ハードだけではわからない、教員の質と生徒の「進化」

港区赤坂の一等地にある伝統校、山脇学園中学校・高等学校。2023年、前身である實脩(じっしゅう)女学校の設立から120周年を迎えた同校は、近年「人気が復活した」と話題になっている。進学実績も右肩上がりだ。2023年度卒業生の進学先リストには、東京大学をはじめ早慶上理やGMARCHのほか、医学部医学科も並ぶ。これまでで初めて、アメリカのコロンビア大学に進んだ卒業生も現れた。

山脇学園では2010年に「山脇ルネサンス」を掲げ、2011年に「イングリッシュアイランド」と「サイエンスアイランド」という、英語と理科に特化した教育施設を整備するなど、大がかりな改革を行ってきた。こうした施設が知られたこともあり、理数系の科目が好きな入学者も増えているそうだ。同校の校長である西川史子氏はこう語る。

「伝統校であることは安心や信頼につながるので、その点も再評価されているかもしれません。しかし学校にとって最も重要なのは、成長し続ける教員がいることです。この数年はとくに、教員への研修やコーチングに力を入れてきました。また、教員同士がオープンに意見交換ができる職場風土づくりも推し進めました。教員と生徒はある種の相似形をなすものですから、学校は先生方にとっても主体的に活躍できる場所でないといけません」

山脇学園中学校・高等学校の校長を務める西川史子氏
(撮影:東洋経済education×ICT編集部)

前述の大がかりな改革はいわば「ハード面」のこと。2021年に校長に就任した西川氏が重視するのは、教員の質を上げることで生徒に伝わるもののレベルを高めるという、ボトムアップのソフト面改善だ。同氏は「目的は改革ではなく進化」だと続ける。

「改革とはとても大きな変化を目指すもので、ともすれば、それまで大切にしてきたものまで刈り取ってしまう恐れがあります。でも私たちは、120年で培ったものを活かしながら深めていきたい。だから目指すのは、教員や生徒の『進化』なのです」

長く同校の音楽教員を勤め、校風を見てきた西川氏らしい目標だ。コロナ禍の経験でも、生徒たちが「進化」していくのを目にしたと語る。

「コロナ禍では実際に顔を合わせる機会が減り、動画や放送を活用する機会が増えたためかもしれません。その後の生徒たちは、自分の思いを言葉にすることを大切にしようという意識が強くなったようです。当たり前に思っていた周囲の環境に対する認識も改まったのでしょう、友達同士や家族、学校に対しても、感謝や愛着を口にすることが増えたと感じています」

その進化が顕著に発揮された例が、9月に行われた同校初めての「ホームカミングデイ」だ。120周年を記念したこのイベントで行われた企画はすべて、生徒の自主的な発案によるものだった。集まった卒業生と在校生は、山脇学園伝統のダンス「ペルシャの市場にて」を一緒に踊るなどして盛り上がったそうだ。

「やらされている感」を脱して自主性を促す環境と設備

もちろん授業も「進化」した。教員の研修を徹底するとともに、生徒が主体的に学べるペア学習、グループ学習などを積極的に導入。2025年には高1に「国際教養(ILA)コース」を設置する予定もある。教科横断型の独自教育「総合知カリキュラム」や幅広い学外活動などの取り組みなどによって、生徒たちは大きく変化したと西川氏は語る。

「本校では、まず生徒に授業の狙いや評価規準を伝え、目当てを理解させたうえで授業を進めます。目的の明確な双方向の授業で、生徒の表情は過去の一斉授業とはまったく違ったものになりました。彼女たちは受け身ではなく、とても楽しそうに『自分の50分間』を過ごしています」

こうした活発な授業の中で、生徒は互いに得手不得手があることを知ったり、意欲的な友達に刺激を受けたりする。全校生徒1600人という規模を持つ同校の、その多様性こそが宝だと西川氏は言う。

「失敗しても笑われない。わからないときにはわからないと言える。こうした安心できる環境でこそ子どもたちは挑戦し、自らを成長させることができます。コロンビア大にチャレンジするような子もどんどん出てきてほしいけれど、全員がアメリカで科学者になりたいわけではないはず。1600人の生徒の、1600通りの志を応援したいのです」

その言葉どおり、2023年度進学先の大学も文系・理系にさほどの偏りはなく、85大学164学科とあらゆる分野にわたっている。

「学力向上の指針にしているのは定期テストや模試ですが、どこに進学するかが最重要課題ではないので、点数だけで単純に評価するわけではありません。生徒は面談で成長したところや伸び悩んでいるところを振り返ります。テストの結果をどう次に生かすかを生徒自身が考え、教員に対してフィードバックを行います」

多様性を守ることで、生徒自身の学習意欲を伸ばしていると語る西川氏。「やらされていると思っているうちは伸びませんから」と断言するが、その姿勢は学校の施設にも表れている。2022年に整備・再整備した「ラーニングフォレスト」や「セルフスタディアイランド」は、グループワークや集中しての独学など、必要に応じて使い分けられる自習スペースだ。学びはあくまで自主的なものである、と西川氏は考える。「学びを自走する場所」の環境を整えて、「やらされている感」からの脱却を待つのだ。

外国人教員とのコミュニケーションも満喫できるイングリッシュアイランド(左)。ラーニングフォレストは資料探しなど、自分次第でさまざまに活用できる

学校を「子ども自身も知らなかった自分を見つける場所」に

「本校が第1希望だった子もいれば、そうでなかった子も。入学直後の生徒たちは、中学受験を経てゴールテープを切った状態です。まずはこれからの学校生活に向けて教員が手を引いてあげるつもりで当たっています」

西川氏は自ら受け持つ道徳の授業で、「中学受験で身に付けてきた自分へのイメージを、一度すべてクリアにしよう」と呼びかける。

「周りと比較して自分を判断してきた子どもたちは、『私はこれぐらいのレベル』とか『この教科は苦手なんだ』とか、何となく限界を見積もってしまっています。その一因に、保護者の言葉や態度があることも決して少なくありません」

学校説明会などで同校の積極的な学びについて話すと、保護者に「山脇学園って結構チャレンジさせる学校なんですね。うちの子はそういうのがダメだから合わないかも……」などと言われることがあると言う。

「保護者も子ども自身も知らなかった自分の志を見つけられることが、本校の特徴の1つだと考えています。つまり私たちは『そういうのがダメ』な子も挑戦できる仕組みを用意しているわけで、できないと保護者に決めつけてほしくないのです。『うちの子はこれぐらい』と思っている親御さんにこそ、わが子を信じることに挑戦してほしいですね」

中1では手を引いていた教員が、中3頃から少しずつ生徒の後ろに下がっていき、高2、高3では完全に生徒が前を歩く。もちろん必要なことがあれば、教員が手を差し伸べる。西川氏は、同校の教員と生徒の関係をそんなふうに例えた。

つい先日もこんなことがあった。

入学間もない頃は、何かあるとすぐに涙を流していた内気な生徒がいた。オープンキャンパスの案内係にチャレンジしたときは、蚊の鳴くような声で来場者に応対していた。そんな彼女が高校生になり、全国規模のコンペに参加。場数を踏むたびスキルアップしながら勝ち進み、観衆の前で立派にプレゼンして、敗退したことに悔し涙を流したそうだ。

教員たちは驚いたが、これは生徒が教員を追い越し、「自身も知らなかった自分を見つけた」好例だろう。西川氏は「本校はそんなうれしい驚きに満ちています」と言い、こうしたことは同校の教員がよく立ち会う光景だと付け加えた。

(文:東洋経済education×ICT編集部、注記のない写真:山脇学園提供)