千葉県の公立小中学校で、塾講師が教えるワケ
塾講師を公立小学校と中学校に派遣する、千葉県の「塾講師を活用した学習支援モデル事業」。2024年に公立小・中学校計10校で開始したこの事業は、今年2年目を迎える。「学校には教員がいるのに、なぜ県は民間の塾講師を派遣するのか」と不思議に思った人もいるのではないだろうか。
この事業に至った前提ともいえるのが、千葉県が21年度から24年度にかけて行ってきた「ちばっ子『学力向上』総合プラン」での取り組みだ。このプランは「子どもたちの学ぶ意欲の向上」と、「教員の『主体的・対話的で深い学び』の実現に向けた授業改善」を目指すというもの。
そのためのアクションとして行われてきたのが、魅力ある専門分野の人材活用事業である。外部人材の活用の一環として「指導力の高い塾講師を学校で活用できないか」と意見が上がり、23年度より教員の指導力向上を目的に「塾講師による専科指導研究事業」として効果検証を始めた。この事業を通じて塾講師の専科指導を導入し、教員と塾講師のそれぞれの優れた指導について検証したのだ。
千葉県教育庁 教育振興部 学習指導課 学力向上推進室 主幹の吉村政和氏は、その意図をこう話す。
「23年度は、教員の指導力向上を目的に教員の指導と塾講師の指導、それぞれ優れている点はどんなところなのか、また、指導法などにどういう違いがあるのかを検証することとしました。対象教科については、学年が上がるにつれて二極化が進む算数とし、対象学年は、単元が高度化し学習につまずきやすい時期と言われる小学5年生としました」

千葉県教育庁 教育振興部 学習指導課 学力向上推進室 主幹
1995年より公立中学校にて教諭(外国語)を務める。2012年より千葉県教育委員会にて指導主事。その後、千葉県公立中学校の教頭、校長等を経て現職
また、県教育委員会から千葉大学に効果検証を依頼した。塾講師と教員の授業をそれぞれ録画し、発話等も分析。それによれば、子どもの学力が塾講師による指導のほうが伸びた単元と、教員による指導のほうが伸びた単元がそれぞれあることがわかった。
「23年度事業の検証から見えたこととして、塾講師の授業は、小数や割り算といった、いわゆる『教え込み』に近い単元において、子どもの学力が伸びる傾向にあったことが挙げられます。一方で教員の授業は、図形や割合に関する単元において、学力の伸びが見られました。これらは子どもたちが答えを導き出すうえで課題について話し合いながら、協働的に学んでいく単元です」(吉村氏)
つまり、学習指導要領が重視している「主体的・対話的で深い学び」においては、教員の指導法に効果が見られたということだ。千葉県では「『思考し表現する力』を高める実践モデルプログラム」を推奨しており、教員はこれを活用して授業を行っている。
一方、塾講師は「こうやって解くんだよ」と生徒に解き方を先に教えて演習問題を繰り返す、定着を重視した授業を行っていた。

塾講師の補習で、「算数が好きになった」の声も
これらの検証結果を受け、千葉県教育委員会は2024年度から「塾講師を活用した学習支援モデル事業」を開始した。塾講師を補習などで活用し、生徒の学力向上効果を狙うというものだ。このモデル事業では学びにつまずいている生徒に対する補習を塾講師が週2日、放課後に受け持つ。
加えて、3時間目から6時間目に行われる教員の授業に塾講師がTT(ティーム・ティーチング)として補助に加わる。TTとして授業に入ることで、生徒がどの部分でつまずいているのか、教員がその単元でどのような説明をしているかを把握し、補習に生かすのだ。
対象となる学年と教科も、小学6年生の算数、中学3年生の英語と数学となった。算数・数学と英語はいずれも学年が上がるにつれて得意・不得意の二極化が進む教科だ。中学に上がる前に小学6年生の算数を補完し、高校受験を見据えて中学3年生の英語と数学を補習するという形だ。このモデル事業を行うことで、子どもや大人はどう変化したのだろうか。吉村氏はこう話す。

