた順番に動く』ことを理解してもらうことを最初の目標に」加藤直樹
「究極の目標は、『身近な困り事をテクノロジーで解決できる児童になる』」利根川裕太
「小学校の5、6年生で数時間やるだけではとても追いつかない」松田孝
(注記のない写真はiStock)