「どんなに改革を行っても不登校は増える」と言える訳

家庭教育アドバイザーや、不登校の子どもたちの復学を支援する民間カウンセラーを経て、大東市の教育長に転身した水野達朗氏。そんな異色のキャリアの水野氏が、2022年度からスタートした不登校支援モデルが、「学びへのアクセス100%」だ。教室復帰ではなく、「すべての子どもが学びにアクセスできていること」を目指すが、その理由について水野氏はこう説明する。

水野達朗(みずの・たつろう)
大東市教育委員会教育長
1979年生まれ。公認心理師。一般社団法人家庭教育支援センターペアレンツキャンプ創設者。2015年7月より教育委員に就任し、20年5月に40歳で教育長に就任。23年度の近畿市町村教育委員会連絡協議会の会長および全国市町村教育委員会連合会の副会長を務める。中央教育審議会「幼児教育と小学校教育の架け橋特別委員会委員」、こども家庭審議会「幼児期までのこどもの育ち部会委員」、「こどもの居場所部会委員」など、国の有識委員を歴任。著書に『無理して学校へ行かなくていい、は本当か』『子どもにはどんどん失敗させなさい』『これで解決!母子登校』(すべてPHP研究所)など

「学校は、たまたま同じ地域で同じ年に生まれ、家庭環境も経済状況も異なる子たちが一つの場所で同じ授業を受けるところですから、好きな人・嫌いな人もいますし、苦手なもの・得意なものも出てくるでしょう。そうした多様な経験ができ、かつ先生というプロのファシリテーターがいる中で成長できる点で、学校はとても貴重な場。しかし、今は学校以外にも学びの場や自立するルートがあります。『学校しかなかった時代』から『学校もある時代』に変わった以上、どんなに改革を行っても不登校は増えるでしょうし、教室復帰を基準にするのは無理があります。大切なのは、子どものウェルビーイングです」

ただし、不登校の原因や子どもの状態、性格や環境はそれぞれ異なり、「無理をしてでも学校に行ったほうがいいケースもある」と水野氏は話す。

「例えば、問題を抱えながら無理に登校を続けて行けなくなってしまったケースは学校に行かないほうがいいでしょう。一方、夏休みの宿題をやらなかったために2学期の始業式を何となく休んでしまった場合などは、不登校が長期化して問題行動が出るようになることもあり、早期に学校に向かわせたほうがいい。教育機会確保法では教室復帰を目的としないことが示されましたが、今の不登校支援の多くが、教室復帰を目指すか、『行きたくなければ行かなくていい』かの両極に振れがちで、その間のグラデーションがありません。そこで本市は、子どもたちが学校に行きたくなる工夫をしながら、学校以外の居場所づくりも進めているのです」

1つの支援策がすべての子どもに当てはまるとは限らない。スイスチーズモデル(※)のように、さまざまな支援策をいくつも重ねることであらゆるケースに対応するのが同市のスタイルなのだ。

※ 英国の心理学者、ジェームズ・リーズンが提唱。穴のあるスイスチーズをリスク管理に例え、安全対策を何層も重ねることでリスク軽減を図る考え方

「学びへのアクセス100%」、5つの中身とは?

主に次の5つを掲げ、具体的な支援を行っている。

・魅力的な学校づくり
・大東市教育支援センター「ボイス」
・民間フリースクールとの連携
・ICT等を活用した学習支援
・家庭教育支援チーム「つぼみ」による支援

 

まずベースとなるのが「魅力的な学校づくり」だ。魅力的な学校とは、わくわくできる学校だと水野氏は言う。

「わくわくするには、学び続けたいと思える授業、学びが生活をよりよくすると実感できる授業が大前提。本市は、学び合う授業づくりを10年以上前から続けていて、主体的・対話的で深い学びを先取りしていました。これを進化させていくことで、わくわくする学校づくりは可能だと考えています」

しかし、どうしても学校が合わない子もいる。そこで、多様な学びの機会の提供として、大東市教育支援センター「ボイス」を運営している。

「『ボイス』は以前、適応指導教室の名目で運営していたのですが、利用者は多くて2〜3人で、0人のことも。そこでコンセプトそのものを『リスタート・リスタディ・リスタイル』へと見直し、必ずしも教室復帰を目的とはしない、多様なキャリア教育を行う居場所へと作り変えました」

フリースクールの運営や指導経験がある人材を配置し、大学生スタッフにもコンセプトや支援のあり方をしっかり共有するようにした。今は毎日10人ほどの子どもたちが集まり、eスポーツやプログラミング、野菜の栽培などさまざまな学びが行われているという。

大東市教育支援センター「ボイス」

このほか居場所づくりとしては、民間フリースクールとも連携を強化し、ガイドラインを策定して学校が出席扱いを判断しやすい環境を整えた。

しかし、家から出られない子もいるので、「ICTを活用した学習支援」も充実させている。水野氏は教育長に就任した際にICT教育戦略課を設置した。これは「先生のやりたいことを実現する課」として新設したものだが、1人1台端末の活用が進み、結果的に今、その蓄積してきた取り組みが不登校支援にも生かされているという。

「時空を越えて学べるのが、ICTの強み。本市では、子どもや保護者の希望があれば授業のライブ配信を行って出席扱いにしている学校も多く、AIドリルを導入しているので家で学ぶこともできます。今年度からはNPO法人カタリバのメタバース空間『room-K』も導入したのですが、利用した子がボイスに来られるようになった事例も。不登校支援で重要なのは、学校に行くか家に引きこもるかの2択ではなく、スモールステップを刻むこと。ICTを使うとそのステップをいくつも作ることができます」