「補習は各学校の実態に応じて、希望する生徒が参加できるようにしました。生徒へのアンケート調査では、『わからないところがわかるようになった』『内容がわかるようになって、算数が好きになった』という声も聞かれ、意欲の向上が見られました。
また、放課後の補習に参加した回数が多いほど学力向上の傾向が見られました。24年度は塾講師の派遣が始まる前の5月に、対象校に全国模試を受けてもらいました。その後、12月に同様の試験を受けてもらったところ、小・中学ともに学力の伸びが確認されました」

塾講師の活躍が、教員の働き方改革に
2024年度からの事業で塾講師が学校現場に加わったことは、教員にもさまざまな変化とメリットをもたらしたと各学校が実感しているようだ。
「『授業でつまずいたところを補習で取り上げるため、次の授業を進めやすくなった』という声が上がっています。また、塾講師の派遣については、指導経験が豊富な講師を指定しているため、新任の教員等は指導法を参考にすることができています。
さらに、放課後や夏休みに教員が行っていた補習を塾講師に任せることで、その時間を教材研究等に充てることもできるようになり、教員の働き方改革にもつながっています」(吉村氏)
塾講師側にも、新たな気づきがあった。教員は子どもに課題意識を持たせ、主体的な学びを引き出す授業を行う。また、学校の授業では子ども同士が教え合う場面もある。塾にはない教え方や学び方に触れることは、塾講師の学びにもつながったようだ。
一方で、24年度の学習支援には課題もあった。教員・塾講師ともに、塾講師がTTで入る学校の授業を行った経験がない。そのため、初めのうちは教員の発話量が多く、指導力の高い塾講師がその力を発揮する機会が乏しかった。
「千葉県では地域人材の活用を進めています。例えば、大学生や元教員、主婦といった方々が週1回、学習サポーターとして授業補助に入り、つまずいている子をサポートしています。そのような中、24年度は本事業の課題として指導力のある塾講師の役割が学習サポーターと同じような授業補助にとどまっており、その高い指導力を発揮してもらえる場面の創出が改善点として挙がりました」(吉村氏)
その改善策は2つある。1つは、塾講師が入る週2日の授業は、教員の発話量を減らし、個別最適な学びの時間として、子どもたちのサポートにつく時間を増やすことである。
もう1つは、授業時間内に塾講師が教えられるようにしたことである。例えば、クラスを少人数に分けて教員と塾講師がそれぞれ教えることもできる。ただし、塾講師は教員免許を持っていないため、指導計画や評価は教員が行うこととしている。

市町村でも、塾講師の有効活用を目指す
本事業の課題のもう1つは、教員と塾講師の打ち合わせの時間の確保である。教員は1時間目からずっと授業をしており、塾講師の勤務時間は6時間と決められている。打ち合わせできる時間が限られており、指導法や使用する教材など、授業の進め方についてどのように共通理解を図るかが課題である。
そこで、授業時間に職員室にいる教員にプリントを預ける、メールで連絡をするなど、教員に負担がかからない形で改善を進めている。今年はTTとしてだけでなく塾講師が単独で授業を行うケースも想定されるため、さらなる改善が必要になると見られる。
最後に吉村氏はこう語った。
「2年目の今年も、公立小・中各5校ずつ、計10校で学習支援を行っています。本事業はモデル事業であり、ゆくゆくは各市町村で予算化し、塾講師の活用を実施してもらいたいと考えています。そのために、塾講師の活用によってどのような効果と課題があるのか、市町村への情報提供をしていく予定です」
仕事が山積する状態でも、走り続けざるをえない学校教員。その指導力向上と働き方改革を両立する秘策として、この取り組みはさらなる効果を発揮するのか。今後も注目を集めそうだ。
(文:吉田渓、企画・編集:楡木佑奈、注記のない写真:千葉県教育庁提供)