「スーパーサイエンスハイスクール」と何が違う?
1月31日より、文科省の高等学校DX加速化推進事業、通称「DXハイスクール」の申請が始まった。
この事業の背景には、デジタルやグリーンなどの成長分野の人材を育成しようという政府の方針がある。具体的な目標は、35%にとどまる自然科学(理系)分野の学部生割合を5割程度にすることだ。これを受け文科省は、2022年度の第2次補正予算において確保した3002億円で基金を創設し、大学におけるデジタル・理数分野への学部転換を進めている。
一方、高校ではいわゆる文理選択が一般的で、文系を選ぶ高校生が多い。高校生の大学理系学部への進学率を高めていくためにも、高校段階での人材育成の強化が必要だ。そうした背景や課題認識が、DXハイスクールの実施につながったと、同事業を担当する田中義恭氏は語る。また、高校政策の観点からも必要だったという。
「中央教育審議会『高等学校教育の在り方ワーキンググループ』による昨年8月の中間まとめの中で、ICTを活用した文理横断的・探究的な学び、STEAM教育などを進めていくことが必要だとの指摘がありました。そうした高校教育サイドからの要請もあり、国が目指す成長人材育成は高校段階から呼応していく必要があるとして、今回の事業がスタートすることになったのです」
文科省は2002年からスーパーサイエンスハイスクール(SSH)事業を実施している。こちらもデータサイエンスや探究などを含む理数教育の強化校に予算が割り当てられているが、このSSHとDXハイスクールはどう違うのか。
「もちろんSSHも国が目指す人材育成につながっていますが、これは科学技術・理数教育に関する研究開発を行う高校を指定し、先端のカリキュラムを開発して先導例をつくっていくことを目的としています。一方のDXハイスクールは、理数教育を重視する点は重なるものの、こちらはよりデジタルに重きを置いて環境整備を行うことを目的とし、文理横断的・探究的な学びの裾野を全国規模で広げていく狙いがあります」
確かにSSHの指定校は218校であるのに対し、DXハイスクールは専門高校を含む1000校が対象だ。全国の5校に1校が対象となるため、全体の底上げをしていくという意味合いが強い。
「現在、ボリュームゾーンの普通科高校では文系が多く、ここの理数系への転換を促したい。また、農業、工業などの高校はまさに成長分野を学んでおり、商業高校もデジタル教育が積極的に進められています。そうした専門高校の生徒たちが職業的な実践力を身に付けたうえで、さらに高度な学びが可能となることを後押しする狙いもあります」
日本が弱い「ICTを用いた探究型の教育」を後押し
しかし、OECDのPISA2022の結果を見ると、日本は数学的リテラシーや読解力、科学的リテラシーが世界トップレベルにある。にもかかわらず、人材が不足しているというのはどういうことなのか。
「あくまで私見ですが、大学の入学定員数が高校教育に影響を与えている面があると思います。現役合格志向が強い中、設置が少ない理系学部を積極的に受験しようという流れにはなりにくい。文理を分ける指導も、高校側が受験に最適化した結果だといえるでしょう。こうした現状が大学の学部再編に反映されたと思いますし、文理横断の学びを進めていく中では、入試のあり方についても今後考え直す必要があるのかもしれません」
また、日本は他国に比べて基礎学力は高いものの、その資質や能力が日本の成長に必ずしもつながっていないのは、学び続ける力に課題があったからではないかと田中氏は言う。
「これまでの画一的で受動的な学びは、基礎学力は身に付くものの、それが自己肯定感や自己有用感、社会に関わろうという意識に十分につながっていませんでした。他方、探究は興味関心を掘り下げることで自分の中の問題意識に気付き、社会と関わりながら課題解決していくアプローチを取ります。こうした能動的な力をつける教育が、学びを深め社会に貢献しようと思う意識を醸成するのではないかと考えています」
国立教育政策研究所によるPISA2022の分析でも、探究が弱いことが指摘されている。日本の高校生は、「情報を集める、集めた情報を記録する、分析する、報告する」場面でデジタル・リソースを使う頻度が他国に比べて低く、「ICTを用いた探究型の教育の頻度」指標がOECD平均より下回っていることが明らかになったのだ。DXハイスクールはまさにこの領域を強化すると田中氏は強調する。