また、家庭への教育支援も行っている。同市では、2016年度から訪問型の支援チーム「つぼみ」を設置し、市内公立小学校の1年生と4年生がいる家庭教育に関する状況把握調査を行うほか、保護者に学びや交流の場を提供してきた。

「これは私が教育委員時代に提案して実現した制度なのですが、保護者の悩みを解消することは不登校の予防にもつながるので、このチームに市内全小学校に派遣しているSSW(スクールソーシャルワーカー)を組み込みました。現在、10名のSSWが学校と連携を図り、保護者を支えながら不登校の子が学ぶ環境を調整しています」

水野氏が家庭教育支援を重視する原点は、これまでの支援にまつわる経験にある。大学時代にタイ北部の少数民族の自立支援に携わった際、「支援者が離れた後も、その場所が持続的に発展する仕組みをつくること」という開発援助の鉄則を学んだが、後にそれは不登校支援も同じだと気づいたのだ。

「教員免許を持っていたこともあって大学卒業後は不登校支援の会社に入り、不登校の子の学習支援やメンタルケアを行っていたのですが、私が家庭訪問すると明るくなって勉強もするのに、離れると自傷行為や不登校が再発する子がいました。これは村人が支援者に依存してしまうのと同じで、NGの支援だと気づいたのです。それ以降、子どもだけでなく、悩む保護者をエンパワーメントして環境を整える不登校支援をするようになり、教育長になった今もこの視点を大切にしています」

「目標は教室復帰」をやめるため、2年間徹底的に議論

「学びへのアクセス100%」の構想は、教育長に就任した2020年にはすでに水野氏の頭の中にあったというが、すぐにスタートしなかったのはなぜなのか。

「私が不登校児童生徒の復学支援に携わってきたため、『そんな人が居場所づくりってどういうこと?』と疑問を持つ方もいるでしょうし、学校の先生は復学支援推しの方が多いです。民間と学校ではアプローチが異なることをご理解いただき、社会的合意、学校と教育委員会の合意、教育委員会内の合意を得たうえで進めたかったので、2年間徹底的に議論を行いました」

そのうえで、水野氏は校長会で「先生方は学校に来ている子に注力していただきたい」と明確な方向性を示したという。

「以前は教室復帰を目標としていたため、不登校数が増えるほど学校の評価が下がるような仕組みになっていましたが、その目標設定を『学びにアクセスできていればよい』としたのです。そのため校長会では、30日までの欠席にはこれまでどおり家庭訪問などの支援をお願いしたいけれど、30日を過ぎたら『学びへのアクセス100%』につなげてください、不登校の子への支援はSSWなどが中心となって行うので先生方は抱え込まずに連携してほしいと、お伝えしました」

子どもの不登校の問題を抱え込む教員には2タイプあるそうだ。1つはつなぎ先がわからず抱え込んでしまうタイプ。もう1つは、熱い思いで自分が何とかしようとするタイプ。後者の場合、教員が関わることで事態が悪化するケースがあるという。

「私は民間カウンセラー時代に、学校の先生からよく『あの子はあんなに明るくなったけど、どんな魔法を使っているのですか』と聞かれましたが、それは私が学校の先生じゃなかったから。つまり、先生の技術の問題ではなく、『先生という立場』だから反発されたり、できなかったりすることが多くあるのです。そうしたことも学校にお伝えしました」

取り組みを始めて1年が経ったが、不登校の子どもを「学びへのアクセス100%」で示すセーフティネットにつなぐというあり方が、「学校や先生に浸透した」と水野氏は話す。学びへのアクセスは1日単位で計上して学校と市教委で把握しており、22年度は315人中、54人が何らかの学びにアクセスできたという。

不登校支援の充実は「すべての子どもの支援の充実」につながる

教育行政は予算がないとできないことも多い。そのため水野氏は、「大東市の教育に大投資!」と発信し、日々奔走している。

「不登校支援でも備品を求める現場が多いのですが、十分な予算がつきません。そこで、私が企業や地域団体を回って物品の寄贈をお願いし、寄贈してくださった企業の担当者と私が教育委員会のYouTubeチャンネルで対談するなど、企業がPRとCSRをしやすい仕組みを作りました。ボイスでプログラミングに使っているゲーミングパソコンとチェアも、地域団体から寄贈されたものなんですよ」

寄贈されたボイスのゲーミングパソコンとチェア(左)、寄付を行った企業と対談して動画を公開(右)

今年度も不登校支援員を市内の全公立小・中学校に配置するなど支援を強化しているが、今後は市内の全公立小・中学校にボイスと同じコンセプトの居場所を、人員配置とともに設置したいという。

「そうすれば、『今日は午前中にメタバースのボイスに接続し、午後は卒業した小学校のボイスに行こう。明日はセンターのボイスに行ってから、中学校のボイスにも行ってみようかな』と、子どもが選べるようになります。学びへのアクセスを得られることで成長し、将来の進路を獲得してもらえたらうれしいです。私は、不登校支援の充実はすべての子どもの支援の充実につながると考えています。不登校支援が充実すれば自ずと魅力ある授業になり、障害のある子なども学びにアクセスしやすくなるはずです。就任時から『大東市から日本の教育を変える』と申し上げていますが、ほかの自治体でも本市のような不登校支援が当たり前にできるような潮流をつくっていきたいと考えています」

全国的に子どもの不登校が増加する中、独自に多層的な支援を行う同市の動向には今後も注目が集まりそうだ。

(文:吉田渓、写真:大東市教育委員会提供)