「何かを調べて分析するにはデータサイエンスが必要ですし、動画やアプリ開発などアウトプットも多様になる中、探究においてICTは不可欠。DXハイスクールでICTの環境整備を広げ、日本が弱いとされている部分を解決していけたらと考えています」
開設必須の「情報Ⅱ等の教科・科目」の幅は広い
では、具体的にDXハイスクールではどのような支援をするのか。今回、公立・私立、普通科高校・専門高校などを問わず全高校に申請資格がある。そのうち1000校程度を採択し、1校当たり補助上限額1000万円の定額補助を行うという。
支援対象例として、ICT機器(ハイスペックPCや3Dプリンタ、動画・画像生成ソフトなど)や遠隔授業用を含む通信機器の整備のほか、理数教育設備や専門高校の高度な実習設備の整備、専門人材派遣の業務委託費などを挙げており、「機器の費用だけでなく、人件費や委託費、旅費など支援人材に関わる費用も対象経費になります」と田中氏は説明する。
高校が申請に当たって必須となる要件は2つある。1つ目は、「情報Ⅱ等の教科・科目の開設等」だ。
「情報Ⅱ等」とは、情報Ⅱだけでなく、数理・データサイエンス・AIの活用を前提とした実践的な教科・科目および総合的な探究の時間や、情報Ⅱの内容を含めて指導を充実させた職業系の教科・科目をさす。
こうした教科・科目を2024年度の時点で開設済みで、2026年度までに受講生徒数の割合を全体の2割以上にすることを目指す高校は、この要件に該当する。また、「情報Ⅱに相当する内容を含む大学等の科目を履修」している高校や、他校の遠隔授業を受信している高校も開設済みと判断されるという。
さらに、現時点で情報Ⅱ等の開設をしていなくても、2024年度中に検討をスタートし、2026年度までの開設と受講生徒数の割合を全体の2割以上にすることを早期に目指す高校も、要件をクリアしているとみなされる。
開設すべき教科・科目の幅は広いといえそうだ。この点について田中氏は、「情報Ⅰは2年前から必修科目となりましたが、その発展科目となる情報Ⅱは選択科目。そのため履修者が増えない可能性もあり、情報Ⅱを高校教育にきちんと浸透させていきたい狙いがあります」と語る。
申請に当たってのもう1つの必須要件は、「デジタル環境の整備と教育内容の充実」だ。デジタルを活用した課外活動や授業を行うための設備を配備したスペースを整備し、教育内容の充実、探究的な学び・STEAM教育などの文理横断的な学びの機会の確保、対話的・協働的な学びの充実を図ることが求められている。
「いわゆるデジタルラボですね。パソコンルームをアップグレードしてもらうイメージで、1人1台端末ではできない高度な動画編集やアプリづくりができるような場をつくり、生徒たちに使ってもらえるようにしてほしい」
選考は得点方式となっており、こうした必須要件のほかに、加算項目として、「理数系科目の充実」「情報・理数系学科・コースの充実」「文理横断的な新しい普通科の設置」「特別支援学校の学びの充実」「多面的な入試の実施」も設けられている。
「デジタル・理数系分野は外部人材の活用が重要だと考えており、例えば、プログラミングの学習支援をする企業に委託して授業を強化する、デジタル系の大学の教員や院生などと連携しながら授業や教員研修を行うなどもポイントアップの対象です。こうした加算項目の取り組みも計画していただけると、選考の際に評価が高くなります」
今回、全国の高校を対象としているため、地域間の格差が起こらないようにすること、熱心な高校には積極的に支援することを両立するため、2つの枠を用意した。
1つは「都道府県基礎枠」。これは都道府県ごとに、公立・私立の比率を踏まえて公立学校分と私立学校分の数を定めた基礎枠だ。この基礎枠の範囲で、得点上位の学校から順に採択校を決定する。そして、もう1つは「全国枠」だ。こちらは申請要件を満たすものの、都道府県基礎枠から漏れてしまう学校について、得点上位の学校を予算の範囲内で採択校とする枠となる。
公募期間は2月末までと短いが、情報や文理横断的・探究的な学びを強化したい学校は、この支援を活用しない手はないだろう。田中氏は次のように話す。
「単年度の事業ですが、整備された機器や設備の継続的な活用が重要であり、探究の質の向上や文理両方の素養を育む教育が広がることを願っています。大学との連携が進むよう大学側にアプローチするなど、文科省でも必要なバックアップはしていきたいと考えていますので、ぜひ手を挙げていただき、今回の支援を活用して高校教育を変えていってほしいと思っています」
(文:國貞文隆、編集部 佐藤ちひろ、注記のない写真:ペイレスイメージズ1(モデル)/PIXTA